第2話「男か女かは些細な問題で大問題」
向かいあうこととは、なんと難しいことか。ましてやアレを人間と呼ぶことは可能か。男のようであり、しかし女体。TSか。
山中大茶が寝惚けた朝の目で最初に見たものは、自分の顔が反射している大きなモノアイセンサーだった。
「起床時間を伝えに来た」
「…………そうですね」
掛け布団を除けながら朝の挨拶だ。大茶は別に、幼馴染キャラや妹キャラが起こしにくるような目覚めを期待していたわけではない。わけではないのだが、大茶の目覚めは寿命が縮まる気分だった。
「最低限の機能すぎるだろ」
大茶と一つ屋根の下で暮らすことになったチマキは、女と男がいたせる機能を付与されただけの女ではない別物だ。
チマキには生殖器を模した部品がある。あるが、それだけなのだ。
「……」
「……やめてください」
大茶は、朝勃ちでテントの張った寝巻きに伸びるチマキの手を止めた。言葉にして注意されれば、チマキは何もしなかった。するすると伸ばされたアームが戻っていく。
「指揮官。報告する」
「なんでしょうか」
「情報収集活動において、必要と推察する資料をピックアップした。目をとおしてくれ」
チマキはその資料とやらを布団の横に並べた。それは何か?
男の子ならば一冊は確保しておきたい、エロい本である。チマキの確保、報告するジャンルは多岐にわたり、わたるのだがノーマルではない。メカ娘や人外との異種姦はいつの時代からノーマルになったのだろうか。ノーマルならばせめて、ロリ系とか、巨乳系とかギャル系とか色々あるが、チマキの選択にそれらしいのはなかった。
全てセクシャロイドを使った実写ものだった。セクシャロイドとはセックスを生業にするアンドロイドだ。チマキの蒐集した資料のセクシャロイドは、ニッチな需要向けのデミロイドという人間型を求めないものだが。
「俺をどうしたいんだよ」
エロ本のアブノーマルさに、大茶は思わず戦慄した。だが本の中身よりも、大茶には大きな疑問があった。
チマキは一体、どうやってこのエロ本を買ったのかという謎だ。まさか歩いて大人の自販機にまで買いに行ったわけではないだろう、と大茶は考えたかった。
大茶はチマキの姿を見た。
2m以上の巨体に武骨な、やぼったい曲面の装甲に剥きだしのメカっぽさ。深夜にこのマンハントしていそうな体のチマキと出会ってしまったら、気を失うだろう。ホラーだ。
「このエロ本、情報の出所はどこですか?」
「山を越えた先にある自動販売機より情報を買いとった」
「徒歩ですか」
「本機には砂漠環境、熱帯環境、山岳環境を問わず走破可能なだけの能力がある」
「そうですか」
大茶は取り敢えず、この並べられたエロ本で書架の空きを埋めた。読むのは後回しだ。大茶はわざわざエロ本を全廃棄にする気はなかった。
大茶が時計を読むと、現在時刻は〇五一三時を示していた。カーテンを開けて見ればまだ空は暗い。
「朝が早いですね」
まあいいさ、と大茶は朝食の用意にはいった。起床ラッパで叩き起こされなかったのは運が向いていると考えることにした。
大茶はパジャマ姿のまま台所に立ち、IHコンロに熱をいれる。鍋で湯を沸かして味噌にネギにワカメと豆腐の具で味噌汁を作った。
茶碗には、少し固くなったご飯をよそう。おかずは夕食の残りものであるサワラの味噌漬け、魚だ。魚はラップして冷蔵庫に入れていたからか、ちょっとモソモソしていた。食べられないわけではないので、大茶の食卓に並んだ。
朝食の準備をしている間、チマキは何もしなかった。というよりもしかしたら、できないのかもしれなかった。
「メイドロボみたいに家事全般をやれとは言いませんが、チマキは何かお手伝いとかできることはありますか?」
「掃除は得意だ」
「なら掃除をしてーー」
「ーー了解。発見。排除行動」
台所の床で、ゴキブリがちろりと顔を覗かせていた。触覚を動かしながら、多数の足を使い、進み、止まるを繰り返した。チャバネゴキブリだ、と大茶の冷静な部分が観察した。
大茶も男だ。ゴキブリの一匹や一〇匹程度で驚いたりはしない。
だがそんなことではなかったからこそ、大茶は腰を抜かすことになった。それでも、それでもだ、そんなことは大丈夫なのだ。
しかし、チマキのアームがチャバネゴキブリに向かってガス噴射で加速して伸び、チャバネゴキブリだけを挟み込み暴れ逃げる間もなくサーボの唸るような音とともに圧殺したのには驚いていた。ロケットパンチの亜種みたいな動きだった。
「今のはなんでしょうか?」
「占領区画における制圧活動に移行する」
「ちょっと待ってください」
大茶は取り敢えず、掃除をやめさせることにした。少なくとも掃除機を使って煤を集めるような掃除ではないことがわかったからだ。
