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第3節【わいんとちーずと決闘】

 

 俺とエリーは手早く日用品や着替えなどの衣類を購入すると手頃な宿屋を見付け、部屋を取った。


「個室が取れたのはいいけど……」

「何が気に入らんのだ?」


 一階が酒場になっており、二階部分が宿泊施設になっている宿屋なので、俺は大変満足なのだが、エリーが不服そうである。


「……まあいいや。どうせ一緒に野宿したし今更か」


 ちなみにロシュとバルドは宿の裏側にある竜舎に預けてある。最初は嫌そうにしていたが、エリーが宥めると、大人しく言うことを聞いた。エリーには竜を懐柔させる何かを持っているのかもしれない。隷属化の力ではなくな。


「とりあえず水浴びして着替えてくるわ。流石にライトアーマー着て会うのはね」

「よしならば俺は酒場で情報収集だ!」

「何の情報を収集するのよ……大人しくしててよ?」

「任せろ」


 エリーが水浴びに向かったので、俺は逸る気持ちを抑えて一階へと降りた。


 昨日の吸血後、エリーからは微かに魔力を感じるようになった。すぐに消えるかと思ったがどうにも消えなかった。更にエリーの感情の波によって、微妙に波長が変わる事もわかった。だから離れていても何かあればすぐに分かる。


 宿屋の一階の酒場にはテーブルと椅子が並び、カウンターには宿屋兼酒場のマスターである男が立っている。客はさほど多くない。装備からして兵らしき男が数人いるだけだ。まあまだ昼前だから仕方がないのかもしれない。


「マスターよ! わいんはあるか!?」


 俺は、カウンターに座りその髭面のマスターに声をかけた。ちなみに金ならエリーに少しわけてもらった。


「ん? ワイン?」

「ああそうだ。葡萄酒だ! 名産品と聞いた!」

「ああ……はは、あんたまさか観光にこの街に来たのか?」

「そうだ」


 マスターは俺の答えを聞くと大笑いした。さほど面白いことを言った自覚がないのだが。


「ワハハハ全く久しぶりだよ、兵隊以外の客は。しかし、ワインはもうないんだ。畑も焼かれたし、樽で貯蔵していた分もなぜか領主が街中から全部徴収されてな……そんな事をする御方じゃあないんだがな……もうこの街にワインはないんだ」

「わいん……ないのか……」


 夢に見たわいん……。


「なんて顔をするんだ兄ちゃん。ふん、待ってな」


 マスターはそう言うと、カウンターの奥にある扉へと消えていった。ちらりと見えたが、扉の先は下へと続く階段があった。地下室だろうか? マスターが出てくるのを待ちながら、それとなく、後ろのテーブルにいる客の会話に耳を傾けた。


「やれやれ、いつになったら戦場にいけるのやら」

「おめえは行っても無駄死にだろうが」

「あ? やんのかてめえ」

「かかってこいよクソチビ」

「やめろお前ら。それより聞いたか? 老ガルディン公の話」


 お? 思わぬところでこれから会う人物の話が聞けそうだ。


「クーデーターだっけ? ないない。もし本当なら俺らみたいな下っ端の耳には届かないさ」

「反王政だからなあ老公は。アルゼンバース公国に若い頃から仕えてたらしいからな。まあそういう根も葉もない噂も立つさ」

「しかしよーフォンセ王も老公が反王政なのを知っているわけだろ? そんな奴に軍竜化の拠点を任せるか?」


 ふむ。ガルディン公は反王政なのか。興味深いな。


「だから、お目付け役がいるんだろうが」

「ああ、レゾン公か」

「あいつ嫌いだわ」

「おい、お前ら声がでかい。レゾン公直属の暗部が街中にいるらしいから控えろ」

「あれも眉唾だな。確かあれだろ、竜の力を持った兵がいるとか」


 暗部? 竜の力を持った兵?


「なんだそれ」

「噂だよ。人間離れした力や魔力を持っているんだとか。何か起こればすぐに対応できるように潜んでいるんだとよ」


 覚えておいた方が良さそうだな。エリーにも後で教えよう。

 いつの間にか、戻ってきたマスターが埃を被った酒瓶を俺の前に置いた。


「ラジェドが誇る葡萄種【ヴィノ・グルジョ】のみを使った三十年物のワインだ! 言っとくがもう他所じゃあ飲めないぞ! ワインを求める客にワインを出す、それが酒場の主人の矜持だ。ああ、くれぐれも領主様には内緒な!」

「おお! これがわいんか!」


 マスターがわいんをグラスに注ぐ。綺麗な紅色の液体が注がれた瞬間に、なんともいえぬ香りが俺を襲った。これは…すごいぞ!

 一口含んだだけ、香りが爆発した。微かな樽香、果実とアルコールの味が舌の上で踊った。酒とはこんなに美味いものなのか!


