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第2節【それぞれの夜】


 長い長い会議が終わった。


 既に夜になっており、俺達三人は宿屋に向かっていた。ガルディンが今夜は館に泊まっていけと言ったので、置いてきた荷物を取りにいく途中だ。


「確かダンリが偵察に行かせている戦教師の話だと、辺境軍がラジェドに着くのは二日後だったな」

「そうね。規模が不明とはいえ、早すぎるわ。今の辺境軍の最大拠点はここから北上したところにあるエルレースの街なのだけど、そこから来るにしても、二日だなんて……準備も何もできないでしょうし、本当の強行軍だわ。まるで気まぐれに動かしているみたい」

「エリーよ。先程の会議では口を出さなかったが、今から俺とウェネの二人でその辺境軍とやらの所にいって殲滅させてきても良いのだぞ?」

「わーい殲滅絶滅大虐殺ぅ」


 (ふし)を付けて物騒な事を歌うウェネをよそにエリーは少し思案していた。


「……確かにそうすればこのラジェドの街は無傷で終わるわ。でもそれじゃあ駄目なの」

「そうなのか? 一番楽かつ被害が出ない」

「ヴァリス。私はね、最低な事を考えているの。罵ってくれても構わない」

「ばーかばーか」


 俺はウェネの頭をはたいた。エリーは気にせず、ただ前を向きながら言葉を続けた。


「私は、この街を王国から独立させる。ガルディンとダンリの援助を得て、反乱組織の長として打倒フォンセ王国の旗を掲げるの。でもこの街の住民は、どうかしら? もしヴァリス達が辺境軍を全滅させてしまえば、彼ら住人は辺境軍に、それを命令した王に不満を抱くと思う? 私がいくら反王政を訴えても響くかしら」


 なるほど。つまりこうだ。


「辺境軍には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてあわよくば、少し街に被害を与えて欲しい。そうすれば、ここの住民もきっとエリーに続くだろう。なんせ実際に目の前に来て被害も与えられたのだ。王も辺境軍も恨むだろうな」

「そう。私は、横暴な王の一方的な暴力を食らったこの街の救世主になる。そして反乱の旗を掲げる。王は間違っていると、我々は立ち上がるべきだと訴える」

「反王政の人たちがこの街に集まっているんでしょー? まあそういう噂をそいつらに流させれば、民衆なんて簡単に動くんじゃない」

「へえウェネも随分と人間社会に詳しいのね」


 会話に割り込んできたウェネにエリーが答えた。


「私は人間のそういう薄汚くて下衆なところは好きだからね。誇りも矜持もない外道なところ。そういう奴ほど死ぬ時に良い悲鳴を上げるんだよ」

「私は碌な死に方しないでしょうね」

「あんたはあたしがきっちり殺すからそこは心配しなくていいよ」


 ウェネが目を合わせずそう言い切った。本気ではなさそうだが、分からない。


「後二日。実際準備に使えるのは明日一日ね。防御は最低限にするわ。住民にはガルディンの館を中心にした地区に避難してもらうわ。ダンリ達聖狼教会とガルディンの兵士には住民を守ってもらう。今もその打ち合わせを続けている」

「それで、我らは?」

「ウェネと聖狼教会の精鋭達には街に侵入()()()軍の撃破を。ヴァリス、貴方には外の軍の相手を頼みたいの」

「なるほど、確かに俺は街で味方と一緒に戦うのは苦手だ。文句はない」

「あたしもお兄ちゃんと一緒がいいなあ」

「ウェネには私の護衛もしてもらいたいの」


 ウェネが抗議すると、その目をエリーが真っ直ぐに見つめた。


「貴女の事は正直まだ信頼できない。でも、ヴァリスを外に出す以上、私は足手まといになる。だから貴女を信じて、私の護衛をして欲しいと思っているの」

「……敵の仕業に見せかけてあんた殺すかもよ?」

「私が死ねば、ヴァリスは竜に戻るのよ? ヴァリスから聞いたわ、貴女もう竜に戻れないのでしょ? そうなったら貴女はどうするつもり?」

「それ……は」


 エリーの言葉を受けて、ウェネは俯いた。その小さな身体が震えている。


「それは……嫌……そんなの嫌!」


 ウェネがそう叫び、跳躍。


「ウェネ!」


 俺が返すも遅く、ウェネは道沿いの家の屋根に飛び乗るとそのまま夜の闇へと消えていった。


「……酷い事を言った自覚はあるわ」

「そうか。ならいい。後で謝っておけ」

「うん」


 そもそもエリーが死ねばこの呪いが解けるかどうかは分からない。おそらくウェネを暴走させない為にそう言ったのだろうが……。

 

