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第9節【魔女の盤上】



「エリー! どういう事だ!」


 後ろから叫ぶガルディンを無視してエリーとウェネが走る。


「とりあえず聖狼教会の連中を二、三人殺せばあいつ出てくるよ」

「そういうのはとりあえず無しよ。まだヴァリスは生きてる。それを忘れないで」

「……わかった」


 追走してきたロシュとバルトに、エリーとウェネがそれぞれ飛び乗った。


「大丈夫、きっとヴァリスは無事よ」


 エリーはそうバルトに優しく語りかけた。バルトもそれに頷く。どうやら彼も自分の主人が生きている事を確信しているようだった。


「聖狼教会に急ぎましょう。ダンリもそこにいるはず」

「場合によっては殺すからね。もうあんたの計画なんて知らないから」

「……分かってるわ」


 ウェネの目が獰猛な光を宿している。エリーには、既に彼女を制御出来る自信がなかった。

 二人は聖狼教会の支部の手前の広場に差し掛かった。既に避難は終えているのか辺りに人の気配はない。

 

 しかし、そこにまるで待ち構えるように一人の女性が佇んでいた。


 フードを被った、聖職者のような姿の女性。

 その女性が声を上げた。


「止まりなさい」


 その声を聞いた瞬間、バルトに乗っていたウェネがその背を蹴って飛び出す。

 そのまま魔法を発動、巨大な鎌を持ったレイスを憑依し、その鎌をその女性に振るう。


「ウェネ!」


 エリーの叫びと同時に、金属音。


「リョコスゥゥゥゥゥ!!」


 ウェネの怒気を孕んだ魔力が辺りを包む。見ると、その女性は何処から出したのか、まるで月光を思わせるような剣でウェネの鎌を防いでいた。


 エリーはロシュを急停止させた。近付けば訪れるのは確実な死。そう思わせるほど、その二人の雰囲気はただ事ではなかった。


「久し振りですね【死蠍竜(ウェネーヌ)】。とても可愛らしい姿です」


 月光の剣を持った女性ーーリュコスがフードを脱ぎ、ニコリとウェネに微笑んだ。

 ぴんと立った狼のような耳に、なびくふさふさの尻尾。


「貴様! お兄ちゃんをどうした!」


 ウェネが鎌を引き、戦斧に変化させる。そしてそのままそれを薙ぎ払った。


「貴女もヴァリスも、()()()()()()()()()()()()()


 リュコスが微笑んだまま、剣を無造作に振るった。何気ないその一太刀でウェネの戦斧を防ぐとそのままそれを切断。


 リュコスは驚愕の顔を浮かべるウェネの足を翻した刃で切り裂くと、そのままウェネの首へと剣を走らせた。

 あまりにも鮮やかな剣技に、ウェネは反応出来ず、膝から地面へと落ちる。

 リュコスが剣をウェネの細首へと走らせる。


「待ちなさい!」


 瞳が紅色に染まるエリーの魔力の籠もった声に、リュコスは剣先をピタリとウェネの首の皮一枚で止めた。


「貴女は……まさか」


 リュコスの表情から笑みがなくなり、その目に剣呑な光が見えた。

  

 足を切られ、血を流し膝をつくウェネが悔しそうにリュコスを見上げた。元々竜体だった時ですら敵わない相手だ。いくら相手も人間体とはいえ、勝てる訳がないのをウェネは分かっていた。


「なるほど……ようやく話が見えてきました。【竜血姫(ドラクル)】が絡んでいるとは……可哀想に……」

「聖狼竜リュコス! なぜヴァリスを襲った!」


 エリーが声を張り上げる。そうでもしないと、この場にうずくまってしまいそうだ。それほどに、目の前の相手が怖かった。ウェネも恐ろしかった。だが、それ以上の怖さをエリーはリュコスから感じていた。


「貴女もヴァリスも……魔女に遊ばれたのですね」

「魔女……まさか竜狩りの魔女?」

「竜狩りの魔女……わたくし達は単に魔女と呼んでいますが……端的に言えば七曜龍の敵です。そして貴女方人類にとっても」


 リュコスの視線から憐憫の情を感じたエリー。

 エリーが昨晩ミーシャから聞いた事実。


 リュコスが剣を降ろした。どうやらすぐに敵対する気はないようだ。


「確かに竜狩りの魔女……いえレジーナは私の育ての親よ。だけど、彼女は……」

「貴女は呪われています。アレは、人を育てるなんて事はしません。貴女はそう思わされているだけよ。では聞きますけど……()()()()()()()()?」


 エリーが昨晩ミーシャから聞いた事実。

 エリーの母が亡き後にエリーを育てた存在。

 しかしその事実を聞いてもなお、エリーが思い出せるのはレジーナという名と、微かに記憶に残る彼女の美しい微笑みだった。


「記憶は……」

「ないでしょうね。貴女は……騙されています。そしてそんな貴女にヴァリスもまた騙された。ヴァリスは魔女の思惑通り、貴女によってこの星にとって無視できないレベルの脅威になりつつあったのです」


