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第1節【闇帝龍と竜血姫】

 


 懐かしい夢を見た気がする。細部まで思い出せるのに、なぜか欠落があるように感じた。

 

 過去、竜と人との間で起こった戦争に渋々参加した時、俺様は手痛い反撃を受けた。致命傷に成り得た、首への一撃。どうやら自身の命の危機に対して、直前に制限して放った魔力の余り分が暴走、それが干渉しあの光の一撃の威力を弱めたようだ。


 それでもあの一撃は俺様を寝床まで撤退させるには十分な傷を与えた。だから俺様は傷を癒す為眠りについたのだった。

 

 しかし目覚めるとーー俺様は人間になっていた。


 一体どういうことだ?


 辺りを見渡す。暗闇の中、そこはいつもと変わらない俺様の寝床である殺風景な洞穴。

 城ほどの大きさの竜である俺様が丸まって入るのに丁度良い広さだったはずである。


 しかし、記憶より随分と広くなっているように感じた。広すぎると落ち着かないので多少窮屈な大きさの洞穴にしたのだが。横にあったはずの小さな水飲み場が消えて、大きな湖になっているもおかしい。

 

 「どれ、確かめてみるか。【闇創想(ダーククリエイション)】」


 俺様は魔法を使い、鏡を出現させた。

 竜だった時はほとんど使う事はなかったが、こういう時には便利な魔法かもしれないな。


 鏡を覗く。


 そこには、真っ裸の一人の青年が立っていた。人間基準で言えば、背の高い方だろう。

 ぼさぼさの黒髪の下に端正な顔立ち。眠そうな紅い瞳と縦長の瞳孔だけが竜だった時の名残だろうか。

 その人物が、俺様と同じように動く。


 妹曰く、【この世界で最も美しく強さみなぎる完璧な竜】、と言われた俺様の姿では決してない。なぜだ……。どうなっている? 


 鏡に映る寝ぼけた顔はマヌケそうだ。長らく寝ていたせいかイマイチ頭が回らない。


「……どうみてもやはり人間になってるな」


 何より気になるのは右側の首と肩の境い目辺りに切ったような傷跡と小さな穴が二つ空いていた。既に傷口はふさがっているが、そこから微かな違和感を覚えた。


 こんな傷があった覚えはない。いやそうか、この切り傷はあの戦争の時の傷か。しかしこの小さな穴は何だ? まるで何かに噛みつかれた痕のような……。


「人間化したのはこれが原因か?」


 何度か傷跡をさするが、よく分からない。さてどうしたもんか。

 どうにも思考速度が上がらない。しかし、今の状況が非常にまずい事はなんとなく分かった。

 

「……ふあぁぁ……力を吸いすぎたせいか、寝ちゃってた……」


 俺が途方にくれていると、後ろからの寝ぼけた声に聞こえた。

 

 振り返ると、そこには一人の少女が寝た状態から身体を起こし、座っていた。


 人間で言えば十五歳程度だろうか? 胸まで届く燃えるような赤い髪に、幼なさを残しつつも人離れした整った顔立ち。寝ぼけまなこな青い瞳には何処か親近感を抱かせる光が宿っている。


 俺はその瞳に妙に惹かれた。


 全体的に細い身体であり、胸部も年相応といったところだろうか? 軽鎧を身にまとい、腰には短剣を差している。すらりと伸びた足は関節以外は無防備に晒されており、白い太腿が眩しい。

 

 寝癖のついた赤髪を気にしつつ、目を擦るその少女が呟いた。


「まさか、あんなに力を使わされるなんて聞いてないわ……アイツ今度会ったら文句言ってやる」


 どうやらこちらに気が付いていないようだ。


 よし、とりあえず軽く話しかけてみるか。何、人界を魔法で散々覗き見していたおかげで、人間の会話の作法ぐらいは分かる。


 そういえばちゃんと人間と喋るのは初めての経験だ。ーーいや本当にそうなのか? 何か頭にモヤがかかったような感覚。まあいい寝起きのせいだろう。


 うむ、なんだか緊張したきたぞ。


「貴様! 何処から侵入した? ここは俺様の寝床、人間如きが入って良い場所ではない!」

「……誰?……ふあぁ」


 よし、ちゃんと会話が成り立っているぞ。この少女は人間にしては理解力があるようだ!


 誰と聞かれたので俺様はあくびをするその少女の疑問に答えてやった。

 全裸で仁王立ちである。手を腰に当てて、胸を張り、堂々とした姿で俺様は宣言した。


「誰だと? ふむ良いだろう、聞くが良い! 俺様は、七曜龍にして最強の闇帝――」


 俺様の声に少女はようやくこちらに気付き、視線を向けた。


「……!!」


 少女は真っ裸の俺様をまじまじと見つめると、顔がみるみる真っ赤になっていき、そして――


「ぎゃあああああああああああああああ!! ヘンタイ!!」


 少女の悲鳴が洞窟内に響いた。


 全く、やはり人間は愚かであったか。俺様に向ってヘンタイとは何事だ? ヘンタイとは確か侮辱の言葉ではなかったか?


