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第8節【闇と光Ⅱ】

 

 俺は大きくバックステップしながら竜障壁を展開。

 くそ! どういう事だ? なぜリュコスが俺を殺そうとする!?


「回る金の月、銀の調べ、光なき者に救いの牙を……【月乙女の断光剣(エタンセル)


 リュコスから放たれた魔力が光の帯になり、彼女の右手を覆う。そのままリュコスは地面を蹴る。

 光の帯がリュコスの右手に収束し、それは一本の剣になった。


 控えめながらも繊細な装飾の施された柄に月光のように煌めく刃。

 尋常ではない魔力の秘められたその刃をこちらに向け、リュコスは人間離れした速度でこちらへと突進。


「リュコスなぜだ!?」


 俺は叫びながら長剣を精製。生半可な魔力では一撃に壊されるので刃に魔力を籠める。


 リュコスが勢いのまま渾身の突きを放つ。光が絡む突きをかろうじて剣で弾くが、まるで流れるように翻ってくる刃に翻弄される。


 リュコスの光刃を俺の黒い魔力を秘めた剣が弾く。光が薙ぎ、闇が吠える。

 はっきり言って剣術の素人である俺には防ぐの手一杯だ。竜が持つ身体能力が俺にはあるからこそ、人間相手は務まるが、リュコスは別だ。


 聖狼竜リュコスは七曜龍の中で誰よりも早く人間体になり、人界に降りた竜だ。そうして荒れゆく人界を、人を救いに導いた。


 つまり、リュコスは人間の身体における戦い方を誰よりも熟知しており、そしてその身体能力も並の上位竜では勝てないほど高い。


「答えよリュコス! なぜ俺を襲う!」


 リュコスは何も答えず、水平に刃を振るう。俺は剣を地面に突き刺し、弾かれないように受ける。

 しかし獣の膂力で、あっけなく俺の刃が弾かれた。


 致命的な隙を逃さないリュコスは俺の目を持ってしても残像が見えるほどの速度で剣を返し、そのまま俺を切り裂く。


 鮮血が舞う。


 俺はそのまま右手を差し出す。リュコスは警戒してバックステップして間合いを取る。


「答えぬなら良い! 俺も容赦はせぬ! 【相反する黒渦(コリーヴ・レッカン)】」


 俺の全身から闇が放出。右回り、左回りに渦巻く二つの闇の渦が俺を中心を辺りを蹂躙する。


 だが、リュコスはその場で剣を渦に向かって振るった。剣より伸びる光刃が渦を切り裂きそのまま俺へと肉薄。

 咄嗟に避けるも、脇腹を深く裂かれた。


 いくら魔力を集中させても、傷が治らない。くそ、竜殺しの魔力を込めているのか!