 ウェネの傷が治りつつあったが、再びリュコスを襲う気力はなかった。

 ウェネは立ち上がるとエリーの横に立った。


「どういう事? お兄ちゃんが脅威?」

「貴女も不思議に思いませんでしたが? なぜあのヴァリスがたかが小娘に従属しているか」

「それは……」

「それは私の力で……」


 エリーがリュコスの問いに答えた途端、リュコスが笑い始めた。

 心底呆れたような笑いだった。


「あははは。貴女は面白いですね。貴女の力? 違う。そんなチャチな物で七曜龍を従属させるなど不可能なのですよ」

「でも、確かにヴァリスは!」

「魔女の呪いです。貴女はどうやってヴァリスを隷属させました?」

「それは、吸血して……」

「血液採取……なるほど。いかにも魔女らしいやり方ですね。そもそも貴女もヴァリスも気付くべきだったのです。ヴァリスの棲家は……人の到達できる場所ではない。どうやって貴女はそこに辿り着きました?」


 リュコスの問いにエリーは答えない。

 否、答えられなかった。


「分からない……何となくは覚えているのだけど」

「貴女の忘却の側には必ず魔女が潜んでいます。貴方が忘れている事、いや忘れさせられている事に必ずアレは絡んでいます。念入りに執拗に」

「つまり……エリーがお兄ちゃんを隷属できたのは全て魔女のおかげ?」

「そうですね。というより竜を隷属させる力を媒体にヴァリスを人間化、隷属化させたのでしょう」


 リュコスがため息をついた。既にその手にあの剣はない。


「そして貴女とヴァリスに呪いを埋め込んだ。魔女らしい手の込んだ迂遠なやり方です……」

「呪い? 呪いって何!? 私とヴァリスはどうなるの? ヴァリスはそもそも何処に?」


 エリーが叫ぶ。


「ヴァリスは危険だった為、封印しています。彼が人間体である以上、封印を解く術はありません」

「封印……まさか【聖籠封印(シール・オブ・カリス)】」


 ウェネが絶望の表情を浮かべ、そう呟いた。

 それは聖狼竜リュコスだけが使える、封印魔法。

 七曜龍クラスの竜であれば拒絶できるのだが、竜体でない兄にはそれが出来なかったのだろうとウェネは推測した。

 


「ええ、その通りです。そうですね……後、()()()()()()解除されるでしょう」

「千……年……?」

「はい。それぐらいしないとあの呪いは解けないでしょうし。本当に……あの魔女は……」

「お願いリュコス……私にはヴァリスが必要なの。竜息地へと侵攻を企む父を止めるには彼がーー」

「と、貴女は魔女に刷り込まれたのですよ。そろそろ気付いてください。辺境軍の侵攻も、それをヴァリスが止めるのも全て……魔女の盤上」


 リュコスが再びフードを被った。


「これ以上の干渉をわたくしはするつもりはありません。辺境軍が攻めてくるのは事実ですし、聖狼教会が協力すると言うのならわたくしは止めません。貴女は貴女の戦いを行いなさい。ただし、ヴァリス抜きで」

「待って……お願い……ヴァリスを……」


 リュコスが背を向け、歩き始めた。ウェネが悔しそうに服の裾をギュッと握っている。

 エリーの声に嗚咽が交じる。


「お願い……ヴァリスを返して……」


 エリーの悲痛な声がリュコスの背に届く。


 リュコスは立ち止まった。


「返す? 貴女は……本当に愚かですね。最初から貴女の物なんて、何もありませんーー甘えるな小娘」


 背を向けたままそう言い放ったリュコスが跳躍。そのまま通りの建物の屋根の向こうへと消えていった。


 後に残されたエリーが地面にうずくまった。

 ウェネは立ったまま泣いていた。


 無人の広場に、少女達の泣き声だけが虚しく響いた。




 ーー辺境軍到達まで残り五時間。


 戦いが、はじまる。

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