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第5節【慈悲無き黒槍】



「クハハハ……何を言い出すかと思えば……亡きスカーレット王妃の旧姓を持ち出すとは……どこまでも愚かな小娘だ! 」


 イゼスが怒りを顕にし、面頬を下ろし、腰に差していた長剣を抜いた。それに呼応するように取り巻きの騎士達もそれぞれの得物を抜いた。


 無意味な事をする。俺の前で、武器なぞ何の役にも立たないのに。近付く前に魔法で始末すればいいだけだ。


「で、格好良く任せろなんて言った以上は勝てるんでしょうね」

「無論、勝てる。問題はどう勝つか、だが……」


 俺とエリーを取り囲んでいた包囲がじりじりと狭まる。包囲網の後ろに下がったイゼスがこちらを睨みつけている。


 俺の使える広範囲殲滅型闇属性魔法を使えば一瞬で終わるのだが、それではまずい。俺は、自分達が脱出してきた滝の方をちらりと見た。


 人間はもはやどうでもいいが、俺は騎乗されている竜達が気になった。なぜ人間をその背に乗せる? それは竜にとっても最も忌避すべき事であるはずだ。


 俺は彼等になるべく被害を出したくはなかった。


 人間だけを始末する方法は、あるにはある。ただしそれは俺に使えない類の魔法だ。なのでそれを考慮し、使う魔法は出来れば威力が弱く、派手で目立つ奴が良い。まあ、一か八かなのだが……。


「エリー、俺から離れるな」

「分かった」


 エリーの気配をすぐ後ろに感じてから、俺は右手を掲げた。無論、手を上げなくても良いのだが、演出は大事である。


「愚かな人間共よ! 我が主に逆らった罪は重いぞ! 闇に溶けろ!【闇渦(ダーク・シュトロム)】」


 俺の右手から闇が渦巻上に出現。俺を中心に質量のある闇色の渦が高速で広がっていく。巻き込まれないようにエリーと俺には竜障壁を展開。


「……馬鹿な!? 詠唱無しで……闇魔法だと……? すぐに【聖領域(セイント・フィールド)】を張れ!」


 イゼスの声に、控えていた魔術師らしき騎士が儀仗剣を掲げた。なるほど、魔術師がいると言うことは、ここまで俺に気付かれず接近できていたのは消音魔法か何かを使ったおかげか。人間の魔法も中々に進化している。


 魔術師が素早く詠唱すると、すぐにイゼスを中心とした、光り輝く魔法陣が地面に出現した。


 魔法陣から光のヴェールが立ち昇る。


 ほお、人間にしては素早い魔法発動だ。優秀なのだろう。確か人間で魔法を使える者は極わずかのはずだ。


 闇属性攻撃に向けて、聖属性の防御魔法を使うのは確かに悪い判断ではない。だが、気付くべきだったのだ。この魔法は、ただの目眩ましだということに。


 「退避!」

 「くそ、魔法なんて聞いてないぜ!」

 

 今放ったのは、魔力耐性の低い者でも痛い程度の低威力なのだが、やはり人は根源的に闇を恐れる。 


 【闇渦(ダーク・シュトロム)】が【聖領域(セイント・フィールド)】の範囲外の騎士達に到達する前に、一部の騎士達が森へと逃げた。


 それにしてもあいつら騎士団の一員にしてはまとまりもなく、あのイゼスという騎士団長も統率しようとしていない。


 まあこの際そいつらはどうでもいい。


 渦巻状の闇が轟音を響かせながら騎士達をレッサー・ドラゴンごと薙ぎ払う。巻き込まれた森の木々はなぎ倒された。


 ただ、イゼスのいる【聖領域(セイント・フィールド)】内だけが何事もないように残っている。しかし、その光のヴェールは薄れつつある。


 ふむ。かなり神経使って威力を落としたがそれでも、ここまで被害が出るか。

 

 「ありえん……このような威力の魔法が無詠唱で人間に唱えられるわけがない!」

 「団長! 次来たら耐えられません!」

 「ええい泣き言はいらん! もう一度【聖領域(セイント・フィールド)】を張ーーっ!! かはっ」


 喚くイゼスの胸を、闇より深い黒色の槍が突き破った。


 地面から無数に生えているその槍は、【聖領域(セイント・フィールド)】の魔法陣を飴細工のように切り裂き、イゼスと横にいた魔術師()()を串刺しにした。


 傷一つないレッサードラゴンが自分の上で起こった事に混乱を起こしている。


 【慈悲無き黒槍(クライ・ゲラヒ)】、それは闇属性魔法の一つであり、本気を出せば国まるごと一つ収まる範囲を串刺しに出来る、広範囲殲滅型の魔法である。


 何より良い点は、範囲を狭めればある程度狙いを付けられる事だ。と言ってもこの身体では精々目の前の数人程度である。人の視野は竜に比べて随分と狭い。


 心臓を貫かれたイゼスと魔術師が絶命し竜の背中から落ちた。【闇渦(ダーク・シュトロム)】も消え、あとには、俺を中心とした惨状が残った。直撃した騎士達と竜は地面に放り出されたものの、死んではおらず立ち上がる者もいた。