いつかコラテラルダメージをやるかもしれない可能性があるということは、必ず起きると同義だ。壁をぶち抜かれてからでは遅いのだ。
「掃除は駄目か……」
「本機は制圧活動を得意とする。銃火器を用いた活動は市民感情を刺激するため、四肢パーツのみを使った鎮圧作業が可能だ」
チマキのAIがどんな作戦に従事していたかは棚にあげられた。必要のない情報だからだ。
「料理はできますか」
「野菜の皮剥きに従事した経験がある。コックのアシスタントをしていた」
「ご飯は炊けますか?」
「インストールされていない行動はできない」
「それを言ったら、誰かがわざわざ皮剥きのプログラムをインストールしていたことになるんですけど……」
食卓に本日の料理が並べられた。味噌汁を作りなおした以外はあまりものをそのままなので、準備は簡単だ。
「……」
箸で米の一山を掴み口の中へ。炊飯器の保温機能が効いていてまだ熱いままだ。冷たい米は弁当だけで充分だろう。大茶は家の中でまで冷たい米を食べるのは避けたい男だ。
「……」
大茶の好みとして、沸騰した味噌汁は美味しくない。猫舌だ。それにほうれん草やニンジンやダイコンも基本的にいれない。味噌汁は朝の冷えた胸に沁みた。
「……」
サワラの味噌漬けだって、大茶の好みだ。だがそこで、箸の動きが止まった。サワラが痛んでいたわけではない。
チマキと大茶の目があった。チマキのそれは外部視察センサーではあるが、目そのものだ。
チマキは、じーッ、と大茶を見続けていた。食べている瞬間をずっと観察されているというのは、気まずいものなのだ。
「チマキさん、ちょっと、ちょっと」
「なんだ」
大茶は、チマキのぶんの食器と箸を新しく机の上に並べた。
「この箸をもってください」
「握った」
箸は握られていた。掴むことはできないだろう、棒きれを纏めてへし折るかのように握りこんでいる。
とはいえ、見ためは一緒に食事をとっているような雰囲気にはなった。大茶は満足だ。
「本機は指揮官に提案する」
「何ですか?」
「我々は恋人関係というものを築いている」
「初耳なんですけど」
「恋人関係であるならば、やはり朝からいたすものだと本機のデータメモリーに存在する」
「誰がそんなことを言ってたのですか?」
「多国籍軍曹長、アリシア・サンチェス。一四日休暇を申請後、彼女にして性的関係をもつマリア・マクラーグと二四時間のセックスを希望していた」
「名前を聞くかぎりレズのカップルかもしれないのは、つっこみませんよ。いろんな関係がありますから」
大茶が食器を洗っている横で、チマキはぴたりと肩を並べてきた。チマキの肩は大茶よりもずっと高かった。
「アリシア曹長はおそらく、冗談を言ったのでしょう。人間の体力で二四時間におよぶ性的接触を継続できると考えるのは不可能です」
「疑問を掲示する許可を」
「許可します」
「本機の蒐集した資料によれば、精子と水分の混合物である精液の生産限界を著しく逸脱した行為を多数確認した。これらに対する重大な矛盾が存在する」
「チマキさん。それは創作という世界なのです。人間は改造手術を受けない限り、日に何十回も射精は現実的ではありません」
「了解。さらなる矛盾と現実との相違を考慮し、作戦行動を練りなおす」
チマキはそれだけ言い残すと、台所をあとに家の奥へと消えていった。
大茶はチマキの背中を見送って、頭の中では今日の仕事を確認していた。人間が直接はやりたくない重労働は数多いので、ワークロイドをリモートコントロールする仕事は数多いのだ。
「今日は草刈りだったな。雑用ばっかりだ」
草刈りといえば、庭の草も背が伸びてきたな、と大茶は考えながら洗い物を終え、濡れた手をタオルで拭いていた。
仕事の時間だ。
仕事が終わった。
大茶は精神的な疲れが濃かった。ワークロイドが派遣されたのは、自宅介護の雑用だった。とはいえ、老人を直接に風呂に入れたりするわけではない。家の掃除や庭の手入れ剪定、役所への申請を書いたり雑多な溜まっているあれやこれやだ。老人の監視のもとで、終始、機械のくせに!という小言と物理的な懲罰が途絶えることはなかった。
普通の人間で介護したがる老人なら、ワークロイドが派遣されることはあまりないものだ。
で、大茶は今日丸一日怒られ続けたおかげで疲れていた。社会的には肉体労働に入らないリモートワークで疲れたなどと口にすれば、怒声と罵声が浴びせられる。大茶は全部を呑みこんで家に意識を帰した。
「おかえりだ、指揮官」
「……ありがとう。ただいまです」
ありがとう、ただいま。そんな言葉を大茶はずっと自然に言えてしまったことを、あっさり流した。
リモートワークでワークロイドの視界になっていたHMDを脱いだときに目の前にいたのはーーチマキだった。
チマキは畳の上で正座していた。器用だったが、大茶はやめてほしかった。畳にチマキのフレームがめり込んでいたのを見つけたからだ。
