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第10節【サレンダー・オア・ディザスター】


 風が吹いている。

 朝日が眩しく辺りを照らしていた。


 ヴァリスが消えて、一日が経った。


 辺境都市ラジェドには東西南北それぞれに門があるが、その内の北門側。壁上歩廊と呼ばれる壁の上に二人の少女が立っていた。少し離れた場所には兵士達がボウガンを構え、並んでいる。

 

「ついに来たね」

「ええ」


 少女達が短く言葉を交わしながら見据える先。


 それは荒野と門から真っ直ぐ伸びる街道、そしてその奥に陣を構える大軍。

 地上には竜に乗った兵士、巨大な自走式の砲台。空には鎧を着た飛竜が舞っている。

 

 見える限りの地平線が兵士で埋まっていた。


 何より、その大軍の掲げる旗には、フォンセ国王本人を表す剣と竜が描かれている。


「辺境軍って話じゃなかったっけ?」

「ええそのはず……だった」


 フォンセ王国辺境軍には別の軍旗があるはずだった。なのにそれでなく、フォンセ国王の旗がはためいているということの事実に少女ーーエリーゼ・ティラリスは気付いていた。


「あの旗が揚がっているって事は……父上が来ている」

「……随分と愛されているのねあんた」


 うそぶくもう一人の少女ーーウェネーヌがエリーに笑いかけた。 


 あの旗の意味、それはフォンセ国王自ら戦場に立っているという事。

 それは本来ならあり得ない事だ。王城どころか玉座からすら離れない老王がこんなたかが辺境の街一つを落とす為に出てくるはずがないのだ。


「全ては、魔女の盤上……」

「竜狩りの魔女……あたしはまだ信じられない。竜に仇なす人間が存在するなんて」

「きっともう、人ですらないわ」


 エリーは確信していた。

 あの大軍の何処かに父上がいる。そしてその側にはあの魔女ーーレジーナがいるに違いない。


「それで、勝算は?」

「……最初は貴女にヴァリスの代役をしてもらおうと思ったのだけど……こうなってくると話が変わる」

「魔女を殺せば、全てが収まるよ。お兄ちゃんの呪いやらも、あんたの奴も」

「七曜龍ですら警戒する相手よ。危険過ぎるわ」

「でも向こうにいる以上は戦わないといけない相手じゃない?」

「話す余地はある……はず」


 エリーも分かっていた。それはただの願望でしかないことを。

 ウェネは気付いていた。そんな事はあり得ないということを。


 二人の目線の先。大軍に動きがあった。


 大軍が二手に分かれ、道が出来ていた。その間を、一匹の竜がゆったりと歩いている。レッサードラゴンの中でも最大級の大きさを誇る、アースドラゴン。羽はなく、見た目は四足歩行の巨大なとかげといったところだが、大きさが違い過ぎる。この城壁にすら届くほどの巨体。


 その背には巨大な、鞍というより、馬車の客車ような物が載せられている。その上にはためく国王旗。


「あれはーー降伏勧告人かしら」


 がしゃがしゃと音を立てて鎧を着込んだガルディンが小走りでエリーのもとにやってきた。


「エリー。どうする。降伏するなら、これが最後の機会だ」

「ええ。分かってるわ。あれに誰が乗っているか知らないけど、私が話す」


 ガルディンがエリーの顔を見つめていた。元々は彼女がはじめたことだが、最早自分も後戻りできない立場である。街が、人々が傷付かずに済むのなら、自分の首が飛んでも良い。それぐらいの覚悟がガルディンにはあった。


「そうか。エリー。儂については心配するな。この老いぼれ、いつ死んでも悔いはない」

「……大丈夫。全ての原因は私にあるから。私が、責任を取る」

「エリー……」


 アースドラゴンが近付いてくる。

 ガルディンが、兵たちが間違っても攻撃しないように念押ししていた。


 その歩みが、十メルトル先で止まった。

 背に載せてある過剰な飾り付けをした、客車の扉が開く。


「……レジーナなのね」


 客車から現れたのは一人の美女だった。


 金色の猫のような瞳、夜の帳のような綺麗な黒髪。

 胸元が大胆に開いた漆黒のドレスに、大きなトンガリ帽子。


 それは、エリーの微かな記憶にある自らの育ての親、レジーナそのもの姿だった。


「久し振りね、エリーちゃん。元気そうで何よりだわ。レジーナ感激」

「レジーナ……聞きたい事はいっぱいあるの。教えて欲しい事がたくさんあるの、でもーー」


 レジーナが優しく微笑んでいる。エリーの目に涙が浮かぶ。


「エリーちゃん……そんな時間がないことは分かっているのでしょ? お父様は、とてもご立腹よ。それはそれは怒っていらっしゃるわ。止めても、自ら出立すると聞かなくて……ああ苦労するわ」

