幸運のイヤリングを、片方失くしてしまったら
これは、占いやおまじないが好きな、ある女子学生の話。
「今月のラッキーアイテムはイヤリングか。何か良い物がないかな。」
その女子学生は、インターネットオークションを物色していた。
そこでは、インターネットを通じた個人売買が盛んで、
毎日たくさんの取引が行われている。
その中で、ひとつの商品がその女子学生の目に止まった。
「なになに、幸運を呼ぶイヤリング、か。
よし、これを買ってみよう。」
その女子学生が買ったのは、クローバーの形をしたイヤリングだった。
数日後、その幸運を呼ぶイヤリングが届いた。
そのイヤリングは、右が三つ葉、左が四葉のクローバーの形をしていた。
その女子学生は、早速それを耳に付けて、鏡で確認した。
「意外と地味なイヤリングね。
幸運のイヤリングっていうから、
てっきり、もっと金ピカなのかと思っていたけれど。
でも、ある程度は地味な方が、普段付けるにはいいわね。
早速、学校に付けていこうっと。」
その女子学生は、幸運のイヤリングを付けて、学校に向かった。
「おはよう。」
「おはよう。今日の授業は今から?」
「ええ、そうなの。」
その女子学生は、学校の教室に入ると、友人たちと軽く挨拶をした。
席について教科書やノートを取り出す時に、
耳にかかった髪を無意識にかき上げる。
そこに光るイヤリングを見て、隣の席の友人が声をかけてきた。
「それ、新しいイヤリング?かわいいね。」
声をかけてきたその友人は、いつも隣の席に座る友人だった。
その友人に話しかけられて、その女子学生は、
もう一度髪をかき上げて、イヤリングが見えるようにして話した。
「うん、そうなの。
これ、幸運のイヤリングなんだって。
今月のラッキーアイテムはイヤリングだったから、丁度いいと思って。」
「でも君、ピアス穴なんて開けてたっけ?」
「ううん、開けてないわよ。
だから、このイヤリングは、耳たぶに挟んで付けるタイプなの。」
そうしてその女子学生は、授業が始まるまでの間、
隣の席の友人と談笑していた。
その日の学校の授業は、何事もなく終わり、
その女子学生は自分の部屋に帰ると、着替える前に何気なく鏡を確認した。
「・・・あれ?片方失くなってる。」
そこで初めて、今日付けていた幸運のイヤリングが、
片方失くなっているのに気がついたのだった。
「どこかで落としたのかしら。
まだ買ったばっかりだったのに。
幸運のイヤリングを落とすなんて、縁起が悪くならないと良いのだけれど。」
仕方がなく、片方だけ残ったイヤリングを外すと、
アクセサリーケースに仕舞った。
残っていたのは、三つ葉のクローバー、
失くしたのは、四つ葉のクローバーだった。
四葉のクローバーのイヤリングを失くしてからすぐに。
その女子学生が心配したことが、現実になってしまった。
身の回りで、不幸な出来事が相次いだのだ。
最初は、
箸を片方落とすとか、ストッキングが片方破れるとか、
自転車のタイヤがパンクするとか、その程度のものだった。
それが次第に、
片足を怪我するとか、片耳が聞こえにくくなるとか、
深刻な内容に変わっていった。
その女子学生は恐ろしくなって、病院に行くだけでは足らず、
占い師に診てもらったり、お祓いしてもらったりした。
しかし、不幸は収まらなかった。
時間が経つにつれ、身にかかる不幸は深刻になっていき、
その女子学生は追い詰められていった。
そうして、どうしようもなくなって、
ある日、あの隣の席の友人に相談することにした。
「・・・というわけで、幸運のイヤリングを片方失くしてから、
恐ろしいことが続いているの。
私、どうしたらいいか分からなくって・・・。」
相談を受けた隣の席の友人は、深刻な顔で応える。
「そう、そんなことがあったんだね。
最近、元気が無さそうだったから、心配していたんだよ。」
そしてその友人は、ちょっと考えてから、話を続けた。
「素人だから、詳しいことは分からないけれど・・・。
話を聞いてみると、君の不幸って、
ふたつある物の片方に起こることが多くないかな。」
「・・・ふたつある物?」
その女子学生は、塞ぎ込んでいた顔を上げた。
それから、顎に指を当てて考え込んで、口を開く。
「言われてみれば・・・そうね。
足とか耳とか、体の異常は全部、ふたつある物の片方にだけ起きているわ。」
さらに記憶を遡って言葉を続ける。
「そういえば、失くした物も、
箸とか靴下とか、ふたつある物の片方ばかりよ。
そう、あの幸運のイヤリングを片方失くしたのと同じだわ。
やっぱり、あの幸運のイヤリングを片方失くしたのが、
不幸が起こる原因だったのよ。
もっとしっかり付けていれば・・ううん。
あんな怪しげなイヤリング、買うんじゃなかった。」
その女子学生は、ほとんど叫び出しそうになっていた。
それを友人が、優しくなだめて言う。
「落ち着いて。
イヤリングの呪いだとか、そういうことが言いたいんじゃないんだ。
原因が分からなくても、傾向が分かれば対策できるかもしれないだろう。」
「何?対策?