「兄ちゃん、何も言わなくても分かるぜ。顔が旨いって言っているよ。は、まったく。ワインを求める客なんざ久々だ。後ろの兵士どもなんざワインのワの字も知りやがらねえ。だから、こいつは俺のおごりだ。好きなだけ飲みな」

「良いのか? 店で飲む食いしたものには対価を払えと言われたぞ?」

「良いんだ俺の気持ちだからな。昼飯は食べたか?」

「いや、まだだ。」

「なら食ってけ。その分のお代だけで良い」

「分かった」


 そうして、マスターが俺の為に作ってくれた昼飯が出てくると同時にエリーが二階から降りてくるのが見えた。


 あの軽鎧ではなく、着心地が良さそうな薄青色のわんぴーすとかいう服を着ていた。装飾は少なく、一見落ち着いて見えるが、赤髪と青い瞳と合わさって十分に綺麗だった。


 ちなみに俺は、えらく庶民的な服を着させられていた。エリー曰く最初の格好は目立つから駄目だという……むう格好良かったんだがな……。


 エリーが俺を見付けると、隣に座った。


「あんた昼からいい御身分ね……ってワインじゃない! しかもすっごい高そうな!」

「マスターの奢りだそうだ」

「うそ……」

「エリーも飲むか?」

「……いえ、やめとくわ。あんたお酒に強いのか知らないけどほどほどにしときなさい」

「む、まだ二杯だが……まあ良い。それよりエリー、どうだ、この昼飯もうまそうだぞ」


 俺の前に並べられた料理。大きな肉の塊にとろりと溶けた乳白色の何かがかかっており、茹でた野菜が添えてある。それと器に入った琥珀色の液体、そしてパンと呼ばれる一見石のような塊が付いている。


 そして、俺は横にある、金属の棒に気付いてしまった。ふぉーく、ないふ、すぷーんと言うやつに違いない。

 これは、どれを使うのが正解なのだ? しまった、人の食事シーンは実はあまり見ていなかった。


 むむむと悩む俺を見た、エリーがため息を着くと、ふぉーくとないふを手に取った。


「馬鹿な!? 同時に使うだと?」

「あんた人間社会に詳しいんじゃなかったの……ほら、切ってあげるから」


 そういうとエリーが器用に、肉を一口大に切ってくれた。


「これがベーコン。燻製肉よ。それにかかっているのがあんたが言ってたチーズ」

「ちーず!?これがちーず……何とも不思議な物だ。トロトロしているな」

「それで、ナイフとフォークで、ほら、こうやって食べるのよ」

 

 エリーがふぉーくを使って、ちーずのかかったベーコンを食べた。

 

「んー美味しい。へえ思ったよりもいけるわ」

「俺も食べるぞ!」


 ふぉーくを見様見真似で使う。なるほど、合理的だな。この三叉で刺して食べるのだな。


「で、このスープはこのスプーンで掬って飲むのよ。パンは硬いから手でちぎってスープに付けてふやかして食べるの」

「うむ! 美味いな! おお! パンとスープ? も良いな!」


 人とは何とも素晴らしいものだ。料理や酒、そして道具。この宿屋だってそうだ。全てに知恵と工夫がある。


「あーあもう、あんた食べるの下手ね」


 エリーがどこからか白い布切れのような物を持って、こちらの口に近づけてくる。ん? それも食べられるのか?


「違うわよ。口の周りが汚れてるから拭くの」


 そう言うとエリーが布切れで俺の口の端を拭いていく。なんだかこそばゆい気持ちになるな。


「パンくずが膝に落ちてるわよ。スープも溢れてる! がっつかないの!」


 慣れない俺のフォローをするエリーを見て、マスターがニヤニヤとこちらを見て笑っていた。


「あんたら仲が良いな。恋人同士で旅行か……羨ましい」

「こ、恋人じゃありません! コイツはただの下僕です!」

「そうだぞマスター、護衛兼下僕だ」


 エリーの瞳がほんのり紅くなっており、魔力も揺れている。動揺しているのか?

 エリーの剣幕に、はいはいとばかりに奥に引っ込んでいくマスター。あれは誤解が解けていないだろうな。

 

 拗ねたような顔をするエリーに一応謝っておくことにした。


「すまんな。もう少し人間の作法も勉強せねば」

「ほんとにもう……。まあ私が教えてあげるから、しっかり覚えなさいよ」

「わかった。そういえば、エリー、その服似合っているぞ」

「っ!!……馬鹿……いきなりそういうこと言うとびっくりするわ!」


 青に戻りかけた瞳が再び紅くなっていく。なんというか分かりやすい奴だ。


 こうして昼飯を終えた俺とエリーはマスターに金を払い、酒場を出た。昼になり。通りは活気に溢れていた。


「王都より仕入れた魔道具だ! 騎竜用にカスタムできるぜ!」

「魔獣のなめし革で作った鞍はいかが?」

「竜の牙で作った剣だ! 鉄製より丈夫だぞ! 炎獄製の銃も入荷済みだ!」


 商人達が張り合うように声を出す。見れば通りには、様々な店が軒を並べ店頭に様々な武具を展示していた。


「エリー! ちょっと見ていーー」

「駄目」

「少しだーー」

「駄目よ。今からガルディン公に会うのだから。また時間あればゆっくり見ましょう」

「……わかった」

「拗ねないでよ、もう……歩きながらよ?」


 そう言ってくれたエリーに感謝しながら、通りを進む。様々な武器が置いてあり、俺はワクワクしながらそれらを見つめていた。そうだ、俺も武器がいるのではないか?


