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第4節【夜と人とあたしⅡ】

 

 鮮血が飛び散った。


 しかしそれはウェネの血ではなかった。 


 暗殺者がウェネへと短剣を振る少し前の、後ろからの声。


「危ない!」

 

 声の主は動けないウェネの小さな身体を引っ張り、抱き抱えた。

 そしてその背中に暗殺者の刃が襲ったのだった。


「ぐはっ!」

「ジャマスルナ!」


 ウェネを庇ったのは先程の兵士だった。ウェネが魔力を治癒能力に集中させた為、眠りの魔法の効果が切れたのだろう。


 纏っていた軽鎧を貫通し背中まで深く切られた兵士に暗殺者が再び剣を振り上げた。今度は兵士ごとウェネを突き刺そうと両手で持ち直している。

 

 だが、その隙にウェネが自分を覆う兵士を横に蹴飛ばした。迫る剣先を兵士とは反対側に転がって回避。

 その勢いのまま立ち上がった。ウェネの目が紅く光っている。


 その口元は弧を描き、犬歯が覗く。


「お前……あたしを殺して……その後誰を殺すって言った!?」


 ウェネから尋常でない魔力が吹き荒れる。ウェネにとってもはや腹の痛みさえ心地よかった。薄透明の闇がウェネを包み込んでいく。それは可視化できるまでの濃度に至った魔力。


「オマエラ、デキソコナイはスベテ、シマツスル! オマエのアニもな!」


 暗殺者が嘲笑いながら短剣をウェネに振るう。


「シネ!」


 ゆらりと振られた剣がウェネの首に迫る。


 ウェネは、迫りくる刃を無造作に掴んだ。

 魔力を纏ったウェネの右手に掴まれた短剣の刃がボロボロと朽ちていく。


「っ!?」

「あたしの前でお兄ちゃんを殺すと宣言するとは……良い度胸だなクソ猿!!」


 咄嗟に短剣を離し、その場から離れようとした暗殺者の右手をウェネの左手が掴む。


「お前の再生とあたしの破壊、どっちのが早いかな!? 生と死の狭間で悶え狂え! 【瓦解する壊死人形】」


 邪悪に笑うウェネの左手から魔法が発動される。


「ヤメロ! ヤメロ! アアアアアア!!」


 暗殺者が膝をついた。右手の先からボロボロと朽ちていくが、竜血兵の持つ再生能力により、朽ちていった部分が再生する。しかしすぐにまた壊死が始まっていく。それが全身に発現し、全身が再生と壊死を繰り返していく。


 想像を絶する痛みを暗殺者を襲う。


「ヤメロ! オレはマダシニタク……アアアアアア!!」


 頭部を潰されても平気だったはず暗殺者が痛みで悶え苦しむ。

 地面に手を付いた途端、手が潰れた。

 

「クソ! クソ! オマエもオレもオナジハズナノニ!」

「あんたみたいなクソキモいのとあたしは違う!」

「イッショダ! オマエもオレもオナジ、デキ……ソコ……ナイ……」

「違う!」


 ウェネの叫びにしかし暗殺者は答える事は出来なかった。ウェネの魔力に負け、その身体は既にぐずぐずの腐った肉の塊になっていた。


 それを無言で見下ろしていたウェネ。その顔には悲痛そうな表情が浮かぶ。

 ウェネは自分を庇い、背中を切られた兵士へと歩み寄る。


 兵士はまだ意識があるようだった。

 ウェネは兵士に問うた。


「なぜ、庇った人間」

「うううう……君、無事か……? あの男は?」

「死んだ」

「そうか……悪いけど……誰か呼んでくれな……」


 兵士は最後まで言い切ることなく、意識を失った。

 

 ようやく騒ぎを聞きつけたのか、遠くから篝火をもった兵士がこちらに向かって来ているのが見えた。

 ウェネは、兵士に何かをポツリとつぶやく、街の方へと跳躍。闇夜へと消えていった。


 ウェネは人間が嫌いだった。だが、今の自分は竜ではなく人間だ。兄には竜は何になろうと竜なのだと言ったが……竜の力があろうと私は人間なのだ。

 ウェネの脳内で自分にサンドイッチをくれ、庇ってくれた兵士の顔と先程のあの歪な暗殺者の顔が交互に浮かんでは消えた。


 結局自分はあの兵士や暗殺者と何も変わらないのではないかという疑念を持った。


 あの自らを竜血兵と名乗った暗殺者は、人でありながら確かに竜の力を宿していた。異常な身体能力、再生能力、そして竜障壁。だけど、ウェネは認めたくなかった。竜があんな歪な生物と同じだとは決して思わない。


 ウェネが、竜だった時ならばきっと一蹴していただろう。しかし、今、人間となったウェネには暗殺者の言葉は重くのしかかったのだった。


 兄は自分はどう見ているのだろうか? ウェネは今、それが無性に気になった。


 遠い昔の事を思い出す。


 そもそも、自分や兄であるヴァリスといった上位竜や中位竜は繁殖をしない。下位竜は他の生物と同じだが、自分達は違うという。兄は、竜は星から生まれ星に還る存在だと教えてくれた。

 

 だけど、まだ生まれて間もないあたしをたまたま同種の闇竜で同じ色の鱗だからと、敵から守ってくれたのが兄だった。それからあたしは勝手に妹だと名乗り、兄を慕うようになった。


 そう、あたしが同じ竜で同じ黒曜石の鱗を持っていたから兄は守ってくれたのだ。


 ウェネは自分の腕を見た。女性なら誰もが羨むであろう綺麗な白肌だが、ウェネにはそれが酷く醜く思えてきた。

 兄がいずれ竜に戻った時、今のあたしは妹でいられるのだろうか?


 答えは出なかった。

 

「お兄ちゃん……」


 ウェネの呟きが夜に静かに溶けた。


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