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玉木実

私がこの話を書こうと思ったのが高校生の頃で、夏に網戸にとまっていたカゲロウを見つけたときに、カゲロウをモチーフに小説を書こうと

 夏の夕焼けの日の光が窓から空き教室へと差し込んでいき、一人残ってトランペットを吹いている君から目を逸らすことができなかった。君の白い頬が赤く染まり、滴る汗がスウッと制服のブラウスの中へと消えていく。銀色のトランペットが夕日を反射キラキラと輝いていた。じっと見ていたのが悪かったのか良かったのか、彼女は俺に気が付いてふとこちらを見た。フワリと少し癖のついた髪を揺らして。

「あれ、澤田さわだ君。どうしたのそんなところで、何か用?」

「いや、何の曲かなって。」

もっと気の利いたことが言えないのかと自問自答しながら、やっと絞り出したのがこれしかなかった。

「アメージンググレース。知ってる?」

どこかで聞いたことはあった気がしたが、そんな名前の曲だなんて知らなかった。

「あ、あぁ、知ってるよ、有名(?)な曲だから。」

何でここで知ったかぶりをしてるのか、かっこつけたかったのか。

「よかった、そうだよね有名だもんね。」

怪我の功名とはこのことだ。俺は気づかれないよう、そっと胸をなでおろした。

玉木たまきはもう帰るの?よかったら一緒に帰らな・・・」

「ごめん、今日ちょっと家の用事があって・・・」

被さるようにそう言われ、そっか、と笑ったつもりだったが絶対にうまく笑えていないのは自分でもわかった。そもそも、なぜ一緒に帰ろうと誘ったのか、この感情が何なのかわからなかったが、もう少しだけ一緒にいたかったのだ。

「でも、明日なら一緒に帰れるよ。明日じゃダメかな。」

髪を結い直しながら、玉木はニコッと微笑みそう言った。

「うん、明日・・・明日だな!わかった!」

なんと言えない喜びがあった。

 玉木は、正直言うとあまりモテるほうではなかったが、誰とでも仲良くできる女性的にというよりも、人間的に不思議な魅力があった。俺はそういう彼女から目が離せなくて、いつの間にか目で追っていた。


 翌日、玉木は朝早くから教室にいた。窓際の自分の席に座り、頬杖をつきながら外をじっと見ていた。その雰囲気を壊したくなかったが、思い切って声をかけてみた。

「玉木おはよう。何見てるんだ?」

「あ、澤田君、おはよう。カゲロウを見ているの。」

彼女の目線の先を追ってみると、弱々しくて、フッと吹けば飛んで行ってしまいそうな、小さな小さな虫がいた。俺はその虫を指さしながら、「これがカゲロウ?」と聞くと、「そう、カゲロウ。」と小さな声で、まるでカゲロウを脅かさないようにしているような声だった。

じっとカゲロウを見つめている彼女がどこか儚げで、今にも窓の外の空に吸い込まれて消えていきそうな、ふと不安になってしまうような雰囲気で、俺は思わず、口に出していた。

「玉木、あのさ、俺と・・・付き合ってほしい。」

突拍子もない、何のムードもない状態でそう言った俺のほう、玉木はパッと向き直り、キラキラとした瞳で俺を見つめていた。

「うん、いいよ。」

そう言われた瞬間、胸が高鳴った。それと同時に、付き合うってこんなに簡単でいいのかと思った。

「ほんとに?いいの?」

「え、だって・・・。嘘なの?」

「嘘じゃない!ほんとに付き合ってほしいんだ!」

思わず怒鳴るような声で否定した。怒っているわけじゃないが、嘘だったり冗談だったりで捉えられて、反故にされたくなかった。

 こうして、カゲロウを見つめる不思議な女子の玉木、玉木実たまきみのると、俺、澤田俊さわだしゅんは付き合うことになった。


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