「ひぃ! 化物だ!」

「団長が死んでる!? あんな魔法見たことねえ!」

「こんなの聞いてねえ! 契約外だ! 俺は逃げるぞ!」

「おい、騎竜はどうする?」

「放っておけ! 囮になる!」


 しかし、団長が死んだせいか戦意は既にないようだ。どうも正規の騎士団ではなさそうだ。皆、散り散りになって森の中を逃げていく。置いていかれたレッサードラゴン達はこちらを、光なき目で見つめている。


「……なんか温い気がするのだけど」


 後ろにいたエリーが不満げにそう俺に話しかけた。

 俺は、エリーへと向き合った。


「心配するな、逃げた奴らもどうせ死ぬ。それより、どういうことだ? なぜあの竜達は人に従う?」


 俺は、自分の声に静かな怒りが込められていることに気付いた。エリーは真剣な眼差しで俺を見つめ返していた。エリーの力、隷属の呪い。察しはつく。


「……私が、まだあの国の姫だった頃に使った力のせいよ」

「隷属の呪いか」


 俺ですら効く呪いだ。下位種の竜であればなお、効かないわけがないだろう。


「一体、君は、()()()()()()()()()?」

「今はまだ……言えない」

「そうか。それは、解除できるのか?」

「貴方にかかっているのは特別製だから、ごめんなさい分からない。でも、この子達の分は出来ると思う」


 エリーが、黙ってこちらを見ている竜達と一体一体、目を合わせた。

 その瞳が、紅く燃えている。


 「解放するわ……“自由になりなさい”」


 そうエリーが宣言すると、竜達の目に光が戻った。彼等はキョトンとしてお互いに目を合わせると、そのまま森へと走り去っていった。


 しかし、二体だけがその場に残っていた。それは、亡きイゼスと魔術師の乗っていた二体だった。


「きゅいーきゅいきゅいきゅー」

「ふむ……なるほど」


 イゼスが乗っていた赤竜が何かを俺に訴えている。どうやらこの下位竜、竜言語を話せるようだ。


 理解した俺が竜言語で返事をすると、赤竜は驚いたような表情を浮かべた。話を聞くと人語も理解できるとの事だ。


 下位竜にしては珍しいが、これも隷属されたせいか? いや、下位竜の中でも野生本能だけでなくまれにこうやって自我が生まれるものがいるという。そういう竜は、上位竜になれる可能性があるのだとか。


「え、何? 何喋ってるの?」

「自分達を解放してくれたお礼がしたいらしい」

「でも、だってそれは私が……」

「背に乗せてくれるそうだ。そうすればすぐにラジェドに着くのじゃないか?」

「きゅいー」

「エリー。手を差し出してみろ」


 近付いてくる赤竜に、エリーは恐る恐る手を伸ばした。その手に、赤い竜が頭を押し付けた。彼等ランナー種にとって服従のポーズである。もう一体の緑の竜も渋々俺の前に来て頭を差し出した。どうやらこいつも自我があるようだ。おい、なんでそんな嫌そうな顔をする貴様。


 何? どうせ乗せるなら、雌が良い? 全く。

 俺は軽く緑竜の頭をはたいた。

 闇帝龍の部下第一号なのだぞ? もう少し喜ぶが良い。


「じゃあ、お言葉に甘えようかしら。いつ他の追手が来るか分からないわ」

「ふむ、ゆっくりと話を聞きたいところだが、早く離れた方が良い」

「なぜ?」


 エリーは慣れた様子で赤竜に乗った。俺は少し手間取ったが、それは俺のせいではなく緑竜が嫌がったせいだ。最後まで往生際の悪い竜である。


「なぜかって……それは、あれだけ派手に闇魔法を撃ったのだから、()()()()()()()()()()

「……げ、もしかして」

「ああ急ごう! 残りの騎士達が囮になっている間に全速力で離れるぞ!巻き込まれるかもしれぬ」


 俺とエリーは、人の足では到底出せぬ速度でその場を去った。

 目指すは、辺境都市ラジェド。


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