「へ、ヘンタイ!!」

「貴様、ヘンタイとは失礼な」


 俺様は裸のまま少女に近付く。そこに俺様は何の疑問も持たなかった。なんせ竜は常に裸だからな。


「“近づくな”あああああ!! “服着ろ”ぉおおおおおおお!!」


 少女の叫びが耳に届いた瞬間に、強制的に足が止まる。

 馬鹿な!? 強制魔法など俺様に効くわけがないはず! だが、俺様の足はまるで地面に根をはやしたように動かなくなった。

 

 そしてすぐに今まで感じたことの無い魔力のうねりを体内に感じた。


「なんだこれは!?」


 【闇創想(ダーククリエイション)】の魔法が俺様の意志と無関係に勝手に発動され、足元に精製された闇が俺様の全身を包み込んだ。


 闇は、服に変わり俺を包み込む。


 姿見を見ると貴族のような服装を着た俺様が立っていた。

 おーこれが衣服という奴か。興味深いな……いやそうじゃないだろ俺様!


「はあ……はあ……なに、どういうこと……あんた誰……?」


 目を手で隠していた少女が、指を開きその間からこちらを覗いていた。

 それは俺様が聞きたい! 魔法が勝手に発動するなどありえん!


「そういう貴様こそ誰だ! ここは俺様の寝床だぞ? 夜這い……するにしては貧相な身体だが」

「ひ、貧相!? 殺す!」


 いきなり怒りだした少女が短剣を抜き、こちらに迫る。その目はなぜか青から紅に変色しており、さらに俺様と同じ竜種のように瞳孔が縦長になっている。まさかこの少女は……。


 両手で短剣を構えて突こうとする少女の短剣を掴む。多少の戦闘訓練をしているような動きだが、所詮は人間の小娘。たとえ不慣れな人間の身体であっても、動きを見極め刃を掴むなど俺様には容易いことだ。


「愚かな。このような短剣で俺様が傷付けられるとでも――痛っ!?」


 手に激痛が走り、思わず、短剣を離す。そういえばもう竜ではないので鱗もないのか。更によく見ると短剣の刃に無数の光の線が浮かんでおり、微量の魔力を放っていた。手の平を見ると、傷が出来ており血が出ている。

 

 しかしすぐに傷がふさがりはじめた。どうやら人間になっても竜の治癒能力は健在なようだ。


 少女は自由になった短剣を一旦引き、再びこちらの心臓へと突きを繰り出してきた。

 今度は、刃を掴まず少女の手首を掴む。そのままその手を上へと上げた。


 万歳のような格好になった少女がもがく。思いっきり股間を狙って蹴ってこようとするので、密着してそれを防ぐ。少女の髪の甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「落ち着け」

「この! “離せ”!」


 少女の言葉にまた身体が勝手に反応して、手が少女を離す。いったいどういう事だこれは?


「……今見えた、首の傷……あんた、もしかして」


 俺様から一旦離れた少女が訝しげにこちらを観察する。首の傷? どうやら今密着した際に首の傷が見えたようだ。


「あんた……もしかして闇帝龍」

「そうだと最初に言っただろう」

「……なんでそんな姿に」

「知らぬ。起きたらこうなっていた」

「……“座りなさい”」


 少女の声に反応するように俺様はぺたりと地面に座ってしまった。

 これは、明らかに強制魔法だ。しかし魔法耐性の高い竜、しかもその最上位種である俺様にそんなものが効くはずがないのだ。


 だが、さっきから俺様はこの少女の言葉に逆らえない。俺様がーー本気を出せば大陸が消えるほどの力を持った俺様が、こんな小娘に支配されている? そんな事は絶対にあり得ない!


 怒りが俺様の中で徐々に高まってくるのが分かった。それは随分と久しぶりな感情だった。

 良いだろう、小娘。俺様が相手してやろう! 


「……“手を上げろ”」


 しかし俺様の意志と無関係に、俺様の両手が宙に上がった。それを見た少女の表情が疑惑から確信に変わった。

 

 そしてようやく少女の顔に笑みがこぼれた。整った歯並びの中に鋭く尖った犬歯が見える。


 その満面の笑みは、俺様の怒りをどこかに吹き飛ばすには、十分な威力を持った笑顔だった。


「!! やった!! やっぱり効いてる! なんで人間になったか分かんないけど!!」


 少女が嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねていた。あー人間の雌もこうやって見ると可愛らしい。アイツとは随分と違う。……いや待て、アイツとは……誰だ? 頭に霞みがかかる。

 

 いや、そんな些細な事よりも、俺様が人間になったのも命令に逆らえないものこの少女の仕業か?


「貴様、俺様に何をした」


 俺様の言葉に、我を取り戻した少女が顔を少し赤らめた。はしゃいでいたのを見られたのが恥ずかしいのだろうか。

 コホンと咳をし、仕切り直すと少女が朗々と宣言した。 


「私の名はエリーゼ=フォンセ。あんたの御主人様よ、“覚えておきなさい”。そしてあんたは私の下僕で従者」

「下僕とはどういう事だ。七曜龍の一体にして闇属性最強の闇帝龍、俺様ことヴァラオスクロ=アビエスドラが貴様如きの小娘に仕え――」

「“黙れ”」

「……!……!」

「名前も覚えられないの? 小娘じゃなく、エリーと呼びなさい」


 これが俺様とエリー、いや【竜血姫(ドラクル)】との初めての出会いだった。

 初対面でヘンタイ扱いとは甚だ不愉快である。


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