事件
「陛下がお決めになられた婚約者を簡単に変える訳にはいかないが……続けられない身体になれば、仕方がないよな」
「え…」
そのエルマーの言葉と歪んだ嗤い顔と共に、イヴェットの身体は学園の階段から転がり落ちた。
最愛の婚約者、エルマーの笑い声を遠くに聞きながら、イヴェットの意識は途切れた。
元々、イヴェットとエルマーは仲の良い婚約者同士だった。
侯爵令嬢と第二王子という身分に恥じぬ行いをする為に、お互い切磋琢磨し、支え合い、そして愛を育んでいた。
学園に入る頃には美しく成長した二人を称える声はあれど、悪い噂はまるで立たなかった。
その関係にヒビが入ったのは三か月前。
エルマーと男爵令嬢のヘロイーズとの交流が始まった頃からだった。
平民上がりのヘロイーズがご令嬢達に囲まれている所を目撃したエルマーが、仲裁に入ったのが始まりだったらしい。
その後エルマーが単独で行動している所を狙う様に、ヘロイーズはエルマーとの距離を縮めていった。最初はイヴェットにその内容を話してくれていたエルマーも、徐々に話さなくなりイヴェットに冷たい態度を取り出した。
一か月後には学園内でイヴェットと過ごしていた時間をヘロイーズと過ごすようになり、イヴェットを避ける様になっていた。
イヴェットへの態度以外、公務や王宮での過ごし方にはあまり変化はない様で、周りは痴話喧嘩か倦怠期かと経緯を見守る方向になっていた。
突然のエルマーの変わり様に納得の出来ないイヴェットは、会う度に言葉を尽くし元に戻って欲しいと、王族に相応しい振る舞いをと訴えた。
しかし、今まで見た事の無い冷たい表情と言葉、手を払われたり、突き飛ばされたりという暴力的な排除方法に、イヴェットの限界も近付いていた。
決定的な事が起こったのはその頃だった。
いつものようにヘロイーズと連れ立ち歩くエルマーを見つけたイヴェットは、気力を振り絞りエルマーへ声をかけた。
「殿下! お待ち下さい」
「………イヴェットか。何だしつこいな。顔を見せるなと言っていただろう」
「お願いいたします、婚約者でも無いヘロイーズ様と噂を立てられる様な行動はお控え下さい」
「またその話か……私が誰と行動を共にしようとお前には関係ない」
「関係あります! わたくしは殿下の婚約者なのですよ? それにヘロイーズ様には未だ婚約者がいらっしゃいません。ですから…」
「婚約者、婚約者ね。お前はいつもそれだ。息が詰まる」
「殿下…」
「陛下がお決めになられた婚約者を簡単に変える訳にはいかないが……続けられない身体になれば、仕方がないよな」
「え…」
そのエルマーの言葉と歪んだ嗤い顔と共に突き飛ばされ、イヴェットの身体は学園の階段から転がり落ちた。
最愛の婚約者、エルマーの笑い声を遠くに聞きながら、イヴェットの意識は途切れた。