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第2節【少女は死んだように眠る】


 壁上で、街中で、激しく戦う人と竜を何をするでもなく眺める金髪の少女がいた。

 

 その少女ーーウェネは倒壊した屋根の上に座り、その膝にもう一人別の少女が頭を置いて眠っていた。

 その顔は青白く、余計に赤髪が映えた。


 息をしておらず、身体も冷たくなってきている事を座っているウェネは分かっていた。


「ねえエリ―。これで、本当に良かったのかな」


 その独り言に、眠るように死んでいる赤髪の少女ーーエリ―は答えない。


「あんたは死んで、お兄ちゃんは復活した。軍は壊滅。街を襲う竜もおっさん達が倒し切るだろうし、いくらあの魔女でもお兄ちゃんには勝てない」


 竜達が次々倒されていく。所詮は下位竜。訓練された人間の集団には勝てない。

 壁の向こうでは、魔女と黒い竜がまるで神話のような戦いを行っている。

 

 稲妻が舞い、炎が吹き荒れ、闇が全てを蹴散らしていた。魔力の余波がこちらにまで届いている。


「お兄ちゃん、どうしちゃったんだろう……まるで別人みたいであたし……怖い」


 ウェネが自分で自分を抱きしめた。

 あんなに荒ぶる兄をウェネは見たことがなかった。


 いつも温厚で、優しい兄。

 あそこにいる黒竜は確かに兄だ。 


 だけど、あの暖かく理性を宿した眼差しはなく、まるで見た目だけ似せたまがい物のようだ。


 ただ破壊の化身として暴れまわって、その攻撃がこのラジェドの街に向けていない事だけが、唯一残っている理性だろうとウェネは察した。


 ウェネは、背後から近づいてくる影に気付いた。

 しかし、振り返るでもなく、ただ遠くの兄を見つめていた。


「なるほど……そういうことですか」


 背後から現れ、ウェネの横に立ち、同じようにヴァリスを見つめるのはリュコスだった。


「魔女は、ここまで想定していたのでしょうか」

「知らない」


 リュコスの問いにウェネは冷たくあしらった。

 もはやウェネにはリュコスに敵対する意志はない。


「【竜血姫(ドラクル)】を殺して、人間化の呪いを解く。私の封印は竜体であるヴァリスを留められるほど強くはありません……そしてそれが引き金となり、ヴァリスの内に隠されていた魔女の呪いが発動した」

「呪い……魔女だの呪いだの……もううんざり」


 ウェネが吐き捨てるようにそう呟いた。

 

 リュコスは、災厄の正体がヴァリスであることは確信していた。しかしその原因が分からなかった。

 しかし、これでようやくはっきりと分かった。

 

 原因はあの少女と、魔女の呪い。


 首輪の因子を持ったあの少女の力を利用し、人間化させたヴァリスに首輪を嵌め、それだけではなく呪いを残した。

 

 人間化が、隷属化が解けた時に発動する呪い。

 それがヴァリスの理性を塗り潰し、災厄へと仕立てたのだろう。


「人の子に恋するなど……全く本当に貴方は……」


 リュコスの独り言にウェネが反応した。


「恋……そうか……お兄ちゃんは……エリ―が好きだったんだね」

「そうなるように、魔女に仕組まれたのですよ。出会いから、道中。そして……」


 兵器に、感情はいらない。

 兵器に、慈悲は必要ない。

 兵器に、恋心なぞ理解できない。


 そう造られた存在である自分やヴァリスの気持ちをウェネには理解できないだろうとリュコスは思っている。


「お兄ちゃんは悲しいの?」

「怒り、悲しみ。そういった呪いにかかっているようにわたくしには見えます」


 七曜龍に、感情が全くないわけではない。永く長く生きてきたおかげで、それらしい物は発現しつつあった。しかし、理性を失うほど感情に囚われる事などありえないのだ。


「エリ―が生き返れば、お兄ちゃんは元に戻るのかな?」

「既に呪いは発動してしまっている。元に戻るかは……賭けでしょうね。ただ、再び隷属化人間化の呪いが発動するのであれば、少なくとも災厄は回避される」

「このまま魔女を倒してしまったらお兄ちゃんはどうするのだろう」

「そう簡単にあの魔女を倒せるとは思いませんが……いずれにせよ、わたくしが止めます。この大陸を破壊されたらたまりません」


 それでは、と言い残すとリュコスが壁の方へと去っていった。

 

 ウェネは、どうすれば良いのか分からなかった。

 だけど、自分はただ信じて待つしかない事も理解していた。


 兄が理性を取り戻すの先か、()()()()()()()()()()()()()()


「あんたを、人を信じようなんて日が来るなんてね……」


 壁の向こうで、眩い光が放たれた。現れたのは竜体と化したリュコス。

 魔女とヴァリスとリュコスの三つ巴の戦いが始まろうとしている。

 どう決着が着くにせよ、ここでの戦いはそれで終わるだろう。


「あんたは……このまま死んでしまった方が良いかもしれないね、エリ―」


 ウェネの独り言にーーエリ―は答えない。




☆☆☆




「はあああああああああ!」


 ガルディンが炎剣を振り下ろし、飛竜に止めを刺した。


「うおおおおおおお!」


 壁に向かってきていた最後の飛竜が死に、兵士達が勝どきを上げた。

 ガルディンが剣を降ろさず、壁の外を睨みつけた。

 

「油断するな! まだ戦いは終わっていない!」


 壁の外。そこは、同じ世界とは思えない光景になっていた。


 荒ぶる黒竜が闇を撒き散らし、魔女が炎雷を放ち、それらを白竜が受けとめている。


 白い竜が現れてからその戦場は薄い透明な膜のような物で覆われており、その中の攻撃がこちらに飛び火することはなかった。


「とはいえ、最早儂ら人の干渉できる戦いではないな」


 壁の内側、街の方でも勝どきが上がっているのが聞こえる。

 ダンリ達の戦いも終わったのだろうとガルディンは察知した。


「怪我人の手当を優先させろ! まだ何が起こるか分からん! 動ける者は待機!」


 ガルディンはが命令を飛ばす。しかし目線を目の前の光景から放せなかった。


「あんなものに戦争を挑むなど……どうかしている」


 かつて、人と竜が戦争したという。

 ガルディンには、にわかに信じ難いことだ。

 

 なぜまだ人が、これほどまでに生き残って文明を築き、再び竜と戦争しようなどという妄想に取り憑かれるほど復興できたのか。


「エリ―……君は正しかった。だからーー早く起きるんだ」



 ガルディンのその声はしかし誰にも聞かれる事はなかった。 


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