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第2節【アタック・オブ・シスタードラゴン】



「ふむふむなるほど、つまり貴様は……あーエリーには竜を隷属させる力があると」

「そうよ。まあなぜあんたが人間になったかは分かんないけど」


 何とかお願いして黙れ状態を解除してもらった俺様だった。軽く服に付いた埃を払いながら何事もなかったかのように小娘……ではなくエリーと会話していた。


「しかしあんた下僕の癖に妙に態度でかいわね……その口調と“俺様”は禁止ね」

「俺様の口調は生まれたときからこうだぞ」

「“禁止”」

「分かった。俺、でいいんだろ?」

「やれば出来るじゃない」 

「人間社会には詳しいからな。これぐらい造作もない」


 俺様……ではなく俺か。そう俺は、人間社会や人間の行動や思考はよく知っている。なんせずっと人界を覗き見していたからな。まあ騎士だとか戦士だとかそういうのばかりで偏ってはいるが……。 


「態度は相変わらずだけど、まあおいおいね」

「しかしまさか人間になるとはな。闇竜には縁のない話だと思っていたが、これはこれで興味深い」


 人間というのはなんとも興味深い生物だ。ふむこの手先は確かに繊細な物を作るのに向いているかもしれん。俺は両手の指をワキワキと動かした。

 

 そういえばこういった形態変化は他の七曜竜共がよく使っていたな。狼になったり人間になったりと様々だったが、なぜか俺には使えなかった。形態変化は闇属性と相性が悪いのかもしれない。


「しかし、生半可な力では俺を隷属させるなどできないはずだがどうやったんだ?」

「それは……【竜血姫(ドラクル)】の力だって聞いたけどよく分かんない」

「自らで御しきれぬ力は破滅への近道だぞ?」

「うるさいわね。いいのよ、あんた最強なんでしょ? あんたさえ手に入れば……」


 エリーの目が、再び真っ赤に染まり、瞳孔も縦長になっている。その目には暗い炎が見えた。あれはきっと……。


「エリー。その目、まさか竜種の血を引いているのか?」

「その話は今はしたくない」


 エリーから怒気が発せられる。ふむ、禁句だったか。


「分かったわかった。しかし、そのあんた呼ばわりはやめろ。俺にはヴァラオスクロ=アビエスドラという立派な名前が」

「長い」

「竜種は長い名前が誇りなのだぞ? まあ我々も舌を噛むので略称で呼び合うが」

「だったらさっさとそっちを教えなさい」

「ヴァリスだ」

「そう。じゃあヴァリス、改めて言うわ。貴方には、私の護衛兼下僕として、私の復讐を手伝っーー何!?」


 突如、天井と床が揺れた。

 パラパラと天井から石が降ってくる。

 おお、そういえばあいつの事をすっかり忘れていた。


「ふむ、竜の時は感じなかったが、中々どうして揺れるものだな」

「地震!?」

「いや、違う。あいつが来たのだろう。俺が寝ている間も定期的にここに来ているようだな」

「誰が来るのよ」

「見れば分かる。ほら、来たぞ」


 俺がそういってこの寝床の出口を指差した。そこから、にゅっと巨大な竜の顔が現れた。俺と同じ、黒曜石の鱗、そして俺よりも一回りも大きな体躯。


「ふんふふんふふん♪……可っ愛い可っ愛いお兄ちゃんの寝顔〜♪」


 その竜はなにやらよく分からない鼻声を歌いながら首を伸ばし、この寝床を覗いていた。その瞳がキョロキョロと辺りを探っている。

 俺は隣に立っていたエリーが身じろぎしない事に気付く。見ると、固まって恐怖の顔を浮かべていた。


 その表情は戦争の時に見たことあるぞ。俺を初めて見た人間は大体このように固まっていた。


「あれ? お兄ちゃん? いない? 起きた? もしかして起きた!? でも仕掛けてた死霊探知には反応がないからここから出てないはずだけど……ん?」


 俺をどうも探しているようで辺りを見渡したその瞳が、俺とエリーへと視線を向けた。


「なんでこんなところに人間? え? お兄ちゃんは?」

「嘘……なんでここに【死蠍竜(ウェネーヌ)】が……」


 エリーがポツリと呟いた言葉。うん? なんだあいつを知っていたのか。


「ウェネの事を知っているなら話は早い。あれは俺のーー」


 そう俺がエリーに声を掛けた瞬間、大音量の咆哮が寝床に響く。おお、耳がキーンとする。

 

 見るとエリーが気絶しかけていた。竜の、特に上位竜の咆哮にはそれ自体に魔力が含まれており、並の人間では耐えられないだろう。

 

