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第4節【我が剣、我が盾に命ずる】



「あんたなんて顔してるのよ……」

 

 呆れた顔をしたエリーがそう呟いた。

 なるほど竜に比べて表情豊かである人間になると、自分の表情が見えないのは少し怖いな。


「まあいいわ。とりあえず、服が乾いたらまずは、フォンセ王国の辺境へと向かいましょう。ラジェドという街へ向かうわ……問題は現在位置が何処か分からない点ね……おそらく、竜息地と王国の境界域だと思うのだけど」


 ラジェド……聞いた事あるぞ。確か、牛の乳を発酵させて作るちーずなる物とぶどうを発酵させて作ったわいんという飲み物が名産のはずだ!


「よく知ってるわね……でもそれは過去の話よ」

「過去? 今は違うのか。なんせあの竜人戦争の頃からずっと眠っていたのだ」

「もう、あの戦争が終わって三百年近くが経ってるわよ」


 三百年か。随分と長く寝ていたようだ。


「まあ行けば分かるわ。なぜ私がそこを目指すかもね」


 しかしエリーの声色が暗い。まさかもうちーずとわいんはないのか?

 いや、それより現在位置か。


「俺は地理にあまり詳しいわけではないが、俺の寝床は竜息地の中でも人界側にある。境界域にあると言っても良い。その方が覗き見しやすかったからな」


 竜息地とは、簡潔に言えば竜種が住まう土地の事である。厳密に境界線が決まっているわけではないのだが、ここに立ち入る者は皆、竜の敵だという認識である。逆に、竜息地を出て人界に降りる竜は一部例外を除き、災いとして人間側に排除される。


 そして竜息地と人界の曖昧な狭間を、境界域と呼び中立地帯とした。そういう決まりごとが大昔に成されたのだ。


 その時に俺も意見を求められたが、俺は特に反対しなかった。どうなろうと人界に行くことはないと思っていたし、俺の寝床は人にはとうてい到達できない場所にあったからだ。


「だから、俺の記憶が正しければここはアルゼンバース公国との境界域近くのはずだ。そのフォンセ王国について俺は聞いたことがない。もしかしたらここからは遠いかもしれんな」


 ん? いや待て、確かラジェドはアルゼンバース公国の辺境都市だったはずである。

 エリーが暗い顔のまま俺を見つめている。


「ヴァリス……この三百年で世界は色々と変わったのよ」

「どういうことだ?」

「アルゼンバース公国は二十年前に亡びたわ。そしてその領土をそっくりそのまま奪ってできたのが、フォンセ王国……私の父の国よ」


 エリーが目を伏せた。その視線の先に彼女は何を見ているのだろうか。


 まあエリーの名前からしてそのフォンセ王国とやらの関係者だと推測はしていたが、まさかお姫様とはな。とんだお転婆姫だ。


 しかし、そうか……アルゼンバース公国は亡びたか……。ティラリス大公は中々の好人物だと思って勝手に応援していたのだが……。いやそれも三百年の話。二十年前に亡びたのは彼の子孫か別の貴族が統治していた時だろう。


 そういえば、エリーの顔には、何処かかの大公の面影があるような気がする。


「しかし、そうなると、ラジェドの街はさほど遠くないはずだ。ここから人の足で言えば三日程で着くだろう」

「道中何事もなければだけど……ここは境界域だから何が起こっても不思議ではないわ」


 話し込んでいるうちに、服も乾いてきたようだ。エリーは大きく伸びをすると石から勢いよく降りた。

 俺も胡座を解き、立ち上がった。


「さて、あの恐ろしい妹が来る前に離れましょう。あの洞内で初めて貴方を見た時はさほど怖く感じなかったけど、あの竜は別ね……思い出すだけで怖気が走る」

「仲良くなれば良い奴なんだがな……まあここを離れるのは賛成だ。今はまだ怒り狂っているだろうから話が通じないだろう」


 さて、空が飛べるならともかく、地上を徒歩でとなると方角の有無が重要になってくる。同じことを考えていたのかエリーが腰につけていたポーチから、小さなコンパスを取り出した。


「確か、貴方の寝床のある深淵山脈から東に向えば、大きな街道にぶつかるはずよ。そこから真っ直ぐ北に向えばラジェドがあるわ。問題は……」


 コンパスを覗きながらエリーが続きを話そうとした時。

 俺の耳に何かが地面を蹴る音が聞こえた。それも一体ではない。かなりの大群だ。

 音からするとすぐ近くだ。なぜここまで接近しておきながら気付けなかった?


