第12節【ライズ・マイ・フラッグ】
ダンリの部屋から俺がエリーのところに戻ろうとすると、エリーのいた辺りがやけに騒がしい。
「なななななななんであんたが!!!!」
「うるさいなあ……ぶち殺……は駄目だから半殺しにするよ?」
「ヴァリス! なんでいないの!?」
見ればエリーは意識を取り戻しており、隣に座っていたウェネと仲良くしているようだ。良かったよかった。
「どうやら起きたようだなエリー」
俺が声をかけると、エリーが脱兎のごとく俺の背に回り込んだ。
「馬鹿ヴァリス! なんであいつがいるのよ!」
「ねえお兄ちゃんはそんなうるさくて頭悪そうな女が好みなの?」
「なっ!? 誰が頭悪そうよ!」
「その発言が既に頭悪そ〜」
「ウェネ、やめろ。うむ、エリーが気絶している間に色々あったのだ」
俺が、事のあらましをエリーに説明すると、エリーが何とも複雑な表情を浮かべていた。
「待って……整理させて。つまりあんたの妹は人間になって私の仲間になったところに中位竜が襲ってきたけどそれを二人で撃退して、その結果聖狼教会の支部長に呼び出された。さらに辺境軍がここに攻めてくる」
「大体合っている。人間の世界は目まぐるしく動くのだな」
「動きすぎよ……」
呆れたようなエリーの声。俺は楽しいから良いのだが。
ウェネが、俺の背中から顔だけを出しているエリーを睨み付けた。
「言っとくけどあたしは仲間になったつもりはないから。お兄ちゃんに付いていくだけ」
「……ねえヴァリス、こいつ本当に大丈夫? いきなり襲ってきたりとか街を廃墟にしたりとかしない?」
「大丈夫だ。俺もいる」
「だから余計に心配なのよ……」
エリーが盛大にため息をつきながら背中から出てきた。諦めの表情を浮かべている。
「前向きに考えるわ……私はエリーゼ・ティラリス。ヴァリスの主人よ。エリーと呼んで。それと仲間になるからには私に従ってもらうわ」
「はいはいそういう設定でしょ。あたしはお兄ちゃんに従うだけ。それは絶対だから。多分」
「設定? まあいいわ。ヴァリスちゃんと妹の面倒見なさいよ。それで貴女の事はなんて呼んだらいいの?」
エリーがウェネに手を差出した。ウェネが嫌そうな顔をするが俺が催促すると渋々その手を握った。
「なんでもいいよ。ウェネでもウェネーヌでもなんでも」
「ではヴァリスに合わせてウェネと呼ぶわ。よろしくねウェネ」
エリーがにこやかにそう答えた。ウェネは不貞腐れてそっぽを向いている。
ふむ。しかし意外だったな。
正直を言うともう少し揉めると思っていたのだが。
「エリーの中にはお兄ちゃんの尊い魔力が流れているから。それがなければとっくに殺してるよ。どうやったか分かんないけどお兄ちゃんに感謝することね」
「そうね。でも、あの力が一体何だったのかしら……私無我夢中で……」
「俺の魔力が、血を媒体に移ったのかもしれんが……分からんな」
あのミーシャという女なら何か分かるかもしれないが……。
「とにかく、すぐにガルディンの所に行きましょう。それにレゾン公とも会わないと」
「あの蛇みたいな奴とか?」
レゾン公。確か辺境軍統括幕僚長だったか?
