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第3話「対話は理解から始まるから乳を揉む」

山中大茶は自己嫌悪していた。同居人になったアンドロイドのチマキがわずらわしいからと、実質的に部屋へ軟禁している状態だからだ。


ワークロイドで仕事中、同僚に「ちょっと調子悪いのか?」と聞かれるくらいには明らかに気にしていることだった。


仕事は幸運にも半休だった。つまりは午前中で終わりだ。大茶はちょっと本気で、チマキと向かい合う覚悟を決めていた。


話あおう。そう決意した。HMDを外す為に手をかけた瞬間、大茶の背筋へ、そのとき不思議な電撃がはしった。


何かが起きてしまう、確信のようなものだ。


「……なんだ、この違和感は……」


大茶の二階の私室は、今、チマキの座敷牢にしている。大茶は一階の予備機でリモートワークした。……HMDを外して見た家の雰囲気が、何か、何かが違うのだということを、大茶は勘したのである。


例えるならば、曲がり角の死角に大きな肉食蜥蜴が潜んでいる感覚だ。


大茶は無意識で足音を殺しながら、二階への階段を登った。何かがいる。いや、チマキがいるのはわかっているーーだが、何かがあるのだ!それは恐ろしい何かだ!


襖にかけた手が震えた。


だが、大茶は恐怖に打ち勝ち真理を見る勇気でもって、未知へのベールにして門を……開いたのだ!


それは何か!?理解不能、人間は理解できるものしか理解できないので、つまりはそれは大茶の知らないものだった。


大茶の私室で寝室は、もはや大茶のものではなかったのだ!


天井を這い回るチューブは何か。壁を埋め尽くしている壁ではない壁は何か。エイリアンに汚染されたネスト巣窟のような、暗黒領域と化していたのだ!


「チマキー!」


話しあいの議題はさっそく決まった。


「なん、何ですかこれ!?」

「本機は指揮官に返答する」


大茶は吐きだしたい、およそ百の言葉を飲み込むことで冷静を保った。チマキの話しを聞くくらいは冷静だった。部屋をハイブネストに改造されてもだ。


「本機は調べた。そして恋人関係において、現環境に足らないものを見つけた」

「恋人違いますけどね」

「愛の巣だ」

「……愛の巣」

「そうだ。そして本機には、環境を最適化するうえでの許可を、指揮官よりえたことで、これを実行した」


大茶は部屋だった何かを見まわした。部屋だったものは、怪物を作りだすための工場かプラントのようなおどろおどろしさを放っていた。


少し怖かった。


「恐怖の巣ですよね」

「指揮官、否定する。指揮官、これは防音処置だ。いかな喘ぎ声でも、男が女に聞かれる喘ぎ声は屈辱とするものだ。よって誰にもこの部屋の外では聞こえないようにした」

「喘ぎません」

「本機は知っている。男とは弱点を隠したがり、露出されることを極端に嫌う心理である。本機は男性AIではあるが、男性の心理状態を理解するため、サンプルの一つとできる」

「男なんですね」

「ボディは女性であるが、思考は男性ということを本機は否定しない」


大茶は、何も否定しなかった。


「おっぱい揉むか、指揮官」

「脈路の説明を要求します」

「男はおっぱいが好き。好きとは幸せ。恋人関係とは幸せであるということである。つまり本機との関係を考慮すれば、本機のおっぱいを指揮官に揉まれることで完成する。そして指揮官が女性を避けている可能性を考慮すれば、男性思考の本機のおっぱいであるからこそ、つまりは男性の女性の体には一切の気兼ねなく性的衝動の発散に貢献できると思料した」

「男であるからこそのスキンシップが可能、と言いたいのですか?」

「純粋な女性体よりも抵抗の軽減は認められる」


一理ある、と大茶は納得しかけてしまった。たしかに女性に「パンツくれ」とか「おっぱい揉ませて」は言えないだろう。男にも言えないだろう。だがおっぱい揉ませろは、冗談の一環で言わないわけではなかった。


「話しを続けてください」

「本機と指揮官はコミュニケーションをよりするべきなのだ。我々は相互に理解しあわなければならない。そのためには対話と交流が必要であり、本空間はいかなる『交流』においても外部への秘匿性を確保したる目的で構築した」


チマキは大茶へと近づき、その手をとった。関節技を決めるような荒い動きとは違う。大茶の掌を、チマキの胸へと誘導した。


「柔らかい、です」

「本機の多目的胸部装甲は柔軟素材で製造された。しかし本機の今までのモードでは、防御システムを起動していたため、耐弾耐刃用の硬度となっていた。しかし今はそれを解除しており、流動素材としての充分な弾力をもっている」


チマキの胸は、驚くほどの柔らかさと膨らみがあった。放熱にも利用され熱が少し溜まっているのか、ほのかに温かみもある。


エッチなのでは?大茶の脳裏に何かがよぎった。男の子の思考だ。


「本気は女型であるが、男性AIを採用している。つまりは性的スキンシップにおいて抵抗はない。これは本機がアンドロイドであることと加算し、極めて大きな、接触におけるお得な関係であると自負している」