「私が城に戻れば、全て収まるの?」


 エリーがそう聞いたが、レジーナは微笑むだけだった。


「いいえ。いいえいいえ、それじゃあもう収まらない。振り上げた矛はもう、振り下ろすしかないの」

「そう……ねえレジーナ。貴女は……私に、ヴァリスにーー()()()()



 レジーナの微笑みが、歪む。

 口元が三日月のように曲がり、目には残忍な光が浮かんだ。


「ああ。ああ、ああ、忘れていたわ。そういえば、そんな事もしたわね。何をしただなんて。何もしていないわ。愛しい愛しいエリーちゃんに何かするだなんて……ねえ?」

「嘘を吐くな!」


 エリーの目が紅蓮の炎に染まる。


「貴女の望むままの事をしただけよ? そのお手伝い……ただそれだけ。その言い方だとまるで全部レジーナのせいみたい」


 レジーナが小馬鹿にしたような口調で拗ねて表情を見せる。

 エリーにも、ウェネにも分かっていた。今この女が喋っているのは全て虚構だ。


「エリー。今ここでこいつを殺そう。それが一番早い」


 ウェネがそう言いながら、魔力を滾らせた。


「あらあら可愛い可愛い小娘が誰を殺すって?」


 ウェネが無言で即死魔法を放とうとするのを、エリーが静止した。

 頬を膨らませて抗議するウェネにエリーが首を振った。


「待って。ねえレジーナ。貴女は何をしに来たの?」

「すっかり忘れていたわ。えーコホン、あー、降伏するなら後一時間以内に武装解除して門を開けなさい。そして当然首謀者である貴女とガルディンは王都まで連行させてもらう、だそうよ」

「嫌だと言ったら?」

「こうなるわ」


 レジーナから膨大な魔力が放出される。ウェネがエリーの前に飛び出し、竜障壁を展開した。

 ガルディンが兵士達に怒号を浴びせる。

 兵士達がボウガンを撃つより早くその魔法は発動した。


「【堕つる(メテオラ・ティ)天涙(ア・ドロップ)】【隆起(ヴォルカニック・)炎雷(サンダーフレイム)】」


 レジーナの声と共に、天より小さな隕石が雨のように降る。そして後方では轟音を上げながら街の内部で地面が隆起し、マグマが噴き上がった。


 空に舞い上がった灰により、火山雷が発生。隆起した辺り一帯に雷が走る。


 流星雨が空を割く悲鳴を上げながら街を直撃、轟音と地面の揺れにより、城壁が軋んだ。


 たった二つの魔法で、街は半壊していた。

 街は隕石による衝撃と隆起のマグマと雷によって、燃えている。


 幸い、被害があったのは避難の済んでいる地区だけだったが、それでも十分すぎるほどの損害を与えていた。


「無詠唱で上位竜……いやそれ以上の魔法行使……」


 ウェネが唖然として、街を見ていた。


 誰も動けない。


 兵士達が次々と武器を落としていく音が聞こえる。


 兵士達は逃げもせずただ、半壊し燃える街を見つめていた。


「はーこういう魔法って威力も範囲も調整するの肩が凝るのよねえ。ヴァリスちゃんは良く頑張ってたわ……」


 自分の肩を揉みながら、レジーナが明るくそう言い放った。


「それじゃあねエリーちゃん。また後でゆっくり話しましょ?」


 レジーナはそう言って、竜の上の客車に戻っていく。


 その背をエリーはただ、呆然と見つめていた。

 竜がゆっくりと旋回し、そして自軍へと戻っていく。


 

 エリー達に残ったのは、ただ、絶望だけだった。

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