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野蛮人と都会

作者: 安藤ナツ

 帝国海軍が長い航海の果てに新大陸を発見して早くも五〇年。閉塞していた国内情勢を打ち破るであろう大発見に、帝国中が期待と希望に湧いたと当時の新聞などには記録されている。そうして国家の威信をかけて始まった新大陸開発事業であったが、しかしその開発は遅々として進んでいない。

 問題点は無数にある。広大な海を挟んだ大陸であることから人員や物資の運搬が難しいこと。新大陸の気候に持ち込んだ作物が対応できないこと。風土病があり特に若い兵士達の罹患率が高いこと。魔獣達は小型で強くないが数が多く、食料の備蓄や病人が特に狙われること。森が深く探索が容易でないこと。

 そして何よりも先住民の戦士達の強靭さが問題だった。彼等は痩せた身体に長い手足と耳を持ち、その姿は帝国の一部の地域で語られる伝説の種族アールヴに酷似している。そして、その魔法の腕も伝承に違わぬものであった。一人一人が内蔵する魔力量は平均的な魔導師の十人分に匹敵し、使用する術式は大陸で独自に発展・洗練されたものであり未知な部分が多く対策が間に合っていない。更に地の利はアールヴにあり、戦績は連戦連敗である。

 多額の費用を注ぎ込んでおきながらまともな成果も挙げられない新大陸開発に、国内の不満は当然募るばかりであった。

 そこで開発を新たに任されることになった大臣は方針を切り替え、まずはアールヴ達と友好関係を築くことにしたのだ。地上の神の代理人、旧大陸の支配者、全ての人類を導く皇帝陛下の力を見せつければ、未開の地で狩猟生活を送る蛮族等簡単に平伏すに違いないだろう。

 …………敗戦の連続? 新大陸と言う馴染みのない場所が悪いだけで、平等な地理的条件であれば帝国が勝つに決まっているのでノーカンである。

 アールブ達と交友を図るのは意外と難しくなかった。食料や工芸品等の贈り物を渡すと、今迄の敵対が嘘のように友好的な態度を示したのだ。彼等は好奇心と旺盛な上に知能が高く、帝国人がアールヴの言葉を覚えるよりも、アールヴが帝国言語を覚えることの方が多いほどだった。優秀な帝国人が蛮族よりも学習能力で劣ると言うのは少しばかり外聞が悪いが、ここはアールヴの戦士達の優秀さを称えるべきだろう。

 交流を深めること五年程。特に優秀なアールヴ達を帝国に招待することにした。彼等は帝国の将軍も認める武勇と思慮深さを持ち、殆どの貴族や聖職者よりも高潔な戦士であり、高貴な未開人とでも呼ぶべき奇妙な存在だ。

 今回の帝国観光の目的は、そんな部族の中でも一目置かれる彼等に帝国文化のすばらしさを体験してもらことにあった。洗練された帝国の文化に触れれば、アールヴ達は未開の森で暮らすことに羞恥心を覚えるに違いない。そして彼等は頭を下げて帝国の文化を受け入れる為の協力を申し出すに違いない。大臣はそう考えた。

 なにしろ、彼等は神を信じず、王を持たず、守るべき法すらない蛮族である。畑もなければ、これと言った産業もない。日々の食事以上に食料もほとんど持たず、所有すると言うことすら知らないのだ。帝国人から見れば、安息の居住地すらない彼等は貧しく愚かな者達でしかない。

