キサラギ・サラのいない朝
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数日が過ぎた。
表面上は何事もなく、僕らの生活は平穏に続いていた。
高等部では日比野先輩がやたら落ち着きがなくなったという噂が立っていた様だけど、もう知ったことではなかった。
朝、薄絹の様な光が、霜のついた窓から差し込んで来るのを横目に、僕は寮の部屋で授業の支度をする。
それから、食堂へ朝食を取りに行くためにカルフを起こした。
「毎朝毎朝、なんで食事の前から勉強の用意が出来るんだ……」
モンスターを見る様な目で僕を見るカルフを二段ベッドから引き下ろし、着替えさせる。
「カルフ、クリスマスが近付いて来たから、そろそろ食堂でもシュトウレンが出るよ」
「おお、それは砂糖のお祭り!」
急に元気を出して、カルフは赤いセーターを素早く着込む。
身支度を終えてドアを開けると、ちょうどハインツが部屋の前に来た。
「おはよう。お前たちも食堂だろ? 行こう」
うなずきながらドアを閉めようとして、一度部屋の中を見る。
窓際では、いまだに名前も知らない観葉植物が、陽光を受けてくすぐったそうに光っていた。
もともとは日比野先輩が購入したのかも知れないけど、僕らにとってはサラ先輩の形見だった。
今度こそドアを閉めて、三人で歩き出す。
トースト・サンドウィッチとスクランブルエッグの朝食を終えてから、僕は一人で、授業の前にプール棟の北側の壁を見に行った。
目を凝らしたり、眺めたりしながら、しばらくぼうっとツタの陰影を視線でなぞり、面影を探す。
でもそこには、誰もいなかった。
間もなく、授業が始まる。
クリスマスを控えた、浮ついた空気。
そして――消えることのない、冬が運ぶ風のような、静かな寂しさ。
ハインツとカルフが、廊下の奥から僕を呼ぶ。
僕は冷たく硬い寮の廊下を、わざと跳ねる様に歩き出した。