第8節【死霊来たりて】
騒乱の大通りを駆け抜ける。通りを多数の住民が群がっている。
「襲撃? 竜か?」
「わからん! とにかく逃げた方がいい!」
「王都軍らしいぞ?」
「アンデッドの群れが攻めてきているらしい!」
「聖狼教会も動くぞこりゃあ!」
「稼ぎ時だな!」
商人達が素早く情報を交換しあっているが、どうにも情報に齟齬がある。かなりの混乱が起きているようだ。
俺とエリーは人混みを抜けていく。一瞬、何処からか殺気を感じたような気がしたが、攻撃される様子はなかった。
俺は気にせず駆け抜けた。そうこうしているうちに、大通りを抜け、南門が見えた。
「ヴァリス! あれは?」
「レイスだ! こんなところで出現するはずないのだが……」
エリーが指差す方向には、夥しい数のーー薄透明の骨に薄い布を纏い大鎌を持った死霊ーーレイスが城塞の周りを漂っていた。城塞の上の兵士にレイスが大鎌を振り上げた。兵士は必死にボウガンを撃っているが、物理攻撃が効かないレイスには無意味だ。無慈悲に振り下ろされた大鎌で真っ二つに切断された兵士が壁から落ちる。
「おそらく召喚者がいる!」
俺がエリーに叫びながら走る。前方に俺は目を凝らすと、壁の上で兵士達が必死に抵抗しているが、次々レイスの凶刃の前に倒れていく。
南門の手前に、緋色の弧炎が見えた。どうやら先に到着したガルディンが例の炎剣で対応しているようだ。
「死霊め! ええいまどろっこしいわ!」
ガルディンが叫びながら剣を振るっているところへ追い付いた。
流石老練の戦士だけあり、レイス相手に遅れを取っていない。
がしかし多勢に無勢だ。
「ガルディン! 無事か!?」
「ちっ! 館で大人しくしていろと言っていただろ!」
ガルディンが炎剣をレイスに振るいながら怒鳴る。
「助太刀する! 【黒撃衝】」
俺は、右手の指を大きく広げ、ガルディンの背後から襲おうとするレイスを薙ぎ払った。それぞれの指の軌跡をなぞるように闇色の衝撃波が発生。レイスが三体まとめて消滅する。
物理攻撃が効かない相手用の近接魔法なのだが、竜だった時はほぼ使う事がなかった魔法。案外使いやすいな。
「ガルディン! 魔法が使える兵士はいないのか!? レイス相手に槍や剣は無意味だ!」
「おれば苦労せぬわ! 最低限の兵士は残して残りは住民の避難と護衛にまわしておる! 援軍は聖狼教会に要請してあるが、奴らのことだ、住民の安全を優先させるだろう」
「レイスが街に出れば大惨事よ。ここで食い止めないと!」
ガルディンが援軍を頼んだという聖狼教会。聖狼竜リュコスを神として崇める聖狼教の信者の組織だったはずだが、戦力になるのか?