 俺は慌てて、倒れそうになるエリーを抱き抱えた。


 それを見たウェネが恐ろしい顔で睨む。あれは怒っている顔だな。ああなると俺でも手を付けられん。


「貴様か! 気安く我の名を呼ぶのは! ここは七曜竜最強にして世界最強のヴァリス兄上の寝床と分かっているのか!? 人間如きが荒らして良い場所ではない!」

「ウェネ、落ち着け。俺がーー」

「死ね! 【万死螺旋(ばんしらせん)】!」


 ウェネの身体から魔力が放出される。


 どす黒い魔力が死霊の群れになり、渦巻きながらこちらへと向かってくる。

 魔力で抵抗出来なければ、あの死霊の仲間入りだ。万人を殺すまで、解放されない死の螺旋。


 闇属性派生の魔法なので俺には効かないのだが……俺は倒れているエリーを見た。俺が守らなければエリーは確実に死ぬだろう。それほど、ウェネの使った魔法は極悪だった。たかが人間二人(一人は俺だが)に向かって撃つ魔法ではない。


 しかし、エリーが死ねば隷属の呪いから解放されるかもしれない。死んでも構わないかと一瞬思いかけた。


 だがその時、なぜか俺の脳裏をよぎったのは極々短い間にあったエリーとの会話、そして俺を隷属した事が分かった時のあの笑顔。


 俺が、竜と人の間で起こったあの醜い戦争の前に願っていたことはなんだ?

 俺はこれまでもこれからもただ観測者で有り続けるのか?


  違う。俺は、外の世界をあの時見て初めて分かった。


 ーー俺はただ、人間と仲良くなりたい。それだけだった。


 俺は倒れているエリーを見つめていた。

 このような少女が、あのような暗い炎を目に宿してはいけないと思った。


 それは、“俺様”が初めて人間に抱いた強い感情だった。


 まあそういうことだ。この隷属の呪いについても解除方法があるかもしれない。


「それに、人界には今も興味はある。寝起きの運動に、人界を散歩するのも悪くない……か」


 この姿なら、人界でも大手を振って歩けるだろうしな。大手を振っても、誰も死なないし、国も滅びない。


 俺は、目の前に迫る死の螺旋に向かって右手を出した。手を出さなくても使えるのだが、こういうのは気分の問題だ。俺の前に竜障壁と呼ばれる薄透明な鱗が重なったような膜が現れる。それはドーム状に俺と倒れたエリーを覆い被さった。


 どうやら、この身体でも問題なく使えるようだ。それは上位竜なら誰でも使える力である。


 竜にとって鱗が物理防御を担っているに対し、この竜障壁はあらゆる魔法に関して干渉し、魔力量の有無でそれを無効化もしくは弱体化させる。


 今の身体では以前と比べ竜障壁の強度は少し落ちているようだが、そもそもウェネの使った魔法は闇属性なので、闇属性である俺の竜障壁は突破できない。 


 死の螺旋が竜障壁に激突する。だが死の螺旋は薄透明の膜に当たるたびに削られ、その規模を縮小しそして最後の死霊が消えた。


「馬鹿な! 我が死霊魔法を人間風情が防いだだと!?」


 ウェネが目を剥き驚いていた。


 いやあ小物っぽい演技も上手くなったなウェネ。懐かしいな、昔よく小悪党ごっこして遊んでいたなあ……なんてしみじみ思ってると、ウェネが、指の一本一本がまるで丸太のような右手を掲げた。


「潰す!」


 物理攻撃に切り替えてきたウェネ。


「ふむ鱗がない以上流石にあれは防げないな」


 俺はエリーを抱き抱えたまま、湖と化した水飲み場の方へと地面を蹴った。ギリギリのところで、ウェネの右手を回避。そのままもう一度地面を蹴って、湖へと飛び込む。


 透明度の高い湖。その奥に人が通れそうな穴が空いていた。ふむ、あそこを通れば逃げ切れるか?


「逃がすか!」


 湖の岸まで来たウェネが吠えながら翼を広げた。天井の上が空洞になっている為、ウェネには少し狭いこの洞穴の天井が翼と咆哮によって簡単に破砕される。

 

 俺の寝床ごと我らを潰す気かあいつ。


 天井から、巨大な岩が落ちてくる。

 エリーをしっかりと背に抱きかかえて、俺は脱出経路である湖の穴へ泳いでいく。


 ええい、泳ぐなど今までしたことがないせいで勝手がわからん! 

 

 岩が湖に次々と落ちてきて、水面がうねるせいか余計に泳ぎにくかった。


 もう今にも天井が崩壊しそうだ。俺は、闇属性魔法【暗黒弾(ダークボール)】を発動させた。それはシンプルな闇属性魔法で、闇属性の球を前方に放つ。それを、最大出力で湖の穴に。


 全盛期に比べ明らかに小さな闇色の球が水を消失させながら爆進、湖の穴にぶつかるも、そのまま削りながら消えていった。その瞬間に、まるで栓が抜けたように湖の水が勢いよく穴の方へと流れていく。


 どうやら【暗黒弾】は想定通り外まで貫通したようだ。


「今のは……まさかお兄ちゃんの魔法?」


 崩壊する天井を意もせず、ウェネがそう呟きながら魔法を放った俺を見つめていた。


 崩れていく、俺の寝床。

 まあ、この場所には愛着はあったが仕方がない。


 俺と、エリーは激流に飲まれながら、湖の穴へと吸い込まれていった。


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