第11節【降伏でも抗戦でもない第三の手】
ガルディンの怒号が響く。
「シケた面をするな! メラズ小隊は第五地区で待機中の聖狼教会の連中に現状報告と被害状況を確認してこい! お前達は消火活動だ! 急げ!」
兵士達が一斉に動き始めた。
荒い声が飛び交う中、動けない人影が二つ。
それを見兼ねたガルディンがそこへ大股で歩み寄る。
「エリ―!」
ガルディンの剣幕にようやく目を街の惨状からそらしたエリ―。
ただ、レジーナの去った方向を凝視するウェネ。
「ガルディン……こんなことって」
「エリ―! しっかりしろ! こういう時こそ上の人間が冷静にならないといけないのだ!」
ガルディンがその大きな手でエリーの肩を掴む。
「私のせいで街が……」
「勘違いするな! エリ―のせいでも誰のせいでもない! 全てはあの魔女の思惑通りだ!」
ガルディンの声にエリーが目を見開いた。
「レジーナ……」
エリ―が振り返り、ウェネの睨む方向を見つめた。もう既にレジーナを乗せたアースドラゴンの姿は見えない。
「エリ―。我々に残された時間は少ない。すぐにダンリ達と合流して結論を出さねばならない」
「降伏か、抗戦か、ね」
「そうだ。だが、降伏すれば、儂とエリ―、我らは無事で済まん」
「分かっているわ」
「……なら良い」
ガルディンが手を離した。エリ―の目には少しだけ光が戻っていた。
「お兄ちゃんさえいれば……」
ウェネの独り言がやけに大きく響く。その言葉の重みはエリ―が一番分かっていた。
「だが、いくら奴がいたとて、あの魔法は防げるのか?」
ガルディンの問いは最もだった。あれほどの大規模魔法行使をヴァリスが止められるとはエリ―には思えなかった。その問いに、ウェネが答えた。
「お兄ちゃんが人間体である限り、無理だと思う。さっきの魔法は……七曜龍クラスの竜でないと使えない魔法だもん。なんで人間にあんな魔法が使えるのか分からないけど、お兄ちゃんが竜に戻らない限り、防げないし、勝てない」
「聖狼竜リュコスを味方に……は難しいか」
「無理だね。もう干渉しないと言っているし」
「でもあのレジーナとは敵対しているみたいだったからもしかしたら……」
「それは無理な話だ」
エリ―とウェネの会話に割って入ったのは、ダンリだった。
どうやら惨劇を見て、急いでこちらに来たようだ。
「ダンリ……どうしてそれが言えるの? レジーナは……竜狩りの魔女は、貴方達の敵のはずよ」
「分かっている。だが、リュコス様は更なる災厄に備えていらっしゃる。このような人間同士の争いに本来は姿すら見せないのだ。これ以上の干渉はない」
「めちゃくちゃ出しゃばってきたくせにあいつ……」
「ウェネ、気持ちは分かるけど彼の前でそれを言うのは失礼よ」
ウェネがそっぽを向いた。エリ―は少しため息をついてから会話を再開した。
「となれば我々だけで戦うしかないわけね。ダンリはどう思う?」
「……はっきり言えば我々の想定は既に破綻している。そのちっこいお嬢ちゃんが頑張ったところで、あの軍に勝つのは難しいだろう。更に後ろにはあの魔女と王直下の軍勢がいるはずだ。どうあがいても勝てないと俺は思う」
ダンリが険しい表情ではっきりとそう言いきった。ダンリとて、思うところはないわけではない。しかし、聖狼教会の一支部の長として、安易な判断は出来ないのだ。
「降伏……すべきね」
「……あんたはそれでいいのか【竜血姫】」
「……覚悟はもう出来た。でも、私には成すべき事があるの。だからーー」
エリ―が真っ直ぐダンリと、黙って見ているガルディンを交互に見つめた。
「王は殺す」
そうエリ―ははっきり言い切った。
全ての元凶はレジーナにある。しかしその行為も全て、父を通してがほとんどであるとエリ―には分かっていた。だから、父さえいなくなれば、レジーナの権力は弱まるはず。少なくとも、竜息地を攻めるだなんて馬鹿げた行為は白紙になるはずだ。
エリ―が言葉を続ける。
「きっと降伏した私は父の下に連れていかれるはず。その時に……」
「魔女が側にいればそれは難しいだろう。儂がいたところで何の意味もないだろう」
「ええ。だから、ウェネ。貴女に囮になって欲しいの」
「囮?」
「そう。降伏し、連れていかれる私を助けようと暴れて欲しい。レジーナが出てこない限り、貴女が早々に負ける事はないでしょう?」
「そりゃあね。あんな有象無象。竜血兵だっけ? あれも殺し方は分かってるから」
「そうすれば自ずとレジーナが出てくるでしょ? その隙に、私が王を殺す」
「エリ―。そんなもんは計画でも戦術でもなんでもない。ただの賭けだ。しかも相当に分が悪い」
ガルディンが厳しい表情で反論した。
エリ―はそんなことは端から承知している。
「どうせ降伏して連れていかれるのよ。少しでもチャンスがあるなら私はそれに賭けたい」
「あんたの言いたい事は分かった。しかしそれはガルディンもそこのお嬢ちゃんもそして何よりあんた自身を危険に晒す行為だ。」
ダンリも反論する。エリ―の気持ちは分かるが、それはあまりにも稚拙で粗末な悪あがきだ。
「分かってる。私のせいで、無駄に死ぬ事になる相手の兵の事も、ガルディンやウェネを危険に晒す事も、分かってる。それでも、私には成すべきことがあるの。例え悪だと思われようと、処刑されようが構わない」
エリ―の声が響く。
その言葉に、誰も答えられずにいた。
「ねえエリー。違うやり方を思い付いたんだけどね」
口を開いたのはウェネだった。
「やり方?」
「そう。でもやっぱり賭けでしかないし、成功したとして、それが本当に良かったかどうかは分からない」
「何をすればいいの?」
エリ―がそう問いかけた。しかしウェネは、それを無視して、壁上歩廊のせり上がったいる端にぴょんと乗り、言葉を続けた。
「あたしの考えた通りに事が運べば、多分、あの魔女すら問題ではなくなると思う。でもね、貴女にとって、この街にとって、人間にとって、それが本当に良かったかどうかはやってみないと、結果を見ないと分からない。あたしは、人間なんてどうでもいいと思っているしお兄ちゃんがいない今、あんた達を助ける義理はない」
ウェネが語りながらくるくると回る。
まるで子供が遊んでいるかのように。
「だからね。ずっと考えてた。どうしようかなって。ずっとずっと考えてた」
「ウェネ。いいから教えて、私はどうすればいいの?」
ウェネがぴたりと止まった。
そしてその体から膨大な魔力を発しながら、エリー達に笑いかけた。
それは、暗い暗い笑顔だった。
「簡単だよ。エリー、貴女はーーここで死ね」




