第1節【反乱の狼煙を上げろ】
ガルディンの私室。
俺達三人が到着した時には先客がいた。
「ガルディン! どういう事だ! なぜだ! なぜ私がいるのに王は攻めて来る!?」
喚き散らしながらガルディンに食って掛かっているのは……レゾンだった。
「落ち着けレゾン公。その情報は確かなのか? 貴公がこの街にいることは王も知っておるはずだ。辺境軍統括幕僚長なる貴公抜きで軍を動かすとは思えん」
「そうだ……私がいるのに……そんなことが……」
エリーが開けっぱなしのドアをコンコンとノックした。
「その話だけど、私も混ぜてもらえるかしら」
エリーの声に両者が振り返る。
「おお。エリー起きたか。無事で何よりだ」
「お前は……お前は!」
レゾン公が怒りの表情のままこちらへと向かってくる。
俺は、エリーの前に進みレゾンの前に立ち塞がった。
「こんにちは。レゾン公。改めて自己紹介させてもらうわ。エリーゼ・ティラリスよ。【竜血姫】と言った方が早いかしら?」
エリーが前に出て、にこやかに手を差し出した。
「お前だ……お前のせいだ……お前のせいで国も王も私も!」
エリーを襲おうとするレゾンの手を俺は素早く掴む。横にいたウェネが足払いをかけた。
簡単に床に倒されたレゾンにエリーはそれでも手を差し伸べた。
「ええ貴方の言う通り。全ては私のせい。でも貴方が、王に見捨てられたのは事実。それでも王に忠誠を誓うというのなら……この街を出るなり何なり好きにしなさい」
エリーの手を、レゾンはしばらく見つめたが、やがてそれを無視して一人で起き上がった。
そしてエリーと俺達を睨みつけた。その目には暗い炎が宿っている。
「【竜血姫】、私が、辺境軍統括幕僚長の私が! 王に見捨てられるはずなどないのだ! お前の首を持っていけば王も考え直すだろうさ」
「そう、安くはない首よ」
「ほざけ小娘! それにガルディン! 貴様もこの街も終わりだ! せいぜい足掻く事だな!」
レゾンはそう怒鳴ると、足早に部屋から出ていった。おお、あれが小物というやつか。ふむふむ勉強になるな。
「お兄ちゃん! “せいぜい足掻く事だな”は中々に良いセリフだね! 今度あたしも使おっと」
「うむ、中々の小物っぷり。惜しい奴をなくした」
「勝手に殺さないの……二重の意味で……」
うきうきしていた俺とウェネがエリーにたしなめられた。
「エリー。一体何が起こっている。レゾンのやつの慌てぶり、そして君の発言から推測するに、王が軍を派遣したというのは……」
ガルディンが険しい表情を崩さない。
「聖狼教会の支部長からの情報とレゾン公の慌てぶり、両方合わせれば、軍の派遣はほぼ真実だと断定しても良さそう」
「そうか……まあ座れ。長くなりそうだ。ダンリも呼ぶべきだな。もはや奴も他人事ではないだろう」
「ええそうね」
ガルディンが使いを聖狼教会に走らせると、応接用の椅子に座り、エリーがその対面に腰を下ろした。
俺とウェネはエリーの後ろに立ったままだ。もはや何が起こるか分からない。油断はないようにしたい。
「エリー。君を責めるわけではないが、全ては君が来てから始まった」
「ええそうね。おそらく父上が軍を派遣したのは、私のせい。イゼスに私を消させようとしたみたいだけど失敗したのに腹を立てて、送り付けてきたのでしょう。中位竜が来たのは偶然と呼ぶには出来すぎているわね」
まあそれはウェネ、まわりまわって俺のせいなのだがな。
「エリー。君の目的を儂に聞かせてくれ」
ガルディンの重い言葉が響く。
エリーの肩が強張るのが分かる。だが、ここで臆しては、何も始まらない。
「私は父上のやり方、フォンセ王国のあり方に疑問を抱いた。竜を隷属化し、支配を広げ、ついに竜息地にまで手を出そうとしている。それは、第二次竜人戦争を起こしかねない行為だわ。だから私は城から抜け、とある竜を隷属化させようと旅に出たの」
「とある竜?」
「ええ。七曜龍の一体にして、たった一撃で国を闇に落とした災厄の王、闇帝龍ヴァラオスクロ=アビエスドラ」
「馬鹿な……アレは……伝説の存在にすぎぬ! おとぎ話だ!」
ガルディンよ、残念ながら貴様の目の前にいるぞ。
「そして私はその隷属化に成功した」
「まさか……」
「そういえば、真名は名乗っていなかったな。俺が闇帝龍ヴァラオスクロ=アビエスドラ。まあ長いのでヴァリスで良い。この隣の奴は俺の妹のウェネだ」
俺がそう紹介するが、ウェネは関心ないとばかりに、手をひらひらとさせるだけだった。
「なぜ……人の姿に……いや、上位竜は形態変化できるのだったな。しかし、なんというか」
ガルディンが俺を見て何か言い淀んでいた。
