7.師匠も天才
「日記でも書くのですか」
インクと大量の紙を買い込んだノアに、グランが宿の部屋で尋ねる。なおそれまでは、大量買する事で値切っていたノアへの衝撃で言葉を発せなかった。
「いえ、スクロールを作成しようかと思って…………スクロールってご存知ですか?」
「全く」
「うーん。此方には存在しないのか、それとも広まっていないだけなのか、判別がつきませんね」
ノアの世界では、そもそも使用しているのはノアとノアの師匠だけだった。
まだ研究段階で公開していないという事情もある。しかし、魔法が使えるのなら魔法を発動させる事が一番手っ取り早いから、広めようとしても定着はしないだろう。
「魔道具って、物に魔法陣を刻むじゃないですか」
「そうなのですか」
「そうなんです。スクロールはそれの紙版ですね。魔石を使わないし、紙なので耐久性もなくて一枚一回きりにはなりますけど」
大体の魔法に対して、スクロールを作成するのは手間に見合っていないのだ。しかも、ただ魔法を放つだけなら技術はそう必要ないが、スクロールは魔法陣を刻む為難しい魔法を出そうとすればするほど技術が高度となって行く。どちらが一般的に取られるかは明白だ。
「面倒臭いですね」
「でしょう?」
無言で凝視される。これは多分何言ってんだコイツ的な視線だ。
「僕は魔法を具現化するセンスが壊滅的らしくて。魔法を扱おうと思ったらスクロールしかないんですよ」
幼い頃、ノアに筆頭王宮魔法使いが講師として付けられた。その前には優秀な新人王宮魔法使いが付けられていたのだが、一ヶ月間毎日練習しても魔法が具現化出来ず、ノアはその王宮魔法使いの矜持をポッキリと折ったという経緯がある。
結局、筆頭王宮魔法使いに教えて貰ってもノアは魔法を使えるようにならなかった。
筆頭王宮魔法使いはズバズバとものを言う人で、ノアにも容赦がなかった。今思えば、子供相手なんだからもう少し優しく言ってくれれば良かったのにと思わなくもない。
「お前には魔法の才能がない! 魔力は類を見ないほど高いしこれからも増えるだろうにな。しかし、」
ノアはそこまで聞いて、泣いた。やっぱり家族の中で自分だけが違うんだと思って。
ノアは男だ。王家では建国以来女しか生まれていなかったのに。ノアが男だと分かり、母や祖父母は父を拝んだという。
家族に愛されている。それは幼いながらに分かっていた。そしてノアも家族を愛していた。
けれど、ノアが生まれた事で母が王として相応しくないのではないかという声はあったし、ノアは生まれてはいけなかったのだと直接言って来る者もいた。
父も含め、分野は違うが家族は皆天才だった。なのにノアは、凡人だった。
勉強をしても、姉達はこんなに掛からなかったのにと言われ(いつの間にか講師は変わっていた)、武術については体力が付きづらく、また素振りの最中木剣が手からすっぽ抜けた時から護身術のみに変わった。音楽は練習すれば並に弾けるようにはなるが、それだけ。
そして魔法も使えないときた。
「おいおいおい。何で泣くんだ」
「ぼくだけなんです。なにもできないのは」
「魔法に関しちゃ具現化の才能のはどうにもならんが、他はどうにでもなんだろ」
「でも、ぼくがふつうだから。みんなとちがうのがかなしいし、みんながわるくいわれるのもかなしいです」
「あー」
筆頭王宮魔法使いは頭をガシガシと掻き、ガラじゃねぇんだけどなぁと呟いた。
「皆と違う? 当たり前だろ。同じヤツなんて1人もいねーよ。お前の家族みたいに天才がごろごろ転がってるなんて思うなよ。お前はむしろ出来る部類だかんな」
「そうなんですか?」
「そうだ。比べる相手間違ってんぞ」
ノアは頷いておいたが、その時は納得していなかった。学園にも通った今となっては納得しているが、当時のノアとしては比べる相手が間違っているも何も、家族が一番近い存在なのだから、他に比べようがなかったのだ。
「あと、その皆ってお前の家族だろ。悪く言ってたらそれは不敬罪だからチクったれ」
「ちくる?」
「ダメだなと思ったら、誰々がナニを言ってた、してたって言う事だ」
「言ったほうがいいんですか?」
「言え。むしろバンバン言っちまえ」
母は母、父は父、姉は姉。誰も同じ人はいないのに、疎外感を覚えるのは間違っていたし、ノアが男だからと言って家族が悪く言われるのは間違っていた。
でも幼いノアは、出来が悪いと言われる度に家族が悪く言われる度に胸がきゅうとなるほど悲しくて堪らなかった。
「家族に愛されてんだろ。自分に自信を持て」
「はい」
「あとな、人の話は最後まで聞け」
「すみません」
筆頭王宮魔法使いがニヤリと笑う。
「俺が趣味で研究してるモンがある。それに必要なのは努力と記憶力。喜べ! そして俺に感謝しろ! お前でも魔法は使えるぞ!」
ノアは最初内容を理解出来なくて呆けた後、期待の眼差しを筆頭王宮魔法使いに向け、その眼差しを受けた彼は高笑いをした。
「ししょう!」
「ガハハハハ! 悪くねぇな!」
その後師匠はノアに余計な事を吹き込む人がいるらしいと母にチクっていて、家族からそれはもう抱き締められ、キスをされ、甘やかされ、天才ではない悲しみなんて家族の愛に押し出されていた。
スクロールは作成自体は時間が掛かるが、ほぼタイムロスなく何発も発動出来るし、複雑な魔法であっても一瞬だ。継続効果のある魔法も発動出来る。
難点は紙といえど何百枚も持ち運ぼうとした場合嵩張る事だ。しかしこれは師匠が持つ何でも縮小させられるダンジョン品しゅくしょーくん(師匠命名)で縮小したスクロールをスクラップブックにして持ち運ぶ事で一時的な解決としていた。
此方ではしゅくしょーくんはないが、無限収納の魔法は中身を把握していたら一瞬で取り出せる為、スクラップブックのように何ページもそのスクロールがあるページまで捲る必要がない分、素早く魔法を発動できるかもしれない。
「よし、頑張ろう」
師匠だったら身分が違っても弟子には気安い態度でいてほしい。合うかも! と思った人は続きもどうぞよろしくお願いします。