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にゃむらい菊千代  作者: 深水千世
マリアの引き出し
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引き出し

 店の中はしんと静まりかえり、真っ暗だった。

「あった、あれだ」

 ロッキーが目で示したのは、レジの脇にある薬箪笥だった。

「思ったより小さいでござる」

 薬箪笥は古びた木製で、十六杯の小さな引き出しが並んでいた。深い色合いから積み重ねた時間が感じ取れる。だが引き出しの取っ手は修理されたものらしく、新しい。小さな輪の金具が窓からの月明かりを冷たく反射させている。

「こんなにたくさんの引き出しに、何を入れるつもりでござるか?」

「さぁね。伝票とか判子でもしまってるんじゃないの?」

 マリアが興味なさそうな声で答える。

「怪しいところはなさそうだけど?」

 だが、その隣で菊千代はぴくりとヒゲを震わせていた。

「確かに変なものは見えないでござるが、なんだかヒゲの先がピリピリするでござるよ」

「本当か?」

 鋭く問うロッキーに、彼が頷く。

「なんだかあの引き出しが気持ち悪いでござる」

 彼が示したのは、一番右下の引き出しだった。だが、霊体の彼らにはそれを開けてみることもできない。

「とりあえず、今日は帰りましょう。またゴキ爺が情報を持ってきてくれるかもしれないし」

「そうだな。ここにいても時間の無駄のようだ」

 ロッキーがマリアに頷くが、菊千代だけは苦い顔をしたままだ。

「あの引き出し、なんとか開けられないでござるか?」


「今は肉体がないから無理よ。また不穏な気配とやらがしたらすぐに教えてくれって、ゴキ爺に頼んでおくわ。それまでに何か方法を考えればいいじゃないの」

 マリアがそう言って、すたすたと歩き出す。

「いくぞ、菊千代。なに、今はまだ動き出す時じゃないってだけだ」

 ロッキーの慰めに渋々頷くと、菊千代も店を出ようとした。

 その間際、ふと振り向き、彼は大きく尻尾を揺らした。どうにも胸騒ぎがする。菊千代には、薬箪笥がまるで口を開きながらも声を出せずにいるように見えて仕方ないのだった。

 彼らは霊体からいつもの姿に戻ると、もそもそとエミさんとダイキの寝ている布団に潜り込んだ。

 だが、数時間もたつと、マリアはのそりと起きだし、足音もなく部屋を出て行く。そしてソファの上に丸くなり、小さな声で「解」と囁いた。霊体の彼女はギターを片手にちらりと寝室に目をやる。それからすぐに外に飛び出していった。

「……どこへ行ったでござるか?」

 ゆっくり顔を持ち上げ、菊千代が呟く。

 ロッキーは目を開けることなく、静かに答えた。

「菊千代、いい女には秘密があるものだよ」

「ふぅん。ロッキーにはわかってるでござるか? マリアは何をしているでござる?」

 するとロッキーは鼻で笑い、グリーンの目を薄く開けた。

「いつかお前もわかると思うが、女の秘密を見抜いても、知らない振りしてやるのがいい男ってもんだ。ただし、相手が本当は気づいて欲しいと思っているとき以外はな」

「大人はすぐにそうやって、簡単な物事をややこしくするでござる。そういうものに限って大事なことでござるよ」

 彼は不機嫌そうに呟くと、ため息を漏らした。

「気になるでござる。いつものマリアじゃないと、夜中の運動会がないから運動不足になりそうでござる」

「マリアが遊んでくれなくて、さびしいのか?」

「そういうわけじゃないでござる。ただ……」

 むきになって、彼は尻尾を荒く床に叩きつけた。

「ゴキ爺には言えるのに、どうして拙者たちには秘密でござるか?」

 すると、ロッキーがふっと声もなく笑った。

「待つことだ。店の不穏な気配もそうだが、マリアのことだって、今はまだ俺たちが動くべきときじゃないんだよ。マリアが必要とするときは、きっと助けを求めてくる。そうしたら、こちらは全力で動けばいい。それだけのことだ」

 それは有無を言わさぬ響きがあった。菊千代は耳を下げると、ダイキに擦り寄ってきつく目を閉じたのだった。


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