どういうことよ。」
慌てふためいているその女子学生に、友人は努めて優しく説明を続ける。
「そうだよ。
君に今起きている不幸は、ふたつある物の片方にだけ起きている。
だったら、こう考えればいい。
ふたつある物の片方に不幸が起きるなら、
いっそ、ふたつペアになっているものを、たくさん用意すればいいってね。
箸が片方失くなるなら、何膳も用意すればいい。
ストッキングが片方破れるなら、重ねて穿いてしまえばいい。
そうやって、替えが利く物をたくさん用意すれば、
本当に失くなったら困る物を守れる。
そう考えればいいと思うんだ。」
その女子学生は、友人から言われたことを、頭の中で何度も繰り返し確認する。
大事な物の代わりを用意すれば、
不幸を避けることはできなくても、被害を軽くできるかもしれない。
そう思えて、少しずつ表情から暗さが薄らいできた。
「そう、そうね・・・そうだわ。
不幸が起こるのは嫌だけど、その傾向が分かっているなら、対応できるかも。
うん。やってみる。
これから、ふたつペアになっている物をたくさん用意するわ。
・・・あなたも手伝ってくれるかしら?」
その女子学生は、上目遣いに友人に尋ねた。
友人は、力強く返事をする。
「もちろん。
そうと決まれば、これから雑貨屋に行って小物を用意しよう。
そうしたら、次は古着屋だ。
どうせ用意するなら、安くてかわいいものが良いだろう?」
その女子学生と友人は顔を見合わせて、くすっと笑った。
それから、その女子学生の生活は変わっていった。
持ち物は、
同じペンを鞄に入れておくとかして、
ふたつペアになるよう用意するようになった。
衣類も、
ストッキングの上に靴下を履くとかして、
ふたつペアの物を増やした。
そうするようにしても、
持ち物や衣類の、ふたつペアの片方が失くなることは続いたが、
本当に失くしたら困る物は、失くさずに済むようになった。
体の方にも異常は起こらなくなって、健康体に戻っていった。
それからしばらくして。
その女子学生は、もうすっかり不幸を制御できるようになっていた。
そうしてその日は、学校の食堂で、
あの隣の席の友人にお礼を伝えているところだった。
その女子学生は友人の前に座ると、嬉しそうに口を開いた。
「ふたつペアの物を増やしたら、
大事な物は失くさずに済むようになったわ。
体の具合も良くなったみたい。
ありがとう。
あの時、あなたが相談に乗ってくれたおかげよ。」
お礼を言われて、友人は照れくさそうに応える。
「お礼なんて、そんな。
君の力になれて嬉しいよ。」
そんなことがあって。
それ以後、ふたつペアの持ち物を減らしていっても、
不幸は起こらなくなっていった。
日常を取り戻し、不幸が起こらなくなった代わりに、
その女子学生の部屋には、
ふたつペアの片方が失くなった衣類やアクセサリーなどが、たくさん残された。
それで、その女子学生の不幸は収まったかにみえた。
しかし、不幸は群れを成して近付いてきていた。
その日、その女子学生は、
あの隣の席の友人とふたりで、町に出かけていた。
ふたつペアの片方が失くなる不幸は、もうすっかり収まっていて、
ほとんど元の生活に戻っていた。
そうして油断しているところに、不幸が待ち構えていた。
ふたりで楽しく町を歩いていると、
その女子学生の携帯電話に、電話がかかってきた。
画面を確認すると、実家からだった。
「あら、ごめんなさい。
実家から電話だわ。
私、ちょっと電話するわね。」
友人に断ってから、その女子学生は電話に出た。
「もしもし。私。
急にどうしたの。
うん。うん。・・・そんな!」
携帯電話で話しているその女子学生の表情が、どんどん険しくなっていく。
友人が心配そうにそれを見ている。
その友人の目の前で、その女子学生は、悲鳴を上げるようにして電話を切った。
その女子学生の慌てた様子に、友人が尋ねる。
「実家の親御さんから電話?
慌ててるみたいだけど、何かあったの。」
その女子学生は視線を友人に向けると、くしゃくしゃの顔になって話した。
「それが、お父さんが急に倒れたって!