「そう。おかしな話なのよ。辺境軍を指揮する立場のレゾン公がいる街に、彼抜きで軍を派遣しているって事でしょ? 何が起きているか話を聞かないと」
「そのレゾンとかいうやつも見捨てられたんでしょー多分」
「……分からない。おそらく父上の命令なんだろうけど……」
「とにかくガルディンの館にいくか」
俺達三人が聖狼教会を出ようとするとダンリが挨拶をしてきた。
「起きたみたいだなお嬢ちゃん」
「エリーよ。ヴァリスが失礼したみたいで」
「気にするな。あんたらには感謝しているのは本当だ。願わくばずっとそうでありたいね」
「貴方達聖狼教会を敵に回すほど私は愚かではないわ」
「ならいいんだ。いつでも来るがいい。恩は返せる時に返せというのがうちの教えだ」
そうするとダンリが、胸の前で八の字のような、角張った砂時計を横にしたようなサインを手で切った。四画でなぞれるので確か、四獣十字とか呼ばれていたような記憶がある。
「あんた達に剣と狼の祝福を」
「ありがとう」
俺達は聖狼教会を出るとまっすぐガルディンの館へと向かった。
「ねー結局エリーはさーどうしたいのー。お兄ちゃんの説明も崩すとかなんとかで良く分かんなかった」
足早に大通りを過ぎながらウェネがそうエリーに聞いた。
「そうね。正直言えば、辺境軍がこちらに来ているのなら……都合が良い」
「なんで?」
「私は、今の父上のやり方に疑問を持っている。特に最近はめちゃくちゃよ。竜息地を攻め入るだなんて……正気を疑う」
「なにそれ! え? 人間が攻めてくるの?」
ウェネが嬉しそうに飛び跳ねた。その顔には、見る者をぞっとさせるような可愛らしい笑みを浮かべていた。
「殺し放題じゃん」
「……そうね、その通りよ。現実にそれが起きれば沢山の人が死ぬ。だから、ガルディンも聖狼教会も父上の行動に疑問を持っている。この街は竜と兵がたくさんいて、なおかつ竜息地に近い」
エリーがまっすぐ前を向きながら、語る。
「私はガルディンを説得し、聖狼教会を、そして竜を味方に付け、この街でーー父上に、フォンセ王国に、反旗を翻す」
「あははははははは! エリーあんた本当馬鹿でしょ!!」
ウェネが声高々に笑う。だがその笑いに、侮蔑はなくむしろ賞賛のような気持ちが込められているように思えた。
「いくらでも笑ってもいいわ。でも本気よ」
「あー、お腹痛い。お兄ちゃんが入れ込むのも分かった気がする」
「? 俺が入れ込む?」
「エリーには分かんないんだろうけどね。強いってのは、とてもつまらないの。最初は雑魚を嬲って楽しんでいたけどそれにもいつか飽きる。だからね。まるで弱者のようなそのやり方がとてもとても楽しそう」
ウェネの目が怪しく光る。ううむあれはかなり興奮している時のウェネの目だが……。まあ俺が見ていれば問題ないだろう。
だが、ウェネの言うことは俺には理解できた。俺がエリーについていく理由。
確かにきっかけは隷属の呪いなのかもしれない。
だが、今はもっと厄介な物に捕らわれている気がするのだ。
俺にはまだ、それの正体が分からない。この戦いの、人としての生き方の、その先に答えがあると信じている。
「竜を味方に付けるってのも傑作ね。お兄ちゃんとあたしは例外中の例外だということ覚えておいたほうが良いよ」
「分かっているわ。でも貴方達二人がいれば、勝てる。例え父上相手でも」
エリーが俺とウェネを交互に見ながら頷いた。その瞳には強い意志が浮かんでいる。
「あー俄然楽しくなってきたなあ」
ウェネが踊るようにくるくると回っている。
「ウェネ。遊びではないのだぞ?」
「蟻の巣を潰すのは遊びみたいなもんでしょ?」
「ウェネ、俺達はもう竜でなく人だ。それを忘れるな」
「人になろうが竜は竜だよ」
ウェネの言葉が重く刺さる。俺は……人なのだろうか、竜なのだろうか?
「さあ急ぎましょう」
エリーの声と友に大通りを抜け、ガルディンの館が見えてきた。館から騒がしい気配を感じる。
俺達は駆け足で館へと向かった。
それに俺にはずっと気になっている事がある。
エリーの父でありフォンセ王国の王。竜でありながら、人の国を治め、そして娘を捨てた王。
フォンセ王とは一体どのような人物なのだろうか。
少しでも気に入っていただけたらブクマ評価よろしくお願いします!それが励みになるんです!なにとぞ……なにとぞ……
感想もお気軽に!泣いて喜びます!1話毎に感想かけるらしいよ!試してみよう!
次節は明日投稿予定です!お楽しみに!