 その後俺達は無言で宿屋まで歩いた。




☆☆☆



 宿屋に着くと、一階の酒場が大いに盛りがっていた。見ると、兵士や聖狼教会の信者達が酒盛りをしていた。


「!! 来たぞ!! 黒竜騎士団の団長だ!」

「あれが! レイスを一太刀で倒したという!」

「凄いぜ、黒竜騎士に相応しい一撃を俺は見た!」

「見た目はただの少女なのに……やるなあ」


 なぜかエリーと俺が注目を浴びていた。


「え? 何?」


 次々とやってくる兵士や信者に言われるがままに椅子に座らされたエリー。


「いやあ門では本当に助かった! あんたと護衛のおかげでまだ生きてる!」

「検問の時はすまなかったな。老公に確認したら間違いなかったよ黒竜騎士殿」


 見ると、顔を赤らめた兵士二人がエリーに感謝していた。あれは、確か門にいた兵士。ログダにダラスだったか?


「貴方達無事だったのね」

「おかげさまでね」

「本当に礼をいう」


 エリーが少し困惑している。どうやら嘘で言った黒竜騎士団というが信じられているらしい。ウェネに撃ったあの一撃がそれに拍車をかけているようだ。


「さあ我らが救世主、黒竜騎士団に乾杯だ!」

「乾杯!!」


 こうして次々運ばれてくる酒を断れず、俺とエリーは乾杯攻めを食らった。


「しかし護衛のあんちゃんも凄いぜ! あんな魔法見た事ないぜ!」

「なんかちっこい子もいなかった? 中位竜を叩き落としたのを見たの」


 結構の酒量を飲んでいるが、エリーは酔った様子はなく、これ幸いとばかりに兵士達や信者に愛想を振る舞っていた。流石は元お姫様といったところか。


「なあ……あんたらはさ、やっぱり現国王に反発してここに来たんだよな?」

「おい! 酒の席でその話はよせ!」


 酔った兵士がそう俺に話し掛けてきた。俺はエリーに目線を送った。エリーが頷く。


「いや、良い。良い機会だ。聞くが良い! 我が黒竜騎士団、団長【竜血姫(ドラクル)】エリーの御言葉を!!」


 俺は立ち上がり、そう酒場中に聞こえるように声を張り上げた。

 そしてエリーに向けて親指を立てた。こういうことのはずだ!


 しかしなぜかエリーは椅子から落ちそうな勢いでずっこけていた。そして目に手を当てていた。


 ん? 何か間違えたか?

 エリーは、複雑そうな表情を浮かべ、ため息をつくと立ち上がった。


「……き、聞きなさい! 我ら黒竜騎士団は諸君らを救いに来た!」

「おお!」

「【亡風竜】も王直属騎士も尖兵に過ぎない! 王はこの街に辺境軍を進軍させている!」

「うそだろ……」


 酒場が一瞬静かになると次の瞬間に爆発するように皆が喋り始めた。


「まさか……老公がクーデターを?」

「いやそれは嘘のはずだ!」

「おい、やべえんじゃねえか!?」

「ここが辺境軍の拠点になるって噂だから移動させてるだけじゃねえか?」

「いや、俺の友人の戦教師も言ってたぞ。ここが戦場になるって」

「神託があったとかなんとか聞いたな」

「戦争?」


 一段落ついたところでエリーが再び声を張り上げる。その瞳はうっすらと赤みを増している。

 その声に微量の魔力が乗っていることにエリーは気付いているのだろうか?


