第7節【闇と光】
翌日。
俺は朝からダンリと、戦いの打ち合わせを行っていた。
「どうやらもう辺境軍はもう間近に来ているらしい。今日の夜には着くだろうな」
ダンリが地図を見ながらそう言った。
北部からやってくるようで、そこに辺境軍を表す駒が複数置いてあった。
エリーはウェネを連れて、ガルディンと共に街へと出ている。土地勘がない為ロシュに乗り、街を見回るのだとか。
今朝、朝食を共にした時やけに暗い顔をしていたがやはり戦いが近付き緊張していたのだろう。何か話したそうにしていたが、エリーはすぐにガルディンとダンリと会議をしはじめてしまった。
「逃げるなら今のうち……か。まあわたしには逃げる場所なんざねえんだが」
なぜかダンリとの打ち合わせにミーシャが同席していた。
「あんた、魔法が使えるんだろ? なら手伝ってもらうぜ」
どうやらミーシャは研究者としてだけではなく、魔術師としても優秀らしかった。
行く宛がないらしく、ガルディンに無理やり引き込まれたのだろう。
「ガルディンのせいでもあるが、昨晩お姫様にお願いされたからね。まあやばくなったらわたしは逃げるよ」
そう言いながらも打ち合わせに参加する辺り、中身は真面目なようだ。
俺の知らぬ間にエリーとも話しているようだ。
「細かい事は任せる。俺は、街の外で暴れるだけだ」
打ち合わせが細かい段階に入り、俺はそう告げた。
「分かったぜヴァリス。エリーみたいに少し現場を見てきたらどうだ?」
「そうだな。少し気になる事があるから調べてくる」
俺は、ダンリ達に分かれを告げ、バルトに乗って街の北側に向かう。
街は騒がしく、路上で王がいかに横暴か演説している者もいれば、この街から避難しようと荷物を持った住人もいた。商魂たくましい商売人は武具を売りつけようと声を張り上げている。
街に悲壮感はない。どうやらそれだけガルディンは信用されているらしい。エリー独りでは中々に難しかっただろうな。
街の北側にある壁に辿り着く。そこにある北門では、出ようとする住人がたくさんいたがどうやら危険だからと兵士が止めているようだ。他の門に回るように必死に説得している兵士の手を煩わせるのは悪いので、適当なところでバルトから降りた。
「すぐに戻ってくるからここで待っていろ」
バルトにそう告げ、俺は壁の内側から跳躍し壁上歩廊に着地した。近くにいた巡回の兵士は驚いていたが、すぐに黒竜騎士団の方ですねと理解してくれた。俺の左肩にあるエンブレムを見て察知したらしい。
どうせ有名になるならと昨日急遽決めた黒竜騎士団のエンブレム。とぐろを巻く黒い竜のモチーフでそれを俺とエリーとウェネは着ている服に縫い合わせた。分かりやすさが重要らしい。そしてどうやらガルディンがそれを兵士達に周知させているようだ。
俺はそのまま壁から飛び降りると、地面へと着地した。
ラジェドの北側は見渡す限り荒野になっている。昔は葡萄畑があったそうだが、今は無残に荒れておりその面影はない。その中を石畳で舗装された街道が一本真っ直ぐ伸びている。
王都とラジェドを繋ぐ街道なので普段は人通りが多いらしいのなのだが、今は誰もいない。
はずだった。
「あの……」
背後からの声。
「うん?」
俺が振りかえると、そこには一人の女が立っていた。
「ええっと、街に入りにたいんですけど……なぜかこの門塞がってまして……」
フードを深くかぶっており、顔は見えないが腰まで届く長い銀髪に見覚えがあった。
しかし人間の知り合いはエリーと会ってから増えたものの俺にはほとんどいない。
何より、足の間から尻尾が見えている。そんな女を忘れるはずがないのだが……。
「ここの門は塞がっているぞ。入りたければ西の門を使うが良い」
「まあ……親切にどうも。ではそちらに向かうとしましょう。急がないと……」
その女はぺこりとお辞儀するとそのまま西門へと向かっていく。
あの尻尾……どこかで見たことがあるような……。
そして俺はようやくなぜここに来たかを思い出した。
昨晩、感じた懐かしい波長。
「お前……リュコスか?」
俺がそうその女の背に声をかけると、女は硬直し、恐る恐るといった感じで振り返った。
「ええっと、竜……ではなく人違いでは?」
「三百年ぶりとはいえ流石にこの波長は忘れまい、我が親友よ」
俺はそう言い、魔力を放出。
魔力に煽られて、女の被っているフードがめくれ、長い銀髪がふわりと浮く。
女の頭頂部には狼のような耳が付いている。
「その波長……まさかヴァリスですか」
女の綺麗な紫色の目が見開いている。宝石のようなあの瞳の輝き……懐かしい色だ。
「久しいなリュコス。七曜会議以来か?」
「……そうですね。しかし驚きました、なぜその姿に?」
女……いやリュコスが開いて目を閉じた。少し安堵しているような顔である。
「色々あってな。今はお前の真似事をしている」
「わたくしの真似?」
きょとんとした顔で首をかしげるリュコス。おっとりとしているのは今も変わらないようだ。
「人間の味方だ」
「なるほどですね……んーこれはどういう事でしょうか……」
今度は悩み始めるリュコスだった。相変わらずのマイペースさだが、今はそれに付き合っている場合ではない。
「なぜラジェドに来た? 聖狼教会が参戦すると聞いてやってきたのか? であれば心強いが」
リュコスは俺や他の七曜龍とは違い、割と頻繁に人界へ顔を出す。だが、なぜこのタイミングでこの街に?
「フォンセ王国辺境軍がこちらに来ているのは把握しています。わたくしの子達がそれに対抗することも知っています。ですが、わたくしがここに来た理由とそれは関係ない……はずでした」
はずでした? ではどういう理由でここに来たのだ?
「わたくしの力をヴァリスは知っていますよね? 神託の力……未来を見通す力」
リュコスは聖属性を司る七曜龍の一体であり、彼女特有の力があった。それは、未来が見えるという力だ。
だがその力はひどく限定的だったはずだ。条件は確か……。
「神託の力が発動するのは、災厄が、星が危惧するレベルの災厄が起きる時だけです。近い将来、災厄が起きる時のみ、それが断片的にわたくしに見えます」
「なるほど、つまりそれを見てここにやってきた……ということは災厄はこの街で起きるのだな」
「はい……その通りです。ですが、それだけではありません」
リュコスが目を伏せた。耳も尻尾も垂れ下がっている。大体リュコスがああなっている時は、悲しくなっている。
「しかしたかが一つの街の戦いで星が危惧するほどの災厄など少し大袈裟ではないか?」
俺がそう答えると、リュコスが顔を上げた。その顔に迷いはなく、アメジストのような瞳が真っ直ぐ俺を射抜く。
突如リュコスから迸る殺気、吹き荒れる魔力。
「ヴァリス。なぜ貴方がその姿になったのか。なぜ人間の味方をしているのか……わたくしには分かりません。ですが、わたくしはわたくしの子やこの星の未来の為に貴方をここでーー殺す」