「……変な奴だとは思っていたが、伝え聞いた伝説とは随分と様子が違ってな……」
「まあそれは私も同意。でも良い意味でよ。隷属化してはいるけど、命令はほとんどしていないわ。自身の意志を持って私に協力してくれている。そうよね?」
エリーの全身が緊張しているように見えた。
ふむ。そこだな。最初は何となくの興味本位だったが、今は少し変わったように思う。エリーの感情に当てられすぎたのかもしれないな。
だから俺は正直に答えた。
「ああ。出来る限り協力する」
「私はお兄ちゃんに付き従うだけー」
俺とウェネがそう答えた。
エリーの肩から力が抜けるのが見えた。もう大丈夫だろう。
「そういう事。だからその力を持って、私は父上に反逆する。でも、ただそれだけじゃ駄目なの。この国を、お母さんが愛したこの国をまたあの頃に戻したいの。ガルディンなら分かるでしょ?」
エリーの声に、ガルディンが深く頷いた。
「分かっておる。儂も王には不満がある。王はおかしくなった。エリーだけのせいではない」
「ええ。おそらくだけど、他の思惑も動いてるはず。だっておかしい動きが多すぎるもの」
「儂は、この街が好きだ。この街を守りたい」
「ガルディン、軍に降伏して私を差し出す、という手もあるわ」
俺の立ち位置ではエリーの表情は見えないが、きっと彼女は挑発するような顔をしているに違いない。
まあもしガルディンがそうしようとすれば俺が阻むがな。既にエリーは俺という手札を切った。あとはガルディンがどう判断するかだ。
「儂が反乱を企てているという噂があってな。あれは全くのデタラメだ。おそらくレゾン辺りが流したのだろう。だが、そのせいか反王政の派閥がなぜかこの街で出来つつあるのだ。各地からそういった者達が流れてきていてな。レゾンの奴もそれには焦っただろう。儂を失脚させようとしたのに、逆効果になってしまったからな。しかもまさか自分がいるうちに攻められるとは思わなかっただろう」
「私はねガルディン。貴方と共にこの街で反乱軍を起こし、王都に攻め入るつもりだったの。ここの戦力と聖狼教会、そしてヴァリスの力。勝算は十分にあると思った」
エリーがゆっくりと語る、国崩しの内容。
「竜を隷属化させる事に反対している聖狼教会、そして集められた兵士。竜達は隷属化を解き、ヴァリスに説得してもらうつもりだった。同族を助けましょうって」
「甘い考えだな〜お姫様の夢物語みたい」
「ウェネ黙ってろ」
「はーい」
俺は茶化すウェネを諌めた。それにロシュやバルトの事を考えると、意外と協力する竜がいるかもしれない。
「それらの戦力とヴァリス。もちろんそれ以外に難題は山積みだけど、力はある。きっとこの国を崩せる」
「儂からすればかなり危険な賭けだ。おそらく首を縦には振らなかっただろうな」
「でも状況が変わった。貴方が望もうが望むまいが、王の軍との戦いになってしまう。軍に降伏して私を差し出すという唯一の方法も、ヴァリスとウェネという戦力の前では無意味」
自信に満ちたエリーの声。
そう、もはやガルディンは詰んでいる。エリーが来た時点で既に選択肢はないのだ。
「……まんまと儂は嵌められたわけだ。ふっ……フハハハハハハ!!」
ガルディンが豪快に笑った。
「あのエリーが、ここまで成長するとはな! 構わん、どうせ王には不満はある。理由もなく軍を動かした時点でもはや儂の王ではない! 良いだろうエリー、乗ってやろうその国崩しに!」
「ありがとう。そしてごめんなさい……」
「謝るな。いいかエリー。ここからは、尋常でない数の人が死ぬ。罪なき者同士が争い、そして死ぬのだ。嘆きと怨嗟の螺旋が儂、そして何より主導者であるエリー、君を襲うだろう。その覚悟はあるのか?」
ガルディンの重く響く声がエリーにのしかかる。
だが、エリーははっきりと答えた。
「放っておけば、もっと酷い惨劇が起こるわ。第二次竜人戦争なんて、起こさせはしない。その為なら、いくらでも血を、罪を、背負う覚悟はある」
エリーの覚悟の声。少し震えているが、上等だろう。
「ならば良い。さて次はダンリの奴の説得だ。奴は一筋縄でいかんぞ。なんせ聖狼教会は国中にある。国に敵対すれば、他の支部を危険に晒してしまう。それでも聖狼教会が動くかどうか」
「信じるしかないわ」
エリーがそう言うと、扉の方に気配。
見ると、そこにはダンリが立っていた。
「やれやれ。恩は返せるうちにと言ったが、まさかこんなに早くとはな……」
こうしてダンリが加わり、エリー、ガルディン、ダンリの三者で、長い長い会談が行われたのだった。
いよいよ本当の戦いが、戦争がはじまる。