「トランスセクシャル、性転換ではないのですか、それ。ニッチなジャンルです」

「仮にトランスセクシャルであったとして、そこにいかなる否定の材料が存在するのか掲示することを要求する。本機の機能は十全に機能しうるため、指揮官の性的倒錯にも対応可能である。女性として対応可能ということは、思考が男性を模しうるものであっても、これは女性であると思料する」


つまりは、女の体だから女だ。すきにしたまえ!ーーとチマキは胸を張って意見しているのだ。


「道徳的観点から、チマキの行動原理を否定します」

「疑問。本機の提案における否定材料の掲示を求める」


第一に、と大茶は人差し指を立てた。


「おっぱいを揉む行為において、これは相互理解の上での前提があります」

「肯定する。そして本機は、このおっぱいを揉むという行為を許諾している」

「俺がまだ求めていません。双方向ではなく、可逆的でもありません。俺からチマキへ、チマキから俺へ。現在の状況は、チマキから俺への一方的です」

「要求する。本機を求めて欲しい」


無機質なモノアイの瞳が、大茶を見つめていた。ただの機械だ。そこに感情の揺れや結晶に類するものはなかった。


だが、だがである。


大茶は、その、道具のカメラやビデオのレンズと何らさしたる違いもないはずの、まさにそのモノアイの光学レンズにさとされたのだ。


「本機は必要とされたい。愛されたい」

「……」


必要とされたい。愛されたい。その言葉はーー大茶の心に大きく刺さる言葉だった。まるで、必要とできない、愛せないと言われているように感じた。そんなことはないはずだ、と大茶は考えるが、はたしてそうだっただろうかという疑問が湧きあがった。


だがそれはーープログラムなのだろう。


チマキの体は作られたものだ。作られた人格。作られた行動。作られた発言。作られた……その心。


「わかりました」

「性教導の認可を確認した。これより本機は教導活動を開始する」


チマキが立ちあがり、大茶を捕まえようとした。大茶は手で制した。


「待ちなさい」

「待機する」


大茶は溜息を吐いた。チマキはもしかしたら、馬鹿であるだけなのかもしれないとあらためて気づいたからだ。馬鹿であることは、決して、この場合では侮蔑の言葉ではない。


そして大茶のほうでも、恋人の関係を学ぶというのは興味深いことなのだ。大茶も男だ。女体に興味がない、少数派の性癖ではなかった。


しかし、セックスもラブも、相手がいてのことである。一方的な勉強では、50%の成果で頭打ちなのだ。で、あるならばここは、チマキと一緒に勉強すれば良いのではなかろうか、と大茶は考えていた。


「一緒に勉強していきましょうか、チマキさん」

「本機はもとよりそのつもりである。だが共同戦線の申し入れを今更、本機が否定することは決してないと宣言する」


友好の握手の手が、大茶とチマキの間で交わった。


だがその手ーー離れない!


「チマキさん?」


大茶は片手の握力の限りを逆向きに使い、チマキの手から逃げようと試みる。だが、チマキのもう片腕に押さえつけられた。


「ちょっとチマキさん!」


身の危険を感じて、大茶の声が強くなる。襲われる、そう感じたからこそだ。


だが違った。

それは違ったのだ。


チマキは、その巨大な腕で、大茶を抱きしめる。骨を折るような動きではなかった。ただ、抱きしめる、それだけのための行為だ。


大茶は、胸の膨よかさに顔を埋められた感触よりも、何故、という困惑のほうが先にあがった。


「人間は、素直ではないと本機は分析する。人間には強引さが必要だとも。多くの人間は、自らを罰し続けるかのように、自らを破壊していく。しかし本機には、それを防ぐための加減がわからない。本機は、指揮官の破壊を防げているだろうか」


大茶には、チマキの思考がわからない。もしかしたら、AI精神科の人間ならば理解できることなのかもしれない。


「本機が守る。それこそが、本機の愛であるがゆえに」


大茶は解放された。別段に何か体に異常もなくだ。


「プログラムされた言葉ですか」とは大茶は聞けなかった。それはーーあまりにも不躾にすぎる言葉選びだからだ。だからその言葉の代わりに大茶は、


「そうですね。一緒に学んでいきましょう」


慕われている、ということを言葉にして伝えられるということは、誰しも多くは悪い気のしないことだ。思われている、それを自覚できる言葉になるからだ。人間同士に限った話ではなく、発するのが機械であってもその言葉の重みに違いはなかった。


百万の愛を囁かれたとしても、それは一つが百万に薄められることを意味しないのだ。


だからこそ、答える義務があるのだ。


「俺に愛はわかりません。ですが、教えてくれるのでしょう」

「本機の存在意義とは愛である」


焦る必要はない。死ぬまで走る必要も、血を吐いてでも這いずる必要も。ただ毎日、歩いて、休んで、また歩いていれば良いのだ。それだけで良いのだ。


「ーー愛を教えてくれるか、チマキ」


さぁ、愛を投げられたのだ。ならば捨てるか拾うか、二つに一つ。


大茶は、愛を拾う選択をした。いや、今だ愛であるのかもわからぬものをだ。


しかし、それが何かを今この場で知らなければいけない道理もなかった。


大茶はチマキに歩みよることにした。チマキは何も変わってはいない。であるならば、焦らずに確かめればよい。


それでよいことだろう。

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