どうしよう。
もしかして、私のせい?
これも、あの幸運のイヤリングを片方失くしたことによる、不幸のせいかも。」
その時、その女子学生が考えたのは、実家の両親についてだった。
実家の両親は、父親と母親のふたり。
つまり、ふたつペア。
だから、ふたつペアの片方を失くす対象になったのではないか。
そう考えたのだった。
服や持ち物は増やせても、親を増やすわけにはいかない。
だから、庇いきれなかった両親の元に、不幸が襲ったのではないか。
やはり、あの不幸から逃れることはできなかったのだ。
そのことに気がついて、その女子学生は悲鳴のように声を上げた。
「こんなことになるのなら、
実家にも、ふたつペアの物をたくさん用意しておくんだった。
ううん、それよりも。
やっぱり私が、ふたつペアの物をもっとたくさん持ち歩いていれば。
そもそも、あんなイヤリングを買わなければ・・・」
混乱するその女子学生の体を、友人が優しく包み込んだ。
「落ち着いて。
あのイヤリングのせいだなんて、まだ決まってないよ。
それに、もし不幸がやってくるとしても、
ふたつペアの物を増やすことで、
それに対応できるって、分かったじゃないか。」
「でも!
もう不幸が起きてしまったのよ。
今からふたつペアの物を用意したって、すべて手遅れかもしれないわ。
私と違って、年を取っているお父さんの体が、
不幸が去っていくまで耐えられるのか、分からないわ。」
「そうだね。
不幸を避けるための用意は、もしかしたらもう遅いかもしれない。
でも、こうは考えられないかな。
これから来る不幸を避けることではなくて、
既に訪れた不幸を退ける方法もまた、あるんじゃないかって。
もしも、あの片方を失くしたイヤリングに、不幸を起こす効果があるのなら、
逆に、幸運をもたらすものも、存在するかもしれない。
それを利用すれば、既に訪れた不幸を、退けられるかもしれない。」
「不幸を避けるのではなくて、退けるもの?」
「そう。
もしも、片方を失くしたイヤリングが不幸を呼んだのなら、
その不幸を退けてくれたお守りを、君はもう持っているはずだよ。」
友人からそう言われて、その女子学生の表情が変わっていく。
その女子学生にも、心当たりが見つかったようだ。
考えながら、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そうやって落ち着きを取り戻してから、確認するように口を開いた。
「そう・・・そうね。
不幸を退けてくれたお守りなら、用意できるかも。
それを持っていけば、お父さんは助かるかしら。
上手くいくかどうか、試してみるしかないわね。
そうと決まれば、ありったけ持っていきたいの。
手伝ってくれる?」
「もちろん。」
友人はやはり、力強く返事をしてくれた。
そうして、その女子学生と友人は、
その女子学生の部屋で準備をしてから、
倒れた父親がいるという病院に向かった。
「お父さん、大丈夫!?」
病室の扉が乱暴に開かれる。
扉が開くのを待つのももどかしく、その女子学生が病室に飛び込んできた。
それを見て、ベッドの側に座っていた母親が、慌てて立ち上がって言った。
「まあ!突然どうしたの。」
母親が驚くのも構わず、
その女子学生は、息も絶え絶えに口を開いた。
「だって!
お父さんが倒れたって言うから!」
その女子学生の必死な様子に対して、母親は呆れた顔で応えた。
「相変わらず、あんたは慌てん坊だねぇ。
電話も途中で切っちゃうんだから。
ギックリ腰だよ、ギックリ腰!
