第5節【夜、窓辺にて】
ガルディンの館、客室。
俺は、充てがわれた部屋で何をするでもなく窓の外を見つめていた。
エリーはまだガルディンやダンリと詰める話があると息巻いていたが、二人に今日は休めと言われ、渋々隣の部屋で就寝した。
何やら城塞の方で騒ぎがあったようだが、すぐ収まったという。兵士が一人負傷したそうだが特にそれ以上はなかったそうだ。
ウェネの事が一瞬アタマをよぎったが、あいつが人間相手に負傷程度で終わらせるわけがないのでおそらく関係ないだろう。
窓の外に街の光が見える。それは人間からすればなんてこともない風景なのだろうが、俺には感慨深い光景だった。
俺が人間になって二日目が終えようとしている。
なんだか、昔の感覚で言えば百年近く経ったような印象だ。それぐらい竜だった頃が懐かしく思える。
俺は、この後どうなっていくのだろうか。竜に戻れるのだろうか。
分からない。だが、その分からなさが心地よかった。未知に恐怖はなく、あるのは高揚感だ。近日中に大きな戦いが起こる。俺は正直言えば、エリーの計画がどうなろうと構わないと思っている。
だが、エリーの声や表情や仕草が目に浮かぶ。
計画がどうなるかは分からないが、彼女を泣かせたくはないなと思う。
俺はもっと色んな物を見たい。色んな食べ物や酒も試してみたい。
だけど、俺独りでは、それはいやにつまらなさそうにみえた。
今日の昼を思い出す。あの酒場でのエリーとの食事。
兵士達に煽られて飲む酒の旨さ。
「楽しい食事か……思えば初めての体験ばかりだったな」
ここからどうなるかは分からないが、少なくともこの街は好きになった。
「何かを守る為に戦うというのも悪くないな」
明日は早い。そろそろ就寝しようかと思ったその時、窓の下に見知った姿が見えた。
「あれは……おーいウェネ!」
窓の下、館の前にウェネが佇んでいた。
ウェネがこちらに気付くと跳躍、館の二階部分まで来るとそのまま俺の胸に飛び込んできた。
「お兄ちゃん!」
「ウェネ、何処に行ってたんだ?」
ウェネは抱き止められたまま俺の胸に顔を埋めていた。
なんだか珍しい感じである。
「どうした? お前……泣いているのか?」
ウェネは何も答えずただ俺の胸で泣き続けた。
うむ、困った。こういう時どうすれば良いのか分からぬ。
「あーウェネよ、どうしたんだ?」
どうしようか迷っていると、ウェネが顔を上げた。その顔に既に涙はなかったが、顔も鼻も赤くなっている。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんは私の事好き?」
「ん? ああ好きだぞ。妹だしな」
「私が人間でも?」
「竜だろうが人だろうがウェネはウェネだ」
その言葉を聞いたウェネが可愛らしい笑顔を浮かべた。少女らしい無垢の笑顔。
「ん、とりあえずスッキリした!」
ウェネが俺から離れた。よく見ると、服が血で汚れている。さらに腹の部分が破れており、肌が見えている。
「ウェネ、その血は?」
「ん? あーそういえば直すの忘れてた。ほいっと」
放出された闇がウェネを包むと、服が元通りになった。どうやらウェネは魔法で服を維持し続けているようだ。
「誰の血だったんだ?」
「えーとね。竜血兵ってやつ。いきなり襲ってきたから返り討ちにしたけど、ちょっとドジっちゃった。大丈夫もう平気」
竜血兵……エリーの血を使い、竜の力を得た兵士。やはりこの街に潜んでいたか。
「レゾンの差し金だろうな。しかし、ウェネに傷を与えるほどの力を持っているのか」
「生意気に竜障壁も使えるし、相当うざいしキモかった。まあお兄ちゃんの敵ではないし、あたしも次は瞬殺する」
ウェネが腕を組んでそう言いながら誇ったような顔をしていた。
「ふむ、一応エリーにも報告……は明日で良いか」
波長を探ると、エリーはどうやらまだ起きているようだがまあ明日の朝でも良いだろう。念の為今夜は監視しておこうか。
「ふあーあたしも眠いや……」
「ああ、明日も早い。寝ると良い」
「お兄ちゃんは? 一緒に寝よ?」
「……もう少し街の光を見ていたい」
「憧れの人界だもんね……じゃあ先に寝るね。おやすみ」
そう言ってウェネは俺のベッドにもぞもぞと潜り込んだ。隣にあいつ用のベッドも用意させたのだが……まあいいだろう。
昔まだ竜だった頃、十年ほど昼寝をして起きた時に、すぐ隣にいつの間にか来て添い寝していたウェネの事を思い出した。
初めて会った頃は随分と小さな竜だが、立派に成長して……なぜかまた小さくなってしまった。
俺のせいで人間になったのは分かっている。無鉄砲で向こう見ずなところは昔からの悪癖だが、少し嬉しさもあった。
俺が竜が戻れるかは分からないが、お互いがなんであろうと今も昔もウェネは俺の妹であることに変わりはないのだ。
そう考えると、自分が人だとか竜だとかどうでも良くなってくるな。そういえば、昔そんな事を言ってた奴がいたような……あれは確か……。
「……リュコス……か?」
街の北側の方から、何か懐かしい波長を感じた。
あれはまさか……。
だが、その波長は一度きりでその後は感じられなくなった。気のせいだろうか?
こうして俺はつらつらとこれからの事、これまでの事を考えながら、朝まで監視を続けていたのだった。
ーー俺は、この時点で思い出すべきだった。違和感をそのままにするべきではなかった。
エリーがどうやって人間には到達不可能と言われる俺の寝床までこれたのか。
そもそもどうやって俺を隷属し、人間に変えたのか。
もし俺がこの事について気付き、エリーに改めて問い質していれば。
あの惨劇は、防げたかもしれなかった。
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