夜更け前
件の不眠に悩み、私は起き上がった。
昨晩抱えて布団に入った筈の猫がどこにもいない。
外の通りは真暗で、閑散とした静かさの他には何も見当たらなかった。
しかし、私には視えた。
閉じた瞼の裏の様な中に、一人の男が佇んでいるのが。
その男は、遠い闇の中から私をじっと見詰めている…。
否、それは紛れもない私自身に過ぎないのだろう。
私だけが、世のあらゆることから遮断され、何もかもが思うように行かず、結局全てを投げ出してしまった後の様な、後の祭、或いは「祭の後」とも言える様な、全てが無に帰してしまった…、そんな風に、落ち着き払って、男は私を見ていた。
私は、ふと悲しくなった。
言葉を交わすことはあらずとも、私には、男の気持ちがよく分かった。
しかし、それは、男が私自身故に分かった、ということではなく、私自身を「男」として見たが故に分かった、ということであった。
詰まる所、自身の思いは自身にしか分からないというのは、ある時には正解にはならないのかもしれない…と、私は考えた。
考えがまとまらぬ内に、部屋に猫が戻ってきた。
お前は、夜目がきいて良いな、と。
私は猫に呟く。
けれど、私は夜目がきかなくて良かった。
喉元を撫でてやると、猫はごろごろと喉を鳴らした。
このような夜に、彼を視ることが出来なくなってしまうから。
私は、布団へ戻る前に、もう一度外を見遣った。
閑散とした静かさの他には何も見当たらなかった。