10.心外です
「ノアさん、今日は草原に行くって言ってたろう? 旦那が弁当作ったから持って行きな」
「良いんですか? ありがとうございます」
女将が親指を立て、その横で満足そうに無口な旦那が頷いている。ノアは弁当をにこにこと眺め、中身は何かと尋ねている。
「ついでにグランのもあるから持って行きなね」
「……」
取り敢えず頷いておいたが、違う。冒険者として、圧倒的に、違う。
まるで安全なピクニックにでも出掛けるかの様なやり取りだが、これから行くのは魔物が出現する草原で、しかもそこで行うのはピクニックではなく戦闘である。
ノアはまだいい。冒険者は、依頼中に昼食を摂ったりしないのだと知らないのだろうから。
しかし、女将と旦那は知っている筈なのだ。現に、この宿にはそこそこ長い間泊まっているが、グランは弁当なんて用意されたのは初めてだ。
女将はノアを何だと思っているのだろう。まず冒険者だとは信じていないと思う。
「狩れたらにはなってしまうんですけど、魔兎とか魔狼ってお土産として持ち帰っても大丈夫でしょうか? 迷惑だったら言ってください」
「……」
旦那が首を横に振る。どっちだ。
「あ、良かった。じゃあ、程々に期待していてください」
ノアは自信があるのかないのかどっちだ。
グランははぁ、と盛大な溜息を吐いた。旦那の料理は美味しい。弁当を食べられるのなら、その方が良いに決まっている。そして、冒険者の常識をノアに説く事が面倒臭い。
よって、グランは冒険者達から浴びるであろう奇異の目を甘んじる事にした。ダンジョンに潜っている時は他の冒険者に見られる心配がないし、たまにだと思ったからだ。
「良い天気ですね」
「はい」
甘んじてはいけなかったかもしれない。冒険者達のギョッとした視線が鬱陶しい。
しかし、冒険者の常識を説いても、食べられるのなら食べればいいと言い出しそうだ。
理由は分からずとも、周りに気を配っている今のノアならば、凝視されている事に気付いていると思う。なのにグランに何も尋ねないという事は、変える気がないという事だ。
そして何よりも嫌なのは、グランまでもが常識外れなように見られる事だ。
グランは常識人ぶっている。自分は常識人だと信じている。ノアと同席した時点で普通からズレているのでは、なんて考えてもいなかった。
一方ノアは、美味しい卵サンドを食べながら、先程までの戦闘を思い出していた。
飛び散る氷の破片が太陽の光を反射して煌めく。幻想的で、その美しさに呑まれようとしても、打撃音と魔物の潰れた声がそうはさせない。そう、打撃音。
グランの戦闘スタイルは、超接近型だった。己の拳を氷で覆い、ひたすら殴る。いや、偶に脚も出るが、とにかく、ひたすらに、魔物との距離が近い。
拳に纏わせた氷は何発と打ち込むうちに割れ欠片が飛び散るが、逆にそれが傷を作り抉るらしく、殺傷能力が頗る高い。ただ、ひたすらに魔物との距離が近いため、もしノアが普通に魔法を使えたとしても絶対にやらないだろう。
「………………何というか、凄く、脳筋ですね…………?」
「脳筋とはなんですか?」
凄い無垢な目で見つめられた。予想外の反応に一瞬言葉が詰まる。
「脳に筋肉が詰まっているように、思考するよりも先に体を動かす事を言います」
「…………? 思考も勿論しています。ただ、経験に基づいた動きでも対応できるので、それを行っているまでです」
戦闘を行う上での正論の一つなのだろう。でも、何かが違う。
「うーん。脳筋の意味はさっき言った通りなんですけど、違くて。戦闘スタイルが力任せというか、超物理というか…………」
「…………? 剣も弓も魔法も、結局与えるダメージは物理ですが?」
「確かに…………」
剣は刃の鋭さでモノを切ってダメージを与えているし、弓も矢尻をモノに刺してダメージを与えている。魔法も、出した風は刃の要領でダメージを与えるし、水で窒息させるのも、溺死させているのだから物理だ。
ノアは反論出来ずに沈黙した。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
ノアとグランは無言で見つめ合った。
「いや、でも、一緒にされたくはないです」
「何故ですか?」
そう言われると、何も言えない。言葉に出来ないもどかしさを抱えたノアは、言葉を捻り出そうと沈黙していたが、新しく魔物が飛び込んで来た事により、この話は流れた。
「あ、魔兎ですね」
「任せても?」
「はい」
ポシェットから風のスクロールを取り出す。ボタンは事前に外していた為、スクロールは直ぐに手元へ。
その間に、ノアは飛び出して来た魔兎に魔力のマーカーを付けた。スクロールに魔力を流すと同時に風の刃が発生し、マーカーを付けた魔兎へと最短距離で鋭く向かう。そして、斬りつけられた魔兎はその刃の勢いのままに後ろへと倒れた。
「標的を認識してから攻撃が当たるまでの時間は2秒も掛かっていませんね。近距離ならば剣の方が速いですが、この距離以上でしたら魔法の方が断然速いですね」
「つまり、僕とグランの相性が抜群という事ですね」
「そうかもしれません」
グランがつい、と目を逸らした。その様子にノアは微笑んだ。
グランは目の動きから情報を読み取る為に、基本相手の目を見つめて話します。クセですね。
グランが結構脳筋キャラなの、良くないですか? 合うなぁ、という人は続きもどうぞよろしくお願いします。
そしてブックマークと評価をありがとうございます! リアクションも評価も、貰えると作者がただ喜びます。めちゃくちゃ嬉しかったです。ぽちっと押してくれた方、ありがとうございました!