お父さん、荷物を運ぼうとして、ギックリ腰で倒れたのよ。」
母親の言葉に、その女子学生と付き添いの友人は、ぽかーんと顎を落とした。
「ギ、ギックリ腰・・・?」
そのふたりの姿を見て、母親が笑いながら言う。
「そうだよ、ただのギックリ腰。
それより、何だいその格好は。
そんなみっともない姿で表を歩くなんて、よっぽど慌ててたんだねこの子は。」
その女子学生の姿は、
靴や靴下、ストッキングや手袋など、全てが左右あべこべの服装だった。
不幸を退けるために用意したお守りとは、
片方を失くしても良いようにと用意した、ふたつペアの物の残骸、
ふたつペアの片方を失くした物たちだった。
残されたふたつペアの片方は、ただの残骸ではなく、
不幸を退ける効力があるのではないかと、考えたのだった。
そして、片方が失くなって残されていたそれらを、
でたらめな組み合わせでありったけ身につけて、ここまで来たのだった。
その女子学生は、冷静になって自分の姿を見下ろした。
そして、顔を赤くして、もじもじと話し始めた。
「これは、ふたつペアの片方が失くなって、不幸を退けてくれた物よ。
既に不幸を退けてくれた経験がある物だから、ご利益があると思って。
それを集めて身につけたら、大きな不幸も退けてくれると思ったのよ。
笑わなくたっていいじゃない。」
そこまで一気に話してから、その女子学生はため息をひとつついた。
そして、拍子抜けした表情で話を続ける。
「でも、お守りは無駄だったみたいね。
ただのギックリ腰だったのかぁ。
心配して、損しちゃった。」
安心したのか、その女子学生は腰を抜かしてしまった。
付き添ってくれた友人が、慌ててその体を支える。
それから、その女子学生と両親、そして付き添いの友人は、
お互いに顔を見合わせて仲良く笑った。
そこには、不幸など最初から無かったかのようだった。
倒れたと知らされた父親は、ただのギックリ腰だった。
病院でそれを確認してから、その女子学生と友人は、
その女子学生の両親と一緒に軽く食事をして、すぐに帰路についた。
「せっかく帰ってきたのだから、
今夜は泊まっていけばいいのに。」
母親にそう言われたが、明日も学校があるので、お断りしておいた。
それから、
その女子学生は、左右あべこべの服装、
友人は、大きな鞄いっぱいの小物を抱えて、
やっとその女子学生の部屋に戻ってきた。
「はぁ~、やっと帰って来た。」
「あ~荷物、重たかった。」
「ごめんね、重たい荷物を持たせちゃって。」
「ううん、いいんだよ。ここに置けばいい?」
「うん、ありがとう。
今、お茶をいれるわね。」
その女子学生は、台所に行ってお茶を沸かしてから、
湯呑が足りないことに気がついた。
台所から居間に取って返す。
「そうそう、湯呑とかマグカップとか、
家の中の物も全部、ふたつペアにしてたのよね。」
持ち帰った鞄を開ける。
そこには、片方だけになった湯呑やマグカップなどが入っていた。
鞄から適当なマグカップを一つずつ取り出して、お茶を注ぐ。
模様も大きさも形も全然違う、ふたつのマグカップ。
それを使って、その女子学生と友人は、軽く乾杯した。
「今日は、本当にありがとうね。
私一人だったら、慌てるだけで何も出来なかったわ。」
「ううん、親御さんが無事で良かったよ。
それもこれも、このふたつペアの物の片割れたちのおかげかもね。」
「・・・そう。
そうかもしれないわね。」
お守りとして効果があったのか、なかったのか。
それを調べる術はない。
父親はただのギックリ腰、その事実があるだけ。
その女子学生は、マグカップに口をつけながら、そんなことを考えていた。
友人が、鞄の中からアクセサリーをひとつ摘み出して触りながら言った。
「でも、ふたつペアの片方ばっかりこんなに残っちゃって、どうするの。
あのふたつペアのイヤリングを、片方失くしてからのことを考えると、
捨ててしまうのも気が引けるよね。」
友人の言葉に、その女子学生はお茶を飲み込んで応える。
「そうね。
それについて考えたのだけれど、いい解決法があるかも。」
「解決法?どんな?」
その女子学生は、視線をきょろきょろさせながら、少しずつ言葉を並べる。
「それはね、
ふたつペアの物の、残った片方の物同士を組み合わせたら、
似た物が、またふたつペアになるわけでしょう。
それなら、使う方も、ふたつペアになってしまえば、良いと思うの。
つまりその、ふたつペアの物を使うために、
ふたつペアになりたいのだけれど・・・手伝ってくれる?」
その女子学生の苦しい言い訳に、
友人は最初驚き、途中からは愉快そうに耳を傾けていた。
話し終わったその女子学生は、俯いて照れくさそうにしている。
それを見て友人は、優しい笑みを浮かべた。
腰上げて立ち上がり、テーブルの向こう側に座っていた、
その女子学生の隣に腰を下ろした。
友人が隣で応える。
「ふたつペアの片方だけだと、不幸がやってくるんだったね。
それは避けたいなぁ。
不幸を避けるには、ふたつペアを作って準備をしておかないと。
君が不幸を退けるためだったら、喜んで協力するよ。」
ふたり見つめ合って、手を重ねる。
身を寄せ合ったそのふたりの手には、
色も形もあべこべな、ふたつペアのマグカップ。
そこにもう一組、ふたつペアが加わったようだった。
終わり。
幸運のお守りというものはよく聞くのですが、
それを失くしたり壊したりした場合は、返って不吉な感じがします。
もし幸運のお守りを失くした場合、何が起こるか、
それにどう対応していくか、それを考えてみました。
お読み頂きありがとうございました。