プロローグ
ああ。
なんとくだらぬ争いをしているのだろう……。
「いえいえ……これはこの星の歴史の節目となる戦いですよ……【闇帝龍】様……」
女の声が脳に響く。
全く、人も竜もさして変わりはしないのに。
「そうですね……その通りです……貴方様も……私も何も変わらない」
俺様の目の前には、美しい大理石で出来た街があった。その奥に、陽光を受けてキラキラと光る螺鈿の城。
しかしその見た目麗しい街も城も今は物々しい雰囲気に包まれていた。
致し方ないことだ。何せ彼らの前には城より巨大な竜――
世界を滅ぼしうる力を持った七体の竜、【七曜龍】の一体にして最強の闇属性竜である闇帝龍、俺様ことヴァラオスクロ=アビエスドラがいるのだ。
街を囲う城壁の上には兵達が並び、怒声を上げている。
城壁に設置された魔砲が吠え、何かがこちらに飛んできた。
しかしそれは俺様に届く寸前にまるで溶けるように消えた。
人間程度の魔力で俺様の【竜障壁】を突破出来るわけがないのだ。
「クスクスクス……無駄な事を……それで、闇帝龍様? 他の七曜龍の手前、反撃も何もせずに見ているだけというわけにはいかないのでは?」
言われなくても分かっている。
俺様はそっと尻尾を一振りする。なるべく人を、街を、傷付けないように。
しかしたったそれだけで城壁は崩れた。白亜の街が崩れた壁の奥に見える。どうやら街自体はさほど損害は出ていないようだ。
眼下を見れば、まだ足元を数百の兵がうろついている。
踏み潰さないように動くのは酷く億劫だった。
もう、いいだろう。
義理でここまで来たが、もう十分だ。
約束は、果たした。
俺様は後ろ脚で立ち上がり、翼を広げた。
「ああ……その翼は闇よりも深い漆黒。見るものを絶望させる深淵」
俺様は高く高く長い首を持ち上げ、空に向かい顎を開く。
地上から見た者がいれば、まるで俺様が太陽を喰らわんとしているように見えるだろう。
体内で疼く魔力を調整する。細い操作は苦手だが、やりすぎてあの美しい街を壊すのは惜しい。
俺様は太陽を咥えていた顎を閉じた。
空からは太陽が消え、闇が溢れる。
【深淵海嘯】
それは、俺様が使える最強の闇属性広範囲殲滅型魔法。派手な演出をしたが、魔力耐性の低い物でも気絶する程度の威力には抑えたつもりだ。
全身から放たれた闇の海嘯が街を飲む。
「光は!! 闇の中でこそ輝く!!」
そんな闇の中から聞こえる女の叫び。そして崩れた城壁から空へと立ち昇る一条の光。
あれは……。
世界を再び照らすその光は収束し巨大な光剣となり――
真っ直ぐに俺様へと振り降ろされた。
たかが人間の魔法。俺様の竜障壁を破れるわけがない。
光が眼前へと迫る時。俺様の耳に甘ったるい女の声が届いた。
「本当に【闇帝龍】様……貴方様は本当に愚かですね……引き篭もっていればいいものをノコノコと人界まで出てきて……おかげで、一番厄介そうな貴方を始末できました。それでは、残り六体がそちらに行くのを楽しみにしていてください。さようなら」
女の声と共に竜障壁が割れる音が聞こえる。
光とは、かくも眩い物なのか……。視界が真っ白に染まった。
白濁する景色、魔力が暴走する感覚、久々に感じる、痛覚。
それが、俺様の人界での最後の記憶だった。