「聞け! 王は、何の理由もなくこの街を支配しようと進軍させている! そしてここから竜息地を攻めるそうだ! 竜達の怒りが真っ先に向けられるのは何処だ! ただ竜息地に近いというだけで竜騎兵の街にされ、挙げ句の果てにはこの街は竜との戦争の最前線に立たされるのだ!」


 エリーの言葉に再び酒場は熱狂する


「馬鹿な! そんな事許されるか!」

「そもそも竜の領域の目の前で竜を隷属させる事自体が自殺行為だ!」

「聖狼教として竜の隷属は許せん!」

「でもよお竜は便利だぜ……」

「んだとおお?」

「やんのかああ?」


 乱闘騒ぎも起きはじめていた。竜騎兵と信者が揉み合っている。

 

 気にせずエリーが叫ぶ。その目は紅い。


「もう一度言う! 我ら黒竜騎士団は諸君らを、この街を救いに来た! だが、我らだけでは辺境軍は倒せない。だからーー力を貸して欲しい!」


 そう言ってエリーは頭を下げた。


「うおおおおおお俺はやるぞおおおお」

「俺もだ! 王の横暴を許すな!」

「あの薄気味悪い王が元々嫌いだ! 参戦するぜ!」

「俺も黒竜騎士団に入るぞ!」


 酒場はエリーによって、熱狂の渦と化していた。


「私はこれより、再びガルディン殿とダンリ殿と会議を行う! だが諸君らの勇気と熱意、しかと受けとめた! 反旗の下に皆がまた集う事を信じている!」

「黒竜騎士団万歳!」

「【竜血姫(ドラクル)】万歳!」

「エリー様万歳!」

 

 俺は、エリーが皆を煽っているうちに宿屋の主人に俺達の荷物をまとめさせた。それを受け取り、礼と少しばかりの謝礼を渡した。エリーにそうしろと言われたからだが。


 主人は泣きそうになりながらうんうんと頷いていた。


 こうして、俺とエリーは熱狂的な集団に見守られながら外に出た。初夏だが、酒場の中が熱気で暑かったせいか外は涼しく感じた。


 裏に回り、ロシュとバルトを連れてきて、それぞの竜に乗った。


「煽るのが上手いな」

「はあ……まあ結果的には良かったけど……あんたねえ……」


 なぜかため息を付くエリー。

 

 エリーが大通りを竜の背に揺られゆっくりと進む。

 通りに響くのは竜の爪が石畳を蹴る音のみ。

 静かな夜だ。エリーがゆっくりと口を開いた。 

 

「まあ想定していたとはいえ、いくらなんでも色々動きすぎね」

「半分は俺のせいで、残りはエリーのせいだな」

「そうなんだけどね。さっきの酒場の人達。多分何人かは死ぬかもしれない。私が煽ったせいで」

「そうだろうな」

「……覚悟、本当にあるのかな私」


 エリーの言葉が夜風に吹かれて流された。俺はなんだかもやもやとした感情をどう表現したらいいか分からず、無言だった。


 言葉で伝えると言うのは中々に難しい。


「綺麗事を言うつもりはないわ。父を正気に戻すまでは、死ねない。その為ならなんでもするし、全てを背負う」

「正気に戻らなかったらどうする?」

「……その時は討つ」

「そうか」


 ロシュが心配そうにエリーの顔を覗く。エリーは笑顔でロシュの頭を撫でた。その笑顔や仕草に何かが疼く。

 それが何なのか、俺には分からない。


「ヴァリス、二日後貴方は沢山の人を殺す事になる」

「ああ。エリーがそう望むのならな」

「そうね……」

「まだ時間はある。ゆっくり考えると良い。俺はエリーに従う」

「ありがとう」


 涼しい夜の匂いとガス灯のぼんやりとした明かり。奥の方から竜の走る音が聞こえてくる。

 俺達の前方から兵士集団がやってきた。それぞれが竜に乗っており、急いでいるのかこちらに脇目も触れず通り過ぎようとする。 


「おい、非常呼集本当か? 壁の方集合だよな?」

「まさかもう来たのか?」

「いや、そうでもらしい。とにかく急ぐぞ」


 すれ違いざまに聞こえた会話。

 俺とエリーは振り返った。


「何かしら?」

「分からん。急いだ方が良いかもしれんな」

「そうね」


 俺とエリーは竜のスピードを上げ、ガルディンの館へと駆けていった。


 少しだけ、ウェネの事が心配だった。



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