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イヴェット



『陛下がお決めになられた婚約者を簡単に変える訳にはいかないが……続けられない身体になれば、仕方がないよな』




「───っ!」


 飛び起きたイヴェットは荒い息をつきながら、暗い室内を見回した。


「……夢?……そう、よね。もう何年も前の事よ…」


 もう余り痛みは無い筈の右足をそっとさすりながら、息を静めるように深呼吸を繰り返す。


 ここはある侯爵家の領内にある孤児院を併設している小さな教会。

 イヴェットはそこでシスターとして、孤児の面倒を見ていた。


 夢で見た事件が起きたのは、学園を卒業する1か月前。


 婚約者だった第二王子のエルマーが催眠術にかかり、イヴェットを階段から突き落とすに至った事件だった。


 事件後、エルマーに催眠術がかけられていた事が判明し、実行犯として男爵令嬢のヘロイーズが捕らえられたという。


 しかし事件は公にならず、秘密裏に当事者の処分が行われた。

 イヴェット自身、ヘロイーズの処分が気になったのだが、家族からは男爵家から除籍された事しか教えてもらえなかった。


 その後、術を解かれたエルマーからの謝罪を受けたが、イヴェットは婚約の解消を望んだ。


 真実愛していた。……いや、今も愛している。


 エルマーの変化も何かの間違いだと信じて行動していた。

 しかし階段の事件後、イヴェットは大人…特に男性に恐怖を感じる様になってしまった。更に、階段にも恐怖を感じる他、落ちた際の後遺症で右足に痛みが残ってしまった。階段を避け、ダンスも踊れず長時間立つ事も出来ぬなど、エルマーの隣に立つ事は出来ないと、婚約者である事を諦めた。


 エルマーは待つと言ってくれたけれど、それに甘える事は出来なかった。


 愛する婚約者にも階段にも怯えるのであれば、その度にエルマーを傷つける。経緯を知る人ならばエルマーの自業自得と言うかもしれない。贖罪にすれば良いと言う人もいるかもしれない。


 けれど、イヴェットはそんな事を望んではいなかった。


 今回の事は、前例も無く防ぐのが難しい事だった。

 それに、一番近くに居た自分が何も出来ず、気付けなかったのだ。

 罰を受けるのなら自分だと、イヴェットはずっと思い続けていた。

 もっと早くに周りに相談できていれば、自分一人で何とか出来ると思い上がらなければ……エルマーがあんな行動を取る事も無かった。

 

「エルマー様……」


 あの時に呼べなかった名前。

 術にかかっていた時に、呼ぶなと言われてから暫くは、殿下としか呼べなかった。


 最後に会った時に、殿下としか呼ばなかった事に傷ついている事は見て取れた。しかし、あの時は自分の気持ちに精一杯でその気持ちに寄り添う事が出来なかった。


 それに、こんな自分を見限って欲しいと思っていた。


 もうエルマーを支える事の出来ない自分を。役に立てない自分を。こうなっても尚、エルマーを求める自分を。

 エルマーの重荷にしかなれない自分は見限られる方が良いのだ。


 そう思って、婚約解消を申し出、孤児院を併設している領地の教会へ来た。


 初めは慣れない事も多く、周りに迷惑をかけ通しだった。

 3年経った今は、自分で考えて動ける様になった気がする。

 子供達も懐いてくれて、うまく休憩も取れるようになってきたし、リハビリの甲斐もあり、右足の痛みもあの時より薄まった。

 

 気が抜けた結果なのだろうか?

 すごく久しぶりにあの時の夢を見たのは。


 それとも、エルマーに会いたい思いが見せたのだろうか?