 片膝が地面に着き、もはや俺は満足に動けずにいた。


 俺が放った黒渦は切り裂かれて消失、そのままリュコスは再び突撃。


「【無慈悲な黒槍(クライ・ゲラヒ)】!」


 リュコスの進路に合わせて地面から槍を射出。

 しかし予見していたのか、まるでどこに槍が出るか分かっているかのように避けるリュコス。


 あっという間に間合いを詰めきったリュコスが剣を掲げた。

 大上段に構えたその剣から迸る光刃。


 そう言えばいつか見た光もこんな感じだったな。

 傷が治らず、もはや身動き出来ない俺を見るリュコスの目には動揺が浮かぶ。


 そして光刃が振り下ろされた。


「エリー。すまん」


 俺の言葉はしかし誰の耳に届く事なく、光に飲まれた。




 ☆☆☆



「っ!」


 ガルディンと共にラジェドの街を竜で翔るエリーが、突然胸を抑えた。

 エリーの後ろに座っていたウェネもなぜか辺りを警戒している。


「エリー! どうした!?」


 ガルディンが心配して乗っていた竜を寄せてくるが、エリーがなんでもないと手を振った。

 そしてエリーは、北部へと目を向けた。


 そこには、眩い光の柱が立っているのが見えた。


「なんだあれは……」

「あれは……嘘……この波長……なんであいつがいるの!」

「行きましょう!」


 ウェネが叫び、エリーが竜を疾走させた。


「待てエリー! ええいくそ」


 飛び出したエリーの後を追うガルディン。


「ウェネ、何が起こっているか分かる!?」


 エリーが後ろのウェネに叫ぶ。


「なんで……なんであいが……」

「ウェネ!」

「リュコスが……リュコスの波長とお兄ちゃんの波長が」

「リュコスって聖狼竜の!? なんでこんなとこに!」

「分かんないよ!」


 ウェネがエリーに叫び返した。ウェネには分からなかった。あの二人が、ここまで届く波長が出る程の魔力行使を行っている事実の意味が。

 

 まさか、戦っている?


「エリー、急いで!」

「分かってる!」


 エリーとウェネを乗せているロシュが最大速力で道を進む。

  

 間もなくして、北門に到着すると辺りは騒がしかった。


「通して!」


 エリーが声を張り上げると、皆が一斉にこっちに向いた。門の責任者らしき者が駆け寄ってきた。


「エリー様ですか? こちらへ!」


 エリーとウェネはロシュから降りると、門の中へ走った。

 

「何があった!?」

「それが、そちらの部下のヴァリス殿が門の外へと行かれたのですが……突然何者かと戦闘を始めて……」


 既に騒ぎになっており、門の中も人でごった返していた。エリーとウェネは素早くそこを通り抜けようと走る。

 その時、エリーの横をフードを目深に被っている女が通り過ぎたのをエリーもウェネも気付かなかった。


 ただの勘かもしれない。それともエリーの中に流れる血の影響かもしれない。

 エリーは一瞬立ち止まって、後方を振り返った。


「どうしたの!」

「……いえなんでもないわ」


 結局エリーとウェネはそのまま門を抜けた。

 目の前には道路が伸びているが、その脇の荒野が抉られていた。


「これは……」


 大規模な戦闘が行われたような荒野に残る跡。


「あれは……まさか!」


 ウェネが何かを見付け、走った。エリーが後を追う。

 

 まるで巨大な剣を打ち付けられたような抉られた痕の脇に、ウェネが佇んでいた。


「ウェネ!」


 エリーがそこに辿り着くと、膝をついたウェネの前に、布切れがあった。そして夥しい血の跡。


「うそだ……何かの冗談だよ」


 その布切れには、黒い竜のエンブレムが縫ってあった。まるで不吉な象徴のように、首の辺りが切断されている。


「冗談よね。私を驚かせようとしているだけでしょ! 出てきなさいヴァリス! “姿を表わせ!”」


 エリーの目が真っ赤に染まり、隷属の呪いを帯びた魔力を放つ。


 しかしそれに何の反応もなかった。


「さっき感じた波長はお兄ちゃんとーーリュコス……あいつが……あいつがお兄ちゃんを!!」


 ウェネが立ち上がった。その身体から魔力が立ち昇る。


「落ち着いてウェネ! 冷静になって! あのヴァリスが死ぬはずないわ!」

「でも、相手はあの聖狼竜だよ!? 竜体じゃない今のお兄ちゃんが勝てる相手じゃない!」


 ウェネが顔を真っ赤にして叫んだ。

 エリーは思考する。自分が落ち着かないと。


 勘でしかないのだが、ヴァリスは生きている。なぜだかそう確信している。なぜだろう? 血を吸ったせいだろうか? なぜかまだヴァリスの波長をどこかから微かに感じる。そんなに遠くない気がする……。


 だけど、どこへ行った? なぜ聖狼教会の神である聖狼竜と戦闘になった?

 分からない事だらけだ。


「ウェネ。とにかく、聖狼竜を探しましょ! そいつに聞けば何か分かるはずよ」

「……うん。探そう。探して見付けて殺す」

「殺すのは駄目よ。今の貴女で殺せるとは思えないけど」

「……」


 エリーとウェネの元にガルディンが追い付いた。


「何が起こっている!? 辺境軍か!?」

「分からないけど……計画を大幅に変更する必要があるわ。聖狼教会はーー味方ではないかもしれない」


 エリーの悲壮感が籠もった言葉が荒野に響いた。


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