幕間【イン・ザ・ケージ】
参った。
真っ白の空間で俺は漂いながら、考えを巡らせていた。俺はリュコスに攻撃され、気が付くとこの謎の白い空間にいた。
「ううむ。どうやって出たもんか」
脱出しようと、闇魔法を撃つものの何の手応えもない。微かな魔力反応が返ってくるだけである。どうやら何かしらの封印魔法で捕らわれているようだった。
本当に僅かだが、エリ―の波長が感じられる。それに少しだけ安堵した。
「しかし……なぜリュコスはこんな事を?」
リュコスとは、仲が良かったはずである。いきなりこのように攻撃され、封印される覚えはないはずなのだが……。
「そういえば神託があったと言っていたな……災厄と俺に何の関係があるのか……」
そうやって考えていると、白い空間に変化が起きた。
まばゆい光が集まって来て、それが巨大な竜の姿になっていく。
ふさふさと毛を纏った狼のような竜。
「おお、リュコスか。丁度良かった。聞きたい事があってな」
それはリュコスだった。ふむ、ようやくゆっくり本人に事情を聞けそうだ。
「ヴァリス。まずは、謝罪します。多少強引な手を使ってしまったなと反省をしています」
「うむ。昔からリュコスはそういうところがあるな」
「ですが、今回は仕方ないのです」
リュコスが困ったような顔で俺を見つめてくる。
「まさかあの魔女が絡んでいるとは……困りました」
「魔女?」
「ヴァリス……忘れたのですか……貴方が一番よく知っているでしょうに」
リュコスの声に呆れたような響きが含まれていた。
「ふうむ。記憶が曖昧だな。確かに知っているような気がするが……」
「……その様子ですと付けられたのは【首輪】だけではなさそうですね……」
「どういうことだリュコス?」
「ついに、あの魔女は見付けたのですよ……【首輪】を、その因子を持つ人の子を」
首輪、因子。それが我ら七曜龍の間で意味することは一つ。
「まさか……エリ―が?」
「貴方は本当に……すぐに気付くべきでしょうに」
「いや、待て、もし仮にそうだとするとエリ―の力は」
「魔女によるものでしょう。ついに、この時がやってきたのです」
リュコスがこちらへ向けていた顔をゆっくりと上へと上げた。
その視線の先には何が見えるのだろうか。
「わたくしは見ました。強大な闇の竜が、この大陸を破壊するのを」
「それが、俺だと言うのか。それが災厄だと言うのか」
「はい。なぜ温厚な貴方がそのような事をしてしまうのか。わたくしには分かりませんでした。ですが、あの少女に出逢い、貴方と再会し、魔女の干渉を知り、分かりました。あの魔女は、いよいよ我ら七曜龍に明確に敵対するようです」
魔女。知っているはずだ。忘れるわけがない。なのにーー何も思い出せない。
「魔女は、あの【竜血姫】の血により不完全ながら【首輪】を作動させるに至ったようです。そして、七曜龍で最も手を出しやすい貴方を選び、【首輪】を取り付けた。そしてそれを使って貴方を暴れさせ、他の七曜龍をおびき寄せる。神託によってそれを止めようとするわたくしが来るのも計算の内でしょう」
「俺が、その魔女に操られると?」
「既に貴方は【竜血姫】の支配下にいます。魔女本人に操作できない辺りはやはり【首輪】はまだ不完全なのでしょうが……」
確かに、俺の意志関係なくエリ―の命令には従ってしまう。そうか、エリ―本人の力だと思っていたが、なるほどあれは【首輪】の効果か。あれならば確かに七曜龍を制御することができる。
なぜなら我ら七曜龍は、竜は、そう造られたのだから。
星さえも破壊しうる兵器に制御装置を付けない馬鹿はいないだろう。
「わたくし達は……竜は……あまりに永い時を自由に生き過ぎました……まさかまだ【首輪】の因子を持つ人の子がいるとは。平和ボケここに極まれり、ですね」
エリ―の力。【竜血姫】の力。気が遠くなるほどの低い確率を越えた、先祖返り。
彼女の血にはおそらく、かつて星々を統べた者達の血が流れているのだろう。
「そうか……しかし、俺が人間化して弱体化したのは?」
「それですが……魔女の仕業としか思えません。ですが、私も真意を測りかねています」
そう。そこなのだ。俺を隷属化させるまではわかるのだが、もし俺を暴れさすのなら、人間化し、弱体化させる意味が分からない。
「こうしてリュコスに封印された以上、魔女の計画は失敗する。俺が竜のままなら、流石にリュコスでも封印できまい」
「はい。その通りです。人間であるからこそ、ここに封印できています。なので、安心はしているのですが……やはり引っ掛かります」
俺は、どうすれば良いのだろうか。
「なあリュコス。今の俺が、災厄になるとは思えない。この封印を解けとは言わない。だが、もう一度エリ―に会わせて欲しい」
「それは……できません。彼女自身が既に魔女の罠と化している可能性があります」
「ならば、リュコスよ、俺の代わりに彼女を守ってやってはくれないか? あの子は……背負いすぎている」
「それは……」
俺は頭を下げた。外の様子は分からないが、おそらくエリ―は困っているはずだ。泣いているかもしれない。
俺に出来る事はもう、リュコスに懇願する事しかない。
エリ―に会いたいという気持ちを押し殺して。
「それは……約束できません。こうなった以上、あの少女も魔女もーー敵です」
「彼女は悪くない! リュコス、彼女は魔女に良いように操られているだけだ!」
「……貴方は変わりましたね」
リュコスの声に含まれた複雑な感情。
哀れんでいるような、羨ましがっているような。
そんな響きだった。
「俺はーー!?」
俺が言いかけたその時。
微かにだが、確かに感じていたエリ―の波長がーー消えた。
消えた?
どういうことだ。
そして
俺の体から膨大な魔力が溢れる。
否、これまで無意識で何かに使っていた魔力が開放されたのだ。
そのあまりに強大な魔力の奔流に俺の意識が飛びかける。
「!! ヴァリス! 貴方まさか! くっ!」
リュコスの叫びと振り上げられた手が見え、そして俺の視界は暗転した。
★★★
後の歴史書にはこう書かれていた。
『フォンセ王国の滅びが何処から始まったかについては未だに議論されているが、私は甚大な被害を出したこの第一次ラジェド防衛戦こそが滅びの始まりであり、そして同時に第一次七曜戦争の始まりだと断言できる。
伝説上の存在と呼ばれた【闇帝竜】の、災厄の再来。
それが始まりでなく、何になるのだろうか?』
【七曜戦争史・第一章第二節】より抜粋