「エリー!」


 俺が警戒を発しようとした時、岸のすぐ側の森からそれらは現れた。


 それは二足歩行で前傾姿勢になっているレッサードラゴンの群れだった。


 レッサードラゴンの中でも地上を走る事に特化したランナー種だと思われるが、その身体や頭を皮鎧で覆われており、背中には鞍が取り付けてあった。その上に、黒い鎧を身に纏った人間が跨っている。


 竜に跨った騎士といった風体の人間達が、ざっと見渡すだけ二十人ほどか。半円上に俺とエリーを取り囲んでいる。後ろは川。包囲されたと言っても良い。


 しかし馬鹿な、人が下位種とはいえ竜を従えているだと?

 俺の驚きをよそに半円上の包囲から一人の騎士が前に出て、エリーに声を掛けた。

 

 一際豪奢な黒い鎧に、白い牙のような紋章が描かれている。乗っている竜も、一回り大きく、他が緑色の鱗に対してこの竜だけ赤焦げた色の鱗だった。それも考慮するにこいつがこの騎士達の長だろう。


「おやおや……こんなところにいるとは。さあ、帰りましょうか()

「竜騎兵団、しかもあんたを寄越すなんて随分と父はご立腹のようね」


 一瞬この騎士団の登場に怯んだエリーだったが、語気は強い。


「ああ……()ね……どうにも勘違いされているようですね……貴女は、まだ御自身の立場を分かっていない。良いでしょう、【白牙騎士団】団長であるこの【白天】のイゼスが教えてさしあげましょう」


 そのイゼスとやらが、兜の面頬を上げた。というか俺の事は一切眼中にないようだ。そんな扱いは初めてで愉快だった。

 兜の下の顔はやせ細った暗い顔をした青年だった。美形なのだろうが、目のくぼみや頬がこけているせいか、陰気な印象しか残らない。


「貴女はもう……フォンセ王国の姫でもなんでもありません……国王からは殺しても構わないとの命令を承りました。ですが、何、()婚約者のよしみです。せめて、()()()()()()()になっていただきましょうか」


 イゼスの口元が醜く歪む。そして周りの騎士達も同調するように下卑た笑い声を上げた。


「団長、後でいいんで俺らに分けてくださいよ」

「いっぺん、ヤってみたかったんだよなあ……上で踏ん反り返ってる連中を地面に這い蹲らせて許しを乞わせるの」

「どうせ処女だろ? 血塗れ竜姫には相応しい末路だぜ」


 下唇を噛むエリーの前に俺が出る。


 さて、これ以上の侮辱と侮蔑の視線に彼女を晒すわけにはいくまい。

 俺の主人でありたい以上は、小娘であろうが少しは気概を見せてもらわないとな。


「おいおい、誰だこいつ?」

「ナイト気取りかよ」

「は、外に出て男作ってるとはな!これじゃあ処女ですらないかもな」


 俺は、エリーへと振り向いた。

 下衆共の声に耐えられず、俯いたエリーに俺は声をかけた。


「エリー。俺を、“俺様”を下僕にする以上は、それに相応しい主であるべきだ。顔を上げろ! 歯を食いしばれ!」

「……!」


 俺の言葉に顔を上げたエリーが少し潤んだ目でまっすぐに俺を見つめた。そう、それでいい。


「命令を下せ! 何、遠慮はいらん、こいつらはーー人間以下のゴミだ」


 俺の言葉に、騎士達は笑い声を上げた。耳障りな音だ。


「おいおいおい何言ってるんだこいつ?」

「武器すら持ってない奴が吠える吠える」

「どこの貴族の坊っちゃんか知らねえが、状況が見えてねえな」


 エリーが、腰に差していた短剣を抜いた。

 その顔には、迷いはなかった。


「私、エリーゼ=フォン……いえ、エリーゼ=()()()()()が我が下僕にして我が剣、我が盾であるヴァリスに命じる。目の前の屑共をーー滅せよ」


 エリーの瞳が紅く紅くなっていく。燃ゆる竜の瞳を持った【竜血姫(ドラクル)】の言葉に俺はただ一言答えた。


「任せろ」


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