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幕間【王と魔女と聖狼竜】

 

 時は少し遡る。 


 フォンセ王国王都。


螺鈿(らでん)城】、玉座。


「……アレは生きているのか」

「どうやらイゼスは失敗したみたいよ。なんて無能な直属騎士……」

「しかし……どうやって生き延びた……奴は直属騎士の中でもかなりの強者……アレに負けるとは思えぬ……」

「どうしてかしら……クスクスクス」


 乳白色を基調とした玉座の間。飾り気はなく、シンプルな装飾のみが施されたこの玉座の間だが、それが逆に気品を際立たせており、見るものを静かに圧倒させる。


 王に、余計な飾りはいらぬ。そういった職人の気概を感じさせる作りであるこの玉座の間に、二人の人物がいた。


 玉座に座るのはこの大陸一の大国、ファンセ王国の国王グレザオスクロ=フォンセ、通称グレザ王。


 知勇兼備の王だが、既にその目に光はなく、かつてあった小国、アルゼンバース公国を乗っ取り大陸一の大国へと成長させた強王の影すらなかった。グレザ王の顔は光の当たり方によって老人のようにも少年のようにも見えるが、竜だった頃の面影はない。


 そしてそのグレザ王に、横柄な態度で言葉を返したのは一人の美女だった。


 金色の瞳を猫のように輝かせ、蠱惑(こわく)的な笑顔を浮かべている。夜の帳のような綺麗な黒髪を背中に流し、胸元を大胆に開いた漆黒のドレスを着ていた。ドレスには星のように輝く砂粒の宝石が散りばめられている。


 頭には大きなトンガリ帽子を被っており、まさに古より伝わる魔女そのもの姿だった。


「奴は随分とアレに固執しておった……いずれ始末する予定だった」

「あら。だからイゼスには直属の部下を連れていく事を許さなかったのね。騎士団に偽装させた野盗なんて何の役に立ちやしないのに……」

「アレに手を出すのは許さん……」

「それで? 可愛い可愛い家出娘はどうするつもり? 今頃知り合いのおじさんのお家にでも隠れているかもしれないわ? 対価は身体かしら? クスクスクス……」


 少し小馬鹿にしたような響きを含ませた魔女の言葉に王が反応する。

 魔女が、王に近付く。それは、即座に首を刎ねられてもおかしくないほどの距離。

 だが、王は、すがるように手を伸ばした。


「駄目だ……それは駄目だ……アレは……俺とスカーレットの……」

「お、う、さ、ま。もう、【()()】も【竜因酒(ドラゴンカクテル)】も完成したのでしょ? あの小娘は用無しよ? 貴方には成すべき事がある。人と竜の共存する世界。亡きスカーレット妃の願いであり、混血である貴方の娘が生きていける世界」


 王の手を取り、魔女が王の耳元に囁く。

 それは矛盾を含んだ毒。だが、王はそれを拒否しなかった。


「人と……竜の……共存」

「そう……そのためには、まずあの娘を殺さないと……せっかく貴方が作った世界が、壊されてしまう」

「駄目だ……アレは殺さないと……あれは……」


 魔女が微笑む。


「ええ。アレはーー竜を(たぶら)かす魔性の女。生かしておけば、全てが()()()

「……許さぬ。殺せ。殺せ殺せ。手をもいで、皮を剥いで、丸呑みにせよ」

「ええ。もちろん。娘を匿っている老公も、街も、全て貴方の敵……潰しましょう」

「潰す。潰そう。軍だ。軍を派遣しろ」

「レゾン公はどうするのかしら……どうやら卵を盗むのが得意な蛇のようだけど……いけない子」

「殺せ……すべて殺せ……竜もだ。人も竜もそうでないものも全てだ」


 王の光なき目。その涎の垂れた口から憎悪のような言葉が吐かれた。


「もちろん……人も竜も……全て殺しましょう。人と竜で、竜と人を殺しましょう、竜でも人でもない者で、人でも竜でもない者を殺しましょう」

「ふははははは……竜狩りの魔女よ、我らには血が必要だ。竜の血が必要だ、ふははははははは」


 王はいつまでも、笑い続けた。

 魔女は笑わなかった。




☆☆☆




 ラジェドより北、五十キロメルトル付近。


「困りました……」


 無人の街道にポツンと佇む一人の女性がいた。


 腰まで届く長い月光のような銀髪、少し垂れ目気味なアメジストのような紫色の瞳。柔らかい印象を与えるその顔はまるで慈母のように美しかった。

 その美女は黒のシンプルな修道(シスター)服を動きやすく改良したような服を身に纏っていた。しかしサイズが合っていないのか、それとも本人の胸部が大きすぎるせいなのか、それはやけに扇情的な格好だった。

 

 首元には剣と牙を象ったペンダントをしているが、何より目を惹くのは、頭部に生えた犬のような耳と臀部より垂れ下がったふさふさの尻尾だろう。髪と同じ色の耳と尻尾が今は悲しそうに垂れ下がっている。


「馬車にでも乗せてもらおうと思ったのですが、まさか誰も通らないとは……反省です」


 街道は無人であり、誰も通る様子がない。それもそのはず、この街道は辺境都市ラジェドに通じているからだ。王命により、今朝から通行は禁止されており、もうまもなくすれば大軍勢がここを通る事になっている。


 そんな事はつゆ知らず、ため息を付く犬耳の美女はゆっくりと歩き始めた。


「出来れば騒ぎにならないようにと、この姿で来たのですが……これでは間に合いませんね」


 美女の歩みはやがて駆け足になり、そして疾走になった。

 光がまとわり付き、徐々に美女の身体が変化していく。

 

 その身体が変化すると共に巨大化していく。家程度のサイズでまで大きくなると巨大化が止まった。


 それは、狼と竜を足したような姿だった。


 先程の美女と同じ銀色の長い毛皮に覆われた四足竜。狼のような耳と毛皮を纏ってはいるが、長い尻尾と、手脚や顔は竜を思わせた。


 その姿は聖狼教会の信仰する、聖狼竜リュイカリス・シフレルプスそのものだった。

 

 光を纏い、疾走する聖狼竜の声が響く。


「ラジェドへと急がないと……世界が、終わってしまいます」


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― 新着の感想 ―
[良い点] いかにもな黒幕、登場。
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