異世界勇者ブレイ・ハウザー 第7話「飛べ!龍戦士の誇り!」
ブレイブ王国の龍戦士隊はドラゴンアーマーに覆われた精鋭部隊。今日も激しい訓練に明け暮れていたけれど、一人、見習い隊員のアレンだけは浮かない顔だった。実は彼は高所恐怖症で、龍戦士の必殺技『ハイジャンプランサー』が上手くできずに悩んでいたのだ。
異世界勇者ハウザーはアレンの特訓に付き合うことを買って出る。次の隊員試験で合格できなければ彼は田舎へ帰らなければいけないのだ。
アレンを抱えて空を飛んだり、城の塔のてっぺんから飛び降りたりと、試行錯誤した結果、アレンは必殺技を出すことに成功する。
しかし前日の夜、アレンは一人で必殺技を出せるのか不安でたまらなくなり、一人で街の外に出て最後の練習をしようとした時、現れた魔界軍師デット・ガイストの手に懸かり、暗黒龍巨人アレンへと変身させられてしまう。
月夜闇の中、町を襲う暗黒龍巨人。城から出動したハウザーは軽騎士形態に変身して立ち向かう。
暗黒龍巨人を追い詰めるハウザーだが、乱入したデット・ガイストの口から、相手がアレンであることを告げられる。
このままではアレンを殺してしまう! どうする!? 異世界勇者!
「ふはははは。どうしたハウザー。攻撃しないのか?」
顔を歪ませて笑う魔界軍師デット・ガイストは私に向かってそういうと、手に持っている杖『デット・シャフト』を突き付ける。
「攻撃しないなら、こちらから行くぞ! 『デット・ブラスト』!」
シャフトの先端から紫色の電撃が飛び出し、私に向かって飛んでくる。私は横っ飛びに飛び、石畳の道を転がって避けた。
だが相手はそれを待っていたのだ。デット・ガイストの持つ魔法具『エビル・ネックレス』によって魔人化した暗黒龍巨人アレンが私に襲い掛かった。その手には捻じれて伸びた太い槍を持っている。
「ウゴゴゴゴ!」
「くっ! 正気に戻ってくれアレン!」
「ガォォォォン!」
青黒い鎧に覆われたアレンは雄叫びと共に槍を突き出す。私はやむなく籠手に収納されている短剣『ハウザー・エッジ』を抜いて受け止めた。
「お願いだアレン。君は龍戦士隊員になるんじゃなかったのか!」
「無駄だハウザー。そいつは己の弱い心に負けたのだ!」
動きの止まった私の背中にデット・ガイストの声が迫った。奴のデット・シャフトが電撃で邪悪に輝きながら私の身体を打った。
「ぐああっ!」
「愚かなり勇者ハウザー。そのような下等でか弱い人間無勢に肩入れするなど、魔界では及びもつかぬ愚行よ」
全身に絡みつく電光が私を甚振った。世界創造神が転生する私に与えてくれたこの肉体は、人間以上に魔力の影響を受けやすいのだ。
崩れ落ちそうになった身体を支えるように片膝をついた私を見下ろすデット・ガイストは、傍に立つアレンの虚ろな眼差しを見て満足げにうなづいた。
「ふむ、なかなかのパワーだ。よし、アレンよ。勇者ハウザーにとどめをさせ。さすればお前を魔界へ連れて行き、本物の暗黒龍戦士へと生まれ変わらせてやろう。魔界は良いぞ。このような小さな王国で悩む必要もない。力こそが全ての世界だ」
「ダメだ! アレン、自分を取り戻すんだ! 思い出せ、君が龍戦士を目指した時のことを!」
無言のアレンはゆっくりと私に近づき、槍を構える。私はまだ動くことが出来ない。デット・ガイストの邪悪な魔力がまだ体の力を奪っているのだ。
本当にアレンはこのまま私を倒し、魔界へと連れ去られてしまうのだろうか?
いや、そうはさせない!