 帝国で一週間も暮らせば、その素晴らしさにひれ伏すことだろう。




「君達は私達のことを未開人と呼ぶが、私はそうは思わない」


 一週間の帝都観光を経て、新たに建造されたアールヴ人用大使館の庭先で一人のアールブが極々自然にそう切り出した。


「君達よりも私達の方が幸福であることに疑いの余地はない」


 まるで賢者が語るように、聞き分けのない子供に言い聞かせる母親のようにアールヴは大臣へと続けた。


「この国の人々はいつも些細なことで争っている。嫉妬深く、他人の幸福を許せず、最も高貴な人間ですら詐欺を働き、国家と言う盗人を許し、少しの寛容さもなく他人に親切にしない。私達の集落を見たから知っているだろう? 私達の社会に『乞食』なんていなかったはずだ。どうしてここの大陸の人間は彼等を放っておく? 腹に贅肉を付けるより、食料を分け与える方が良いに決まっているだろう?」


 徹底的に人の手によって管理された庭は高い鉄の柵で囲まれ、その向こうでは見すぼらしい格好の人間が忙しそうに歩き回り、過剰に装飾された馬車には太った貴族が乗っている。そこかしこに馬糞や人糞が落ちており、街角では無数のゴミが悪臭を放っている。


「おまけに、君達はいつも自分の上役を恐れている」


 アールヴの言葉に、他のアールヴ達も頷き本当におかしそうに笑った。

 アールヴ達は誰にも命令されない。自分の主人は自分だと理解しているからだ。

 だからアールヴの社会に縦の関係は曖昧なものだ。父親だからと言うだけで息子に言うことをきかせるのは難しいし、長老達はいつもからかいの的で殆ど権力らしいものをもたない。アールブを動かすには彼等を納得させるしかない。なぜなら、彼等は全員が自由で平等で対等な存在であると互いを尊重しているからだ。

 そんなアールヴから見れば、ただ身分が上名だけで、ただ金持ちなだけで尊敬され、絶対の命令者であると言うのは理解しがたく、未熟な文化に見えたのだ。


「あと、カミサマなんて本気で信じているのか?」

「ああ。笑っちまったよな!」

「全知全能のカミサマはどうして俺達の大陸に偉大な教えを広めに来なかったんだ?」

「無茶を言ってやるなよ。この大陸だけで一〇〇も二〇〇も教えが違ってるんだ、忙しかったんだよ」

「その教えも馬鹿馬鹿しい幼稚さだ。罰を恐れるが故に悪を控え、強要されるが故に善を成す。帝国人とはどんな惨めな人間なんだ? どれだけ幸せを知らない人種なんだ?」


 そして、当然と言うべきか神ですらアールヴ達にしてみれば命令者ではありえない。

 とてもではないが、聖書の教えに納得できないからだ。

 そんな言葉を信じ、それを信じる教会を信じ、その教会認めた国家を信じる。アールヴ達から見て、この国は嘲笑に値する愚かな人間しかいないようだ。

 

「極めつけは『お金』だ。君達が目の色を変え、命すら賭す『お金』。真の主人たる『お金』。悪魔の中の悪魔。帝国人の処刑場。魂の贅肉」

「この大陸では森での一〇〇年分の贅沢、裏切り、陰謀、嘘と虚栄心を一日で目にすることができる。その根源が『お金』だ」


 そして、彼等は金銭も理解しない。

 金は便利な道具ではあるが、それを沢山集めることに魅力を覚えない。人々は自由で平等で対等な存在であり、人より多く所有しているからと言って敬意を集めるのは彼等の理屈では納得しかねることだった。

 もっとも、この国の人間はそうではないらしい。

 より多くの財貨を貯め、より多くの贅肉を身に着け、より多くの人々を支配をする。

 そのどれもがアールヴにとって醜悪で、尊敬にはまったく値しない行動だ。

 そう言った人間達を指す言葉はアールヴの言葉にはない。言葉にもしたくないおぞましい存在だと言えるだろう。

 だが、帝国にはそれらを示す相応しい言葉がある。


「まったくもって野蛮人が暮らす国だね、ここは」

 

 アールヴ達は故郷の森を想って笑い合った。

 万物の黎明を読んで書きました。

 『銃・鉄・病原菌』や『サピエンス全書』等と比肩する、とても面白く重要な著書だと感じたので、是非読んでみてください。

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