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転移王子の異世界漫遊(旧:貴族じゃないので)  作者: シュガーコクーン


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4.驚かれるより傷ついた

「すみません。結構長く付き合わせてしまいましたね」

「問題ありません」


 つまみが完全になくなった。酒も丁度良く、そろそろ尽きそうだ。


「隣ですから」

「? 隣に宿ってありました?」

「正真正銘隣です」

「あ、この部屋の隣ですか?」

「はい」


 まさかのお隣さんだった。


「これからの事を考えると便利で良いですね」


 女将も客層も良い宿で1人部屋に拘るのならこうなることもあり得るな、と思った。


(1人部屋って多くないだろうし、お隣さんがグランで良かった)


 ノアは角部屋なので反対隣はいない。


(というか今更だけど、あんなに凝視してきたのって驚きで言葉が出てこなかったからだったんだ……)


 宿を教えた時も、部屋を教えた時も。まさか同じ宿、隣の部屋だとは思わずどれほど驚愕しただろう。ノアは納得と共に頷いた。


 ノアはグランに微笑み掛ける。


「おやすみなさい。良い夢を」

「……良い夢を」


 言い慣れていないのだろう、グランの普段の言葉の鋭さとは別の固さを含んだ声音にノアはくすくすと笑った。勿論、本人の目の前で笑うのは失礼だからグランが部屋を出るまでは耐えた。


(可愛いなぁ)


 ノアはもそもそとベッドに横たわり、目を閉じる。

 自分が思っているよりも身体は疲弊していたらしく、直ぐに眠気が襲って来た。




 ノアはコンコンコンという容赦のない音量のノックで目を覚ました。

 見慣れぬ天井に、此処は何処だろうと考える。

 もう一度容赦のないノックを食い、段々と思考が覚醒していく。


「起きていますか」

「いまおきました」


 そうだ、此処は(おそらく)異世界だった。ノアは身を起こし思いっきり伸びをする。


「入っていいですよ」


 この言葉にグランは固まった。

 まさか鍵を掛けていないのか。

 昨日からグランはノアに驚かされてばかりだ。


 本当に鍵の掛かっていなかった扉を無言で開けて入り、ノアに聞こえるようにわざと音を立てて鍵を閉める。


「鍵は掛ける為にあります」

「? そうですね」

「知ってるなら掛けてください」

「あ、すみません。掛ける習慣がなかったので……。そうですよね、掛けないとですよね」

(そうだった、この人王子だった……!)


 なら仕方ないのかと納得しつつも、鍵を掛ける習慣を付けさせなくてはという使命感に襲われた。その後直ぐにいや何でだよと自分でツッコミ正気に戻ったが。

 それでも危ない事には変わりないので依頼遂行の為の一環として鍵を掛けさせようとは思った。


「不用心なので絶対に鍵は掛けてください」

「わかりました」


 まだ少しふわふわとした声で返され、グランは絶対また掛け忘れるなと思いながらも頷き返した。


「今日はどうしますか」

「此方の世界にも冒険者ギルドってありますよね?」

「ありますが」

「今日はそこまでの案内をお願いします」

「?」


 何の用があるのだと不思議そうに首を傾げられた。


「現在、僕は身分を証明するものを持っていないので、手っ取り早い冒険者になろうかと思って」

「戦闘もしなくてはいけませんがわかっていますか」

「わかってます」


 此方も変わらないのであれば、何ヶ月かに一度は依頼をこなしていなければ冒険者登録が取り消しになるはずだ。

 依頼の内容は指定されていないので、必ずしも戦闘を行う必要はないが、依頼の中で戦闘が必要ないものは少ないだろう。


「………………。取り敢えず、朝食をとりましょう」


 グランは取り敢えず問題を先送りした。


「はい。グランはもう食べました?」

「いえ。是非一緒に、と」

「女将に言われたんですね」

「10分は下で待ちました」

「で、待ちきれなくなったと」

「……」

「来てくれてありがとうございます。そうじゃなければ、今日は一日中寝ていた気がします」


 女将の言葉を律儀に受け入れノアと食べようとしているのだから、捻くれているようでいて素直だ。信用した人に対してだけなのかも知れない。


「5分だけ待ってください」

「わかりました」


 ノアは寝巻きとして買ったシャツのボタンを外し始めた。

 グランは出ていかない。ノアも気にしない。

 グランはこういう場面に出会したのが初めてで、ガン見はせずに視線を外すべきなのを知らない。ノアはノアで、普段は着替えは全て人任せで裸を見られ慣れているため違和感を抱かない。

 よって着替える人間を凝視しながら待機している人の図が此処に完成した。それが奇妙な構図なのだと指摘する人間は当然ながら此処にはいない。


「そのフード、あの場所だったからという可能性も考えていたんですけど、やっぱり常に被っているんですね」

「はい」

「なんだか、もったいない気がしますね」

「何がですか」

「その綺麗な髪を知っている人が少ない事です。僕なら見せびらかして自慢します。綺麗でしょう、と」


 ノアは着替え終わり、豊かな黒髪を紐で括っていた。そんなノアをグランは見つめる。


「だから伸ばしているのですか」

「それもあります」


 自分の髪が好きだから伸ばしているのも事実だ。そしてそれとは別に、家族からも伸ばすように言われている。ドレスを着る時に、髪が長い方がノアの場合は似合っているからだ。


 グランがフードを絞る首元の紐を固く握りしめた。ノアは苦笑する。


「僕なら、ですから」


 ノアの言葉を気にする必要はない。他人は他人。自分は自分。他人を真似して自分がなくなってしまったら、それはもう自己を装うナニカだ。


「ん。お待たせしました。行きましょうか」


 食後のコーヒーを飲み一息ついた時、お盆を持った女将ノア達の元へ来た。


「ノアさん、今日はどうするんだい?」

「冒険者ギルドに行ってきます」

「何を依頼するんだい」

「いえ、逆ですね。冒険者登録をしようと思って」


 その瞬間、ゆったりと腰掛けて食後の会話を楽しんでいた客達も含め全員の視線がノアへと集まり、食堂から音が消えた。


「……? 冒険者?」


 女将の口からぽろりと溢れた心底不思議そうなその呟きは、その場に居る全員の心情を代弁していた。

 驚かれた方がマシだった。心底不思議そうに首を傾げられ、冒険者もなかなかイケるんじゃないかと思っていただけに傷ついた。顔には出さず、笑顔を保ちながらも傷ついた。


「まあ、うん。楽しんでおいで!」

「……はい」


 こうして、傷心気味のノアと女将に「守るんだよ!」と言われたグランは冒険者ギルドへと向かった。


(女将、冒険者になるのは無理だろうと思いながら送りだしたな……)


 グランは女将の「(冒険者から)守るんだよ」を正確に読み取っていた。



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