だがその為には、アレンの協力が必要なのだ。内なるアレンの、あの真摯でひたむきなアレンが。
「アレン。君は言った。『子供の頃、森でモンスターに襲われた時に龍戦士に助けられた。だから次は自分が龍戦士になって人々を守れるようになる』と……」
「ガォォ……」
アレンの動きが止まる。私の手足を鈍らせる魔力も弱くなってきた。
「アレン! 君の気持ちに私は奮えた。私はこの世界の存在ではないけど、君のような熱い気持ちを持った人を心から尊敬したいと思ったんだ。そんな君なら、魔界の邪悪な魔力に頼らなくても、強く立派な龍戦士になれるはずなんだ」
「ウゴゴゴゴゴ……」
頭を振り、うめき声をあげながら青黒い装甲の巨人がたじろぐ。
「自信を持つんだ! 飛べ! 龍戦士アレン!」
「ウウ、は、うざぁ……」
「ええい、何をやっている! さっさととどめを刺せ、暗黒龍巨人!」
しびれを切らしたデット・ガイストがアレンの背中に魔力を放出する。己の意思に従わせ、強制的に身体を動かすつもりなのだ。
その力は絶大だ。操り人形になったアレンの身体は素早く私に近づき、槍を掲げた。
「アレーン!」
「ふははは。さらばだ勇者ハウザー!」
勝利を確信した魔界軍師の笑い声が地に響く。私は思わず目を伏せ、その瞬間を待った……。
……だが、代わりに聞こえたのは、傍に突き立てられた槍の立てる虚しい音だった。
「……アレン?」
「なに?」
デット・ガイストも事態の変化に驚いた。アレンはゆっくりと私に背を向け、自分を操っていた主に向かった。
「……お、おれは」
ぶるぶると震える暗黒龍巨人の身体に亀裂が走る。
「俺は!」
亀裂は全身を覆い、内からの力によって装甲が剥がれ落ちた。
「俺は龍戦士! 龍戦士アレンだ!」
その叫びと共に暗黒龍巨人の肉体が爆散する。そして中からとびだしたのは、龍戦士の鎧に身を包んだアレンだ。
「うぉぉぉ! 食らえ魔界軍師! 『ハイジャンプランサー』!」
アレンは空高く跳躍すると、鎧と一体化している龍戦士の専用槍『ドラグーン・スピア』を展開し、デット・ガイストめがけて急降下した。
「なにぃ!?」
慄き叫ぶデット・ガイストは間一髪でその直撃を避けた。しかし、『ハイジャンプランサー』の威力はすさまじく、かすっただけでも衝撃で吹き飛ばされてしまった。
「ぐあぁっ! そ、そんな馬鹿な。『エビル・ネックレス』の呪縛を打ち破るなど……」
「これが人間の、お前が下等と呼んだ人間の持つ無限の力だ!」
狼狽するデット・シャフトを前に、アレンが私に駆け寄った。
「大丈夫かハウザー。……ごめん、あなたをこれほどに傷つけてしまった」
「いいんだアレン。君が戻って来てくれるのなら、こんな傷はたいしたことじゃない」
「ハウザー……」
瞳を潤ませるアレンを奮い立たせるべく、私も四肢に力を込めた。
「さあ、あとはあの魔界軍師を倒すだけだ!」
「そう簡単に倒されてたまるか。来い、ゴブリン・ポーン!」
デット・ガイストが地面に向かって魔力を解き放つ。するとその地面から、まるで泡のような緑の怪物たちが無数に現れる。
こいつらはゴブリン・ポーンと呼ばれる魔界の尖兵だ。一体一体は大した強さじゃないが、数で掛かられると一筋縄じゃいかない相手だ。
「ふん。今更ゴブリン・ポーンなど!」
「だ、黙れ! 今回は隠密作戦だったから温存していたまでよ!」
「なら、貴様の作戦は失敗だな。ハウザー、こいつらは俺が相手をする。あなたは暗黒軍師の方を!」
「分かった。『ブレイブ・アーマー』!」
わたしは天に向かって右籠手に示されたエンブレムを掲げた。すると天から一条の光が差し込み、その光の中を炎に包まれた鎧が降りてくる。
「フォームアップ! とぅ!」