俺は闇色の爪を振るいながらそんな事を考えていると、エリーが俺の手を引っ張った。
「ヴァリス! 何とかできない!? この街は、私にとって必要なの!」
「分かっている! が、広範囲闇魔法は使えないぞ! まだ生きている兵士を巻き込んでしまう!」
俺の魔法は、基本的に乱戦で使う物ではないのだ。範囲と威力が高い分、味方を巻きこんでしまう。
そもそも俺の魔法は、味方がいることを想定していない。ある程度範囲は指定できるが、細くは難しい。【無慈悲な黒槍】であれば目視圏内の範囲目標は指定できるが、残念ながら物理属性なのでレイスには効かない。
「前みたいに手加減して撃つのは?」
「あのレイスが弱ければその手もあるが……おそらく無意味だ」
あのレイス見ただけで分かるが、かなりの存在力を秘めている。自然発生ではなく、召喚された魔物はこの世界における存在力の有無で強さが変わってくる。それは、つまり召喚者の腕にかかっているのだが……。
「かなり手練の召喚者だ。あのレイスを消滅させる威力を出せば間違いなく他に被害が出る!」
しかし、あれほどの強さのレイスを多数召喚するなど常軌を逸した力だ。
「高度死霊召喚……まさか……」
エリーの言葉で思い出した。
「ん? そうか! ウェネか!」
すっかり忘れていた。そうだ、ウェネならこの魔法行使は可能だ。ただ、ウェネがやったにしては少し中途半端だ。もしウェネが同じ魔法を行使すれば、レイスの存在力も数も桁違いだっただろう。
「手加減している……? いやそれにしては、姿が見えない」
ウェネの巨体であれば、城塞の向こうにいようとここからでも見えるはずだ。それにそもそも空を飛んでいないのがおかしい。
「やっぱり【死蠍竜】! 恐れてた事が現実になったじゃない!」
「とにかくレイスを倒して、召喚者を見付けないとな」
「おそらく門の方……。っ! 二人とも危ない!」
エリーの声と甲高い切断音。彼女の声で、俺は目の前に迫る白色の斬撃に気付く。俺はすぐ後ろにいたエリーの手を引いて横に回避。ガルディンも素早く回避行動に移る。
すぐ横を斬撃が過ぎ、風と共に強力な冷気が襲ってきた。
「今のは……イゼスの魔法?」
エリーの呟きを聞きつつ斬撃の痕を目で追うと、南門が真っ二つに切断されていた。
その切断面には霜が張っている。
すぐ横にいたガルディンも体勢を立て直し、門の方を睨んでいた。
「今の魔法……イゼスの【冷閃】だ。お前ら気を付けろ! 奴には儂とて苦戦する!」
「やっぱりイゼスは生きていたのね!」
俺はエリーを庇いながら目の前に迫るレイスを魔法で薙ぎ払う。
レイスを何体か倒すと、前方の門が崩れる音がした。切断され、自重に耐えきれなかったせいだろう。
そしてその音と共に、白い騎士がこちらへと疾走してくる。あれは……イゼス!
「ガルディン! イゼスだ!」
「くそ、なぜ王直属騎士がこの街を襲う!? エリー! ヴァリス! 奴は儂に任せろ!」
ガルディンの怒号、そして接近するイゼス。
イゼスの顔には生気がなく、鎧は霜に覆われており胸の部分に穴は空いたままだ。
まるで氷獄から蘇った死者のようなイゼスは無言のまま、長剣を俺に振り下ろす。
「貴様ぁあああああああああ!!」
ガルディンが叫びながらイゼスの一撃を剣で受けた。白と赤が剣閃が交差する。
俺は、ガルディンが戦いやすいように周りにいたレイスを魔法で吹き飛ばす。
イゼスがガルディンへと剣を振るう。その動きは、まるで洗練されておらず力任せのままのような印象を受けた。よく見れば、関節をあり得ない方向に曲げながら剣を振るっている。
まるで、糸で操られた人形のようだ。無理やり、手足を動かされているような挙動。
「もしかして、イゼスはやはり死んでいて死体を操られている?」
エリーがその様子を見て呟いた
おそらくそれが正解だろう。
「くっ! 死霊使いめ! 死した人の尊厳さえも踏みにじるか!」
ガルディンも気付いたようで吠えながら、険しい表情を顔に浮かべている。
同じ戦士として思うところがあるのだろう。
「ヴァリス、私達は召喚者を!」
「ガルディン! 死ぬなよ!」
「貴様は死んでもエリーを守れ!」
「任せろ!」
剣戟を交わすガルディンとイゼスを置いて崩れた城塞へと走った。
瓦礫の山の頂きに誰かがいる。その周りにレイスが漂っているが、その人物を襲う様子はない。
「あれが召喚者……でもあれは……」
「あれは……誰だ?」
瓦礫の頂きに座り、こちらを笑顔で見つめてくる人物。
それは、初めて見る人間の少女だった。
十歳ぐらいだろうか? 背が低く、太陽のような金色のショートヘアの下に愛くるしい顔がある。フリルのついた黒いドレスを着ており、一見すれば何処かの国のお姫様のようだ。だがその丸く大きい瞳は血のように紅く、瞳孔は縦長。少女には相応しくない残虐の光を宿しているように見え、その口元は歪み、牙が覗く。
その少女は俺が近付くと、手を広げこう叫んだのだった。
「お兄ちゃん!」
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