 いつまでも燻り続ける恋心に、苦笑が漏れる。

 

「明日は買い出しに行くのだし、もう少し休まないとね」


 布団に潜り、目を閉じる。


「エルマー様……」


 夢でもいいから、もう一度逢いたい…。





 翌日、イヴェットは一人荷馬車で近くの街に向かっていた。


 本来ならば一緒に行く筈の神父様の腰痛が悪化し、他に動ける人が居なかったのだ。

 孤児院でも年長に当たるラウルとマルコムが同行を申し出てくれたが、今回は買う物も一つ一つは小さい物ばかりだし、自身の勉強と当番を優先して貰った。

 一人で街に出るのは初めてだが、何度も来ている街だし、特に問題は無いだろうと楽しみ半分での買い出しとなった。




 順調に買い物は進み、あと1件と足取り軽く向かっていると突然左肩に何かがぶつかった。


「おい、どこ見て歩いてんだ?!」

「もっ…申し訳…ありません…」


 体勢を崩した所に怒声が飛び、反射的に身体が竦む。


「申し訳ありません~? 随分と丁寧な言葉遣いじゃねぇか……何だよ、怯えてんのか? 可愛い顔してるし、飲みに付き合ってくれれば許してやるぜ?」

「あ…いえ……早く戻らなければならないので……」


 顔を俯かせ、恐怖に耐えていたのに、顎を掴まれ強引に顔を上げさせられる。

 顔から血の気が引いているのが分かる。

 どうにかこの場から去りたい思いだけが先行し、口をつく言葉は相手の男の怒りに触れる。


「あぁ?! 優しく言ってる内に言う事聞いた方がいいぜぇ?」

「ひっ…いや……痛いっ」


 顎を掴まれている手と逆の手で、力を込めて二の腕を掴まれる。


「ほらほら、可愛がってやるから一緒に来いって」

「いやっ…離して…っ」


 顔を振り、顎から手は外れたものの、掴まれた手はびくともしない。

 怖い怖い怖い。

 身体を捩り、逃げようとするがニヤニヤ笑う男の手は離れない。


「それ抵抗か? 可愛いねぇ……って、痛ぇッ!」

「その手を彼女から離せ…!!」


 泣きそうになりながら抵抗を続けていると、男との間に、別の男が割り込んできた。


「何だてめぇ!!」

「離せと言っている…!!!」


 自分に背を向けて怒気を放ちつつ、男の手を引き剥がしてくれた。

 この髪、この声……この方は、もしや──。


「何だよ、そいつがぶつかった謝罪をだな…」


 引き剥がされた腕をさすりながら男が弁明をしようとすると、周りから声が上がった。


「嘘つけ! シスターにぶつかったのはそっちだろうが!」

「そうだそうだ! お前らが謝れ!!」

「シスターから離れろ!!」


「皆さん……?」


 いつも教会に来てくれる街の人や、買い出しの時にお世話になる方達がイヴェットを守る様に声を上げてくれた。


「何だよこいつら…くそっ、行くぞ!」

「待てよ、置いてくなって!」


 その声に押される様に、男は連れと一緒に逃げる様に去っていった。


「シスター、大丈夫かい?」

「皆さん、ありがとうございました」


 ほっと息をつくと、周りの方達から声をかけられた。


「いいんだよ、もっと早く助けに入れなくてご免ね」

「いいえ、そんな事ありません」


「あの兄さんが助けに入ってくれて本当に良かったよ」

「あっ…あの方は何処に…?!」


 助けが遅れた謝罪を受けつつ、最初に来てくれた男性の事が話題に出た所で混乱した頭が正気に返る。


「ん? あれ、どこ行った?」

「今そこ曲がって行ったぞ?」


「ありがとうございますっ」

「あれっシスター?!」


 きょろきょろと周りを見渡すと、男性の行方を見ていた方が教えてくれた。


 待って、行かないで!


 小走りで駆け出し、男性の後ろ姿に声をかける。


「お願いっ! 待ってっ!」

「………」


 声が聞こえたと思うのに、無言で少し歩く速さが上がった。


「待ってください!! エルマー様!! きゃっ!」

「───っ!!」



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