私は光の中に飛び込み、降臨する鎧と重なった。鎧は瞬間的に分解すると、軽騎士鎧の私の脚、肩、胸、両腕を包み、最後に不死鳥の如く広がる額飾りを持つ兜と面頬で私の頭を包んだ。
「転生勇者ブレイ・ハウザー!」
普段は天界に繋がるワームゾーンに収納されている『ブレイブ・アーマー』を装着することで、私はこの世界に召喚された勇者としての本領を発揮できる『ブレイ・ハウザー』へフォーム・アップできるのだ。
「さあ覚悟しろ。闇の戦士、魔界軍師デット・ガイスト!」
「くっ! 食らえ、『デット・ブラスト』!」
再び奴の武器から電光が炸裂する。私は両腕を交差させてそれを受け止めた。
「うぉぉぉ! はっ!」
「なにぃ!?」
受け止めた電光は鎧に満ちる天界の霊力によってかき消えてしまった。
「『オーバリアン・ソード』!」
私は『ブレイブ・アーマー』の胸に刻まれたエンブレムに手を当てる。そこは魔法陣となっていて、別空間に収納された聖剣『オーバリアン・ソード』が抜き出せるのだ。
私は切っ先をデット・ガイストに突き付けて構える。
『ブレイブ・アーマー』で覆われた全身から発する霊力が切っ先に集まり、私は駆けた。
その速さは、奴の放っていた電光よりも早い!
「『オーバリアン・ブレイク』!」
閃光を放つ必殺の一撃がデット・ガイストの身体を切り裂いた!
「うぐっ! お、おのれ勇者め……!」
断末魔の恨み言を何か言おうとした瞬間、デット・ガイストの身体から魔力が迸り、巨大な爆炎へと形を変えた。
<これで勝ったと思うなよ……>
爆炎の中から飛び出た球体が思念を使ってそう呟いて空へと消えた。
私は知っている。今倒したデット・ガイストの肉体は仮のもの。本物の魔界軍師は魔界の本拠地にいて、この影武者を遠隔操作していたのだ。
「いつか必ず、魔界に潜むお前たち魔族を倒してみせる……」
爆炎を背に私は残心を取る。『ブレイブ・アーマー』から清浄な霊力が放出されるのを感じた。
後日。アレンの龍戦士登用を決める試験が行われた。
私は試験場の外壁で静かに待っている。アレンを私は自信を持って送り出した。だが私は勇者であって龍戦士ではない。
私が彼を龍戦士に相応しいと思っていても、龍戦士隊はそうは思わないかもしれない。
もし彼が採用されなかったときは、どんな顔をすればいいんだろう。
……そんな風に悩んでいた私の思惑は、彼の晴れがましい表情を見て吹き飛んでしまった。
「やったよハウザー。俺、今日から龍戦士だ!」
「そうか。良かったな、アレン!」
「ああ! それでさハウザー。早速俺に任務が与えられたんだ」
「任務。君にか」
「そうさ。『勇者ハウザーの仲間として魔王討伐に向かえ』だとさ……昨日、俺一人でゴブリン・ポーンの大群を倒したところを、龍戦士隊の隊長が見ていたのさ」
気恥ずかし気に笑うアレンは、改めて私に向き合った。
「勇者ハウザー。龍戦士アレンはあなたと共に戦う! これからも、よろしくな」
「……ああ。よろしく頼む」
魔王軍の軍勢の魔の手が、このブレイブ王国には迫っている。再びあのデット・ガイストや、他の魔界戦士たちの邪悪な罠が待ち構えているだろう。
しかし、今私は頼もしい仲間を得た。
これからも私は戦っていく。
勇者ハウザーとして……。
(終わり)
ここまで読んで下さりありがとうございました。
本作は川獺右端さん作の
『鈍刀乱舞』https://ncode.syosetu.com/n8410gl/
で行われた「タイトルで起、前書きで承、転から本文を始める」という短編スタイルを参考にさせていただきました。
この方式を紹介してもらった時の「これなら『架空の30分番組のBパート』から話が書ける」という閃きに従って、いまや懐かしい某サンライズ作品シリーズ風の異世界勇者譚に仕立ててみました。
これを読んで「この作品の続きが気になる」……と思ってくれたら重畳です。