表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/23

8.広島から神戸に

いつもの様にテントの中が暑くて目が覚めた。

昨夜の残り飯などないので、用意すべき朝食もない。

準備が出来たら出発だ。

昨日の朝の水場に行って顔を洗いヒゲを剃る。

次の目的地は東京である。

中学時代からの友人2人が上京しているのだ。


しかし出発にモチベーションが上がらない。

東京、北海道と走りつなぐことに不安になったのではない。

彼女である。


こんなに楽しかった広島、不安げに泣く彼女、笑顔の彼女、優しい彼女の顔が頭から離れない。

普通の彼氏というのはこのまま広島に留まって一緒に夏休みを過ごそう、となるのではないか。

夏休み全てでなくても、2泊3日は幾ら何でも短いのではないか。

彼女のフィールドワークは3日で終わると言っていた。


あと3日待っていれば、また昨日の様な楽しい日々が送れるのではないか…?


悶々と考えつつ、手は半ば自動的に出発の準備を整える。

朝の洗い物などがなければ準備はせいぜい30分だ。

大きなビニール製の防水カバーにボストンバックと寝袋を入れて濡れない様にしたのち、

ゴム紐でぎゅうぎゅうに荷台に括り付ける。

あっという間に支度はできてしまった。


まだ頭の中はまとまっていない。

しかしどんな時でも腹は減るのだ。

とりあえずコンビニに行って朝飯を調達しよう。

これは出発じゃいからな…。

自分自身に言い訳をしながらBAJAの単気筒エンジンに火を入れる。

今日も一発で始動、元気で何よりだ。


昨日の朝、彼女と待ち合わせたコンビニに停め、

店の軒下の日陰を借りて、おにぎりを食べ、冷たいお茶を飲む。


もう彼女はフィールドワークに出たろうか。

そもそも何処に行くのかも聞いていなかった。

聞いていれば見にいけたのにな、と迷惑なことをバイクを眺めながら考える。


今回のツーリングの赤白のカラーリングは自分の服装だけではなく、バイクもである。

シートは張り替えてコレも赤白になっている。


新車で買ったのでほぼ目立った傷はないが、

そもそも山の砂利道を走るために買ったバイクなので、

飛び石や多少の塗装ハゲは勲章である。

フレームの下の方は白い塗装がところどころ剥げていた。

これは「盆栽」(置きっぱなし観賞用のクルマ、バイクのことをこういう)ではなく、本当に山に入ってずっこけた結果。

攻めている証拠である。


ただ唯一気になっているのはガソリンタンクの左側のヘコミだ。

バイクは安定させるために両足でニーグリップをするが、

その時タンクは拠り所として非常に大事な役割を果たす。


常に膝でタンクを抑えるため膝が常に当たるところに

ヘコミの反動で膨らんだ部分ができて塗装が剥げているのだ。


何故こんなところがヘコんでいるかというと、

阿蘇のお勝手クローズドダートコースを走っている時に、

ハイサイド(曲がっている方向と逆の方向にバイクが吹っ飛び、

あおりを食って身体が吹っ飛ばされること)を食らったのだが、

それを左脚で押さえ込んだ。その時に自分の膝でへこませた。


頑丈な鉄のタンクを生身の脚でヘコませるのだから、脚の方もタダでは済まなかった。

1週間くらいはアザが消えないくらいひどい内出血だった。

その塗装ハゲを見つつ、おにぎりを頬張り、まだ、考えている。

食べ終わっても考えた。お茶を飲んで考えた…が、答えは出ない。


いま広島を離れると決め、目標の日本一周を成し遂げようとする冷徹な自分と、

彼女と一緒に広島でもっと過ごすと決める自分。


昨夜から延々数えて約3時間悩んだが答えは出ない…。

こういう時は止まって考えていても答えは出ないと決め、

答えが出て広島に留まりたい、であれば3日のうちに戻ればいいと答えを出した。

とりあえず北海道へ、東へ向かうことにした。


考えが決まりさえすればやることは単純だ。

淡々と下道を走る。

北九州では国道3号線だった番号は、2号となっている。

国道2号をひたすら東へ走るのだ。

苦手な都会を何度も抜ける。

日本の太平洋ベルト地帯はほどほどの都会が続く構造で、道に迷いやすい。

しかし慎重に走り気がついたら300キロを越え神戸に入った。


距離を稼ごうとするあまり、欲張って神戸まで来たは良いものの、

またすっかり暗くなってしまった。

テントを張るタイミングを誤った…。

ならばと港の方に行ってみるが、宇品のような雰囲気ではなくテントなど張れなさそうだ。

グズグズしていたら雨が降ってきた…今夜は降参である。

周りがよく見えない状態で雨の中、野営は厳しい。


実は港に来る途中、空きありと書いてあるビジネスホテルを見つけていたのだ。

ホテルの前までいって電話番号を控え、最寄りの電話ボックスで電話する。


あのぅ、今夜空いてますか?

