キサラギ・サラの恋人
「犯人を捕まえよう」
その日の夜、寮の僕らの部屋で分厚いマグの中のココアを舐めながら、険しい顔付きでカルフが言った。
カルフと僕は同室で、そこにハインツが加わって夜更かしするのが恒例だった。
「犯人って、他殺と決まったわけじゃないんだろう」
そのハインツがカルフに言った。双子なのに、ハインツの方は弟よりもずいぶん落ち着いている。
「他殺に決まってる! サラ先輩に、自殺する理由なんてないだろう!」
「……お前はどう思う?」
ハインツが僕に尋ねて来た。
「他殺かどうかは、もちろん判らない。でももしそうなら、犯人は絶対に許せない。サラ先輩は、いたずらばかりしてる僕ら——まあ、実行犯は九割方カルフだけど——のこともいつもかばってくれた。あんなにいい人はいないよ」
「でも、警察が調べてるだろう? 生徒が手を出す様な事じゃないんじゃないか」
ハインツの言葉に、カルフが、だんとマグをテーブルに置いて叫ぶ。
「ハインツ、そんなこと言ってるようなやつ、男じゃないぜ!」
飛び散ったココアを、諦めた様な顔で傍らに会ったタオルで拭くハインツ。
けれどその顔にも、明らかに理不尽な事件に対する怒りが浮かんでいた。
「ハインツ、カルフ、僕らなりに調べよう。サラ先輩はもう帰って来ない。でもこのままじゃ、僕らが治まらない」
二人は、同時にうなずいた。
「日比野先輩ですね」
翌朝、僕は高等部の昇降口で、待ち構えた人物に声をかけた。
二年生の、日比野ハルト。
背が高く、顔立ちも整っていて、中等部の女子からも人気がある。
そしてサラ先輩の、公然の恋人だった。
「誰、君」
僕は名前を名乗り、続けた。
「キサラギ・サラ先輩のことで、聞きたいことがあるんです」
日比野先輩は憂鬱そうな顔で応える。
「君、あれだろ。中等部の少年探偵団。サラがよく、話してたよ。……サラが自殺する心当たりを聞きたいんなら、そんなものは無い。俺が聞きたいくらいなんだ」
日比野先輩は、ずいぶん参っている様に見えた。当り前では、あるのだけど。
気が引けながらも続けて質問しようとすると、
「サラのこと、調べようとしてくれてるんだな。あいつ、好かれてるんだよな。色んな人から好かれてるんだ。死んでからも何かしてくれる人間がいるなんて、凄いことだよ」
とかぶりを振った。
この二人の関係は、どちらかというと、サラ先輩の方が日比野先輩に入れ込んでいる、というものだったと聞いている。
さすがのサラ先輩も、障害のせいも含め生活の中で心が弱ることはたびたびあり、その度に日比野先輩の包容力が彼女を救っていたらしい。
「ああ、ごめん。他に何か、聞きたいことがあったか? サラが死んだのは、一昨日の夜の十時頃らしい。俺はその時高等部の寮に、寮仲間と一緒にいてね。あいつがそんなことになってるなんて、知りもしなかったんだ。だから、ほとんど話せることも無いんだが」
「いえ——もう、結構です」
本当はまだ色々聞きたいことがあったけど、憔悴した日比野先輩を見ているとそれもはばかられた。
あいさつをして、僕はその場を後にした。
だが、心に残る疑念は晴れてはいなかった。
サラ先輩はほどんどこの学校の敷地内で暮らしていた。
他殺にせよ、自殺にせよ、彼女が死に追い込まれる程に影響力を持つ人間というのは、限られている。
日比野先輩は、その筆頭だった。
何か、交際に関わることで気を病んでサラ先輩は自殺したのか。
あるいは、日比野先輩が彼女を——……
僕は冷たい空気の中で、頭をふるふると横に振った。
先走ったことを考えるべきじゃない。