「そんな顔で見ても買わないわよ。あんたそんな物使わなくても勝てるでしょう」

「それはそうなのだが……」


 しょんぼりしながら大通りを過ぎると、少し人通りが減り、代わりに巡回する竜騎兵が増えた。そして、一際大きな建物が目の前にそびえ立つ。


「随分と久しぶりね」

「来たことがあるのか」

「十年も前の話よ」


 領主の館の前に一人の老人、と呼ぶにはずいぶんといかつい男が立っていた。仕立ての良さそうな服を来ており、腰には長剣をぶら下げている。顔にはシワと共に無数の傷があり、歴戦の戦士といった風貌だ。


 その男を見た、エリーが声を弾ませた。


「ガルディン!」


 そう叫ぶと、エリーがその男に駆け寄った。


「エリー!」


 男ーーガルディンは手を広げ、まるで愛娘のように飛びこんできたエリーを抱き締めた。その勢いのままくるくると回る二人。ずいぶんと仲が良いようだ。


「ガルディン久しぶり! だいぶ老け込んだわね!」

「全く、久々に会ったというのに辛辣だな! 儂も流石に寄る年の瀬には勝てぬよ。しかしエリーも大きくなられたな」

「もう十五歳だもの」


 抱擁を解いた二人に俺が近付く。エリーには失礼な口を聞くなと散々言われたので丁寧な口調を心がける。


「はじめましてだな、ガルディンよ。貴様戦士か? 闘気を感ーー」


 言葉に途中で近付いてきたエリーが俺の頭をはたく。身長的に届かないので、わざわざジャンプしてである。

 エリーが必死な形相で、俺の頭を下げさせて、耳もとに小声で呟いた。


「ばか! まずは自分の名を名乗りなさい! じゃなくて態度がでかい!」

「俺の名はヴァラオスクーー痛い! こら、股間を蹴ろうとするな!」

「あんたの名前はヴァリス! 本名は隠しておきなさい!」

「なぜだ?」

「なんでもよ! いいからそうしておきなさい……ああもう事前に言わなかった私が悪かったわ」


 エリーが作り笑いで、ガルディンの方へと振り向いた。


「オホホホ、ごめんねガルディン、この下僕はヴァリスといって、田舎出身で礼儀がね」

「構わんぞ。()()()()()()()()……何、男に礼儀なぞいらぬ。いるのはただーー」

 

 ガルディンが言葉の途中で、抜剣。

 風より早く白い刃が走り、俺の首筋にピタリと当てられた。


「胆力よ」


 中々の速度に精度。しかし人間ならともかく俺の鱗に傷を付けるのは難し……いやそういえば鱗なかったな。どうもまだ人間の身体だという意識が薄い。

 

 うむ。首が飛んでいたかもしれんな。油断をしすぎていた。


「ガハハハ! 気に入った! 瞬き一つしないとはな! 良いぞ小僧!」


 ガルディンは豪快に笑うと、剣を引いた。しかし、鞘に収めるつもりはないようだ。


「エリーの護衛よ。どれほどの力か、儂に見せてみろ」

「ちょっと待ってガルディン、こんなことをしていーー」

「エリー、どいてろ。男には退けない時があるのだ」

「なにあんたもその気になーー」

「良い心意気だ小僧! 離れろエリー」


 エリーは呆れた顔をして、俺とガルディンから離れた。男って本当に馬鹿……とかなんとかブツブツ言っている。


 しかしあれだな、魔法を使って殺すわけにはいかんし、どうしたもんか。素手で戦うには、身体能力がまだ不安だ。ガルディン、人にしては中々の使い手だ。やはり、武器が必要だな。


 良い修行になりそうだ。


「何処からでもかかってこい小僧!」

「良いだろう! 胸を借りるぞガルディン!」


 俺は【闇創想(ダーククリエイション)】を発動させる。まあまずは王道で攻めよう。俺は通りの武器屋や竜人戦争時に見た人間の装備を思い出す。


 俺の右手から闇が溢れ、黒曜石の剣が形成させる。長さ的にはロングソードより短く、短剣より長い程度。そして左手には、同じく黒曜石で出来た短剣。短剣の刃の背は櫛状にしてあり、いわゆるソードブレイカーと呼ばれる形状をしていた。


 俺の人間の武器に関する知識は伊達ではない。二刀流がかっこいいからという理由で選んだわけではない。決してない。


「ーーほお。面白い術を使う。しかも二刀流とは……面白い」

「いくぞ!」

「応っ!」


 こうして俺とガルディンの戦闘が始まった。

 この時俺は気付かなかった。


 この戦いの観戦者がエリーだけではなかった事に。

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