素泊まりで良いのですが。

あと、バイクが置ける場所、ありますか?

洗濯機とかは?


「あ、大丈夫ですよ、バイクOK、洗濯機もあります。

何時にチェックインできますか?」


あ、いま目の前なので直ぐ行きます。

電話を切って目の前のビジネスホテルに。


全然野宿旅じゃねえなと思いながら、駐輪場で荷物をほどく。

面倒だが置きっ放しというわけにはいくまい。

小雨で濡れた格好のままオフロードブーツをガコンガコン言わせながら行くと、

あからさまにフロント担当は引いていた。

台車を借りてリュックと巨大なウエストバックを載せ、

もう一度バイクに戻る。

大物のボストンバックと寝袋などを借りた台車に積み増してチェックインした。


狭い部屋だが数日ぶりにシャワーを浴びることができるし、洗濯も出来る。

ありがたい。

小雨に濡れたジャケットとオフロードパンツをハンガーに干し、

早速風呂に入って荷ほどきをして洗濯物をまとめ、小銭を持って洗濯機に向かった。

洗濯機に洗濯物を突っ込んでからフロントに行き、

最寄りの定食屋などをたずねようとして、慌ててコンビニを聞く。

数日間リミッター解除して豪遊したので倹約だ。


「この時間は近くの店は閉まっているし、コンビニまでは歩くと結構かかります。

バイクでお越しになるなら…」


うーむ、もう風呂にも入ったし、外は結構な雨が降っている。

カッパを着てバイクに乗って買い物…ブルル…あり得ない。

外に出るのも面倒である。


教えてくれたお礼を言って部屋に戻ることにした。

手持ちの食べ物は、米、レトルトカレー、袋ラーメンと卵である。

ストーブはあるが部屋で煮炊きをすれば火災報知器が作動するかもしれない。

さてどうするか…。


部屋を見回すと電気ケトルがある。

少し考えてこいつでラーメンを作ることにした。

朝、宇品港の公園の水道で満タンにした手持ちのタンクの水を使い、

電気ケトルで沸騰させた。

電気ケトルは沸騰するとスイッチが切れてしまうので

コンセントを抜き差ししながら湯を沸かし続ける必要がある。


それはまあ横についていれば大したことはないのだが、

目下の問題はラーメンがケトルの口から入らないことである。


しかし、コレは野宿生活、心の師匠である寺崎氏から既に学んでいる。

ラーメンを真っ二つに割れば良いのだ。

麺が少し短くなるが大勢に問題はない。

パコッ。

多少真ん中からズレたがもちろん問題ない。


電気ケトルの面倒を甲斐甲斐しくみつつ、数分で麺は茹で上がる。

丼代わりの大きめのコッヘルに粉末スープと生卵を落とし、

ケトルで茹で上がった麺を投入する。

さすがに電気ケトルの中に粉末スープを入れるという暴挙には及ばない。

洗うのが面倒だからだ。

卵入りラーメンが出来上がった。

コレで腹は満たせる。


速攻で完食し洗い物を済ませる。

洗濯物を乾燥機に移しに行くついでに、ホテルの自販機でビールを買った。

多少高いが仕方ない。

実家にも電話した。

どうやら日本地図に宿営地を書いているらしい。

向こうは向こうで楽しそうである。

要は父親が心配しすぎなだけなのだ。


雨風がしのげる建物、

便利な電化製品、電気ケトル、洗濯機、乾燥機、テレビ、

全てがありがたい。

テレビをつけてビールを飲みながら天気予報を見ると、明日も雨だそうである。

カッパを着て走るのは正直嫌だが仕方ない。

愛用のヘルメット、アライMX2はフルフェイスであるが、

チンガード部分には雨を防ぐ機能がないため、鼻から下は雨が当たり放題である。


雨の中を走らねばならない憂鬱さを思いつつ、

いつの間にか泥のように眠り込んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