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小話.ある妹のひとりごと

 多くの貴族から贔屓にされている、技術と素材の高さが売りのブティック。

 そんな店の、奥。品のある店内の裏側は、整頓されていても溺れる程のパーツや布で溢れており、どうしても雑多である。

 そんな場所で、私とお兄ちゃんは暇さえあれば母の店で母達の手元を眺めて過ごしていた。


 けれど、私とお兄ちゃんの根本的な想いへの矢印の方向が違っている。

 私は思い描いた通りに物を現実に創り出していくその行為に憧れ、いつか自分も創りたいと思いながら作業を見つめる。

 お兄ちゃんは、その創り出された物が好きで、それを見たいが為に作業を見つめる。


 なのにお母さんは、


「うふふ。将来は兄妹でお店を継ぐかしら?」


 なんて言う。


 私はお兄ちゃんは継がないと思うよ、って言おうとするんだけど、お兄ちゃんはただにこにこと笑うから、私は毎回口を閉ざす。


(嫌ならそう言っちゃえばいいのに)


 私はお兄ちゃんがどうしてそんな行動しか取らないのか理解出来ずに、内心首を傾げていた。



「あんた、先にお風呂入って来なさい」

「珍しい。いつもお兄ちゃんが先なのに。どうしたの?」

「気分よ、気分」

「ふーん」


 納得したように頷いておいたが、お兄ちゃんの目が一瞬泳いだのを私は見逃さなかった。

 いつもなら湯船に長く浸かる所を5分くらいで済ませリビングへと戻ると、お母さんとお兄ちゃんは手に布と針を持ち、隣り合って座っていた。つまりは、裁縫を教えて貰っていた。

 2人は私が来た事に驚き動きを止める。


「…………ずるい」


 ぽつりとそう溢して、自分の部屋へと駆ける。私は癇癪を起こして喚くようなタイプではないのだ。部屋でベッドに飛び込んでから比較的早く冷静になる。

 お兄ちゃんは裁縫を望んでやっていたのだろうか。


(だったら良いけど)


 兄が上へ上がって来た事を物音で確認して兄の部屋である隣へと向かった。

 一応ノックをして、静かに扉を開ける。


「お兄ちゃん……」

「何? 文句は受け付けないわよ」

「あれはもう良いよ。お兄ちゃんの年齢になったら私からすぐに頼むから」

「じゃあどうしたの?」

「……………………」


 ここまで来たのに、私は言葉に詰まった。


 だって、お兄ちゃんはいつも本当の事を言わないから。私が裁縫をやりたかったのかと聞いても、もう手を付けているのだからやりたかったのだとしか言わないだろう。


「…………私はただ服を作っていたいから、お兄ちゃんがお店の経営しない?」

「経営ぃ?」

「うん。お兄ちゃん頭良いから」

「あんたも悪くはないでしょ」

「そうだけど」


 頭が良いを否定しない兄に形だけでも謙遜しないのかという目を向けると、兄もそんな目で見てきた為お互い流して終わった。


「お兄ちゃんは別につくるの楽しくないでしょ。集めるのが好きなんだから、それを仕事にすれば良いと思うの」


 私はお兄ちゃんの部屋を見渡す。

 私は知っている。お兄ちゃんが本当は可愛い物が好きな事を。

 部屋にそんな気配は微塵もないけど、持っている事も知っている。お兄ちゃんが私へのプレゼントを装って買い集めているのだと気づいたからだ。

 その後、兄の部屋を探検してクローゼットの中の下の箱にお宝のように仕舞っているのを発見。兄の可愛い物好きは確定だ。


「お兄ちゃんは目が良いし、堂々と好きな可愛い物を集めて売れば良いと思う。私は裁縫を極めるから、お兄ちゃんは裁縫はやらずに経営を極めて欲しい」


 言い切ってから、お兄ちゃんが両手で顔を覆って項垂れている事に気がついた。


「どうしたの?」

「いつから私の好きな物に気がついてたの」


 そんな事をのたまうお兄ちゃんが可愛く見えた。


「私へのプレゼントだって言って集めてるのに、私が何にも持ってないんだから聞いてくる人が出て来るに決まってるよ」

「…………なんて返した?」

「大切だから仕舞ってあるのって答えてるから大丈夫」

「…………ありがとう」


 お兄ちゃんの、心底安堵したという笑顔が目に焼き付いた。



 それからお兄ちゃんと私は毎夜一緒に過ごしていた。お兄ちゃんがお母さんに教えて貰った事を私に教えているのだ。

 お兄ちゃんは、裁縫を習う事を辞めるとお母さんに言えずじまい。

 言い出せなかったの。そう告げて来た兄の顔は微かに苦しそうに歪んでいて、で私は何も言えなかった。



 数年後。私は友達とカフェにパンケーキを食べに行った。私達が案内されたのはオープンテラスだった。そこにお兄ちゃんとお兄ちゃんの友達らしき数人が通り掛かり、私は手を振った。


 お兄ちゃんは私の振った手に気付かなかったけど一緒にいた友達が気付いたようで、最終的にお兄ちゃん達はテラスに寄って来た。


「どうしたの?」


 お兄ちゃんがいつもと違う気がした。けれど外行用の声なのかと流す。


「んー、ただの自慢? 良いでしょ」


 皿の可愛いパンケーキを見せびらかし、


「良いね。美味しそう」


 兄のその返答に驚き言葉を失う。


「それだけならもう離れるよ」


 目を見開き固まる私を尻目にお兄ちゃん達は離れて行った。


「あんたのお兄さん、やっぱ綺麗だね」

「で、でしょ~」


 そう言ってなんとか笑った私は、家に帰ると自分の枕に顔を埋めて考える。


(声のトーンも、口調も違った……)


 人間、本当の自分を見せる事なんてほぼないと思う。限界はあれど自分の理想を演じている。

 じゃあ、お兄ちゃんのあの姿はお兄ちゃんの演じたい理想なのかというと違うと思った。演じなくちゃいけない姿。

 それでも本人が良いなら良いけど、お兄ちゃんは窮屈そうに、苦しそうにしている。


 私はお兄ちゃんが洗濯物を取り込んで各自の部屋に置いて行く時に、こっそりと私のスカートを自分に当ててみているのを見た事がある。私はそっとリビングに戻りながら、男の人でも履けるスカートのサイズや、喉仏を隠すようなトップスを考えていた。


(お兄ちゃん喉仏が出て来たし、それ隠すならデザイン限られて来るなぁ)


 なんて考えても、それは本人に着る意志がなくては意味がなかった。


 お兄ちゃんは普通でいたい。普通から外れたくない。でも、自分の好きな物は変わらない。私からしたらそんな事で苦しむ必要はないのにって思っちゃう。自分の好きな物は好きだと言って貫き通せばいいのにって。

 そもそも普通って何? 何人が同じだったら普通なの?


 いや、そこを気にする必要はないのかもしれない。当人が普通じゃないと思ったらそれは普通じゃないのだ。その普通じゃない、で良いと思えるか思えないかの違いなのかな。



 きっと、お兄ちゃんと同じじゃない私が言っても、お兄ちゃんは変われない。


 実際に兄の経営するブティックでデザイナーを務め始めた私は、お兄ちゃんがいつ着ようと思っても着れるように大きめサイズのブラウスを作ったりした。それが背が高かったり、ふくよかだったりする女性のお客様に大ウケしたのは嬉しい予想外だった。

 

 いつかお兄ちゃんも着てくれるといいな。




 次はダンジョン行きます! どんなダンジョンか気になるそこの貴方! 次の話も読んでみてください!

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