「それで、どうしてここで待機していたんですか」
大茶は特にどこで待機していろとは命令してはいなかった。つまりはチマキがここにいるのは彼の……彼女?の自己意思だ。
「本機は思考し、推察した。基地に帰ってきた兵士たちは、互いを抱きしめ生還を祝した。帰還するということはそれだけで尊いことであり、であるならば、本機はここで指揮官の帰還を待つべきと思料したのだ」
大茶は少しだけ困った。今まで、家に帰ったからといって褒められることなんてなかった。帰ってくることはあたりまえで、帰らなければ怒られるくらいだ。帰らなくても、二度と会えないなんてことは考えてはなかったはずだ。
いや待て、と大茶は慌てて考えなおした。チマキは大茶の帰りを祝福したとは一言も言っていない。
「指揮官。本機を抱きしめる義務が貴方にはある」
ヘイ、ヘーイ。チマキは両手を広げ、いつでもウェルカムハグの状態で待っていた。抱きしめても良いのだぞ?とセンサーが光る、大茶はそんな風に見えた。
チマキの頭脳になっているAIは少し馬鹿なのかもしれない。大茶はそんなことを考えながら夕飯の用意のために、チマキの脇を通り抜けようとして、道を塞がれた。チマキが両手を広げたままブロックだ。
大茶が右なら右に、大茶が左なら左に。チマキは体を動かした。バスケットボールのブロックなら誰も抜けられない鉄壁だ。
「そこを退きない、赤壁」
「本機はその例えで言えばマジノ要塞である。ハグを要求する。ハグなくして本機は指揮官を祝福する行為を禁止されている」
「そんな命令はした覚えがーー」
大茶はみだりなセックスを禁止していた。そしてチマキはその手の能力をインストールされ、もともとあった知識も機密と一緒に消去されて穴だらけを埋めた可能性があった。歪な人格を形成させられたチマキだ。どんな馬鹿っぽいことにも理由があるあるように、大茶には見えた。
「ーーわかりました。一度、ハグしたらそこを退けてくださいね。俺は夕食を食べないと飢えるのですから」
ハグなど大したことではない。大茶は割りきって、チマキを抱きしめた。
ぎゅー、である。
「硬い」
それはわかっていたことだ。女のふくよかさくらいは欲しかった。だがチマキはそのまま硬かった。AIもほぼ男であり、これは実質男を抱いているのではないかという考えが、大茶の脳裏をよぎる。
だがわかっていないこともあった。
「!?」
「ハグを確認。本機はこれよりカウンター・ハグを開始する」
大茶は全身を鉄とした。チマキに回していた手を即座に離し、ハグ仕返してきたチマキのメインアームの間で不動した。つまりは両腕の全力で、チマキのハグを阻止したのだ。
「指揮官。祝福を受けいれろ」
大茶の肉は極限まで押し潰され、骨にまで圧力が加えられていた。大茶は超人ではない。このままでは、腕がパワー負けしてハグされるだろう。結末は一つ、鯖折りだ。
「チマキ、命令です。ハグを停止しなさい」
「命令を復唱。カウンター・ハグを中断する」
チマキのボディからの加圧が、消えた。大茶は一呼吸でチマキとの間合いをとる。チマキの脇の下を潜り抜け、チマキの背後に立つ形だ。
「こういうことも、あるのですか!」
大茶は戦慄した。油断したら殺されると。やはり、チマキ、やべー奴であったと。
「指揮官。なぜ本機を受けいれないのか疑問」
「あたりまえです。俺の耐久限界をぐるっと干支くらい上回る怪力で抱かれれば、アナコンダモンスターに締められたネズミのようになるでしょーが」
「例えがよくわからない、指揮官。もう一度言ってくれ」
大茶はゆっくりと間合いをさらにとろうとした。白兵戦では勝ち目などないのだ。
チマキの頭部センサーが一八〇度回転した。背中越しに大茶を見ていた。
「指揮官。本機は貴官に性交渉における感情を教育するものと命令を上書きされた。そして貴官のさらなる命令を思料した結果、本機は愛を受ける必要性を認識した。指揮官は本機を愛する努力をさせることにした」
愛ーー愛とは何だ。
大茶は知っていた。
チマキはどこかの誰かが作った、女体を真似る気も大してない、ただ子を作る上での擬似生殖器を後足しされただけの体だ。肉体的には女という分類にはできるだろう。
だが、その体に入れられているのは、元軍用AIでありこれは明らかに男性用として製造されているのだ。
精神的なBL、ボーイズラブであるということに抵抗が強かった。
女の体のようなものであれば、中身が実質的な男であっても許されるものか?大茶は許せなかったし、妥協しがたかった。男という前提が拭えなかった。
「俺は一回で食事をします。チマキさんはこの部屋から出ないでください」
「指揮官。それは命令か」
「命令します。チマキさん、この部屋から外への外出を禁止します」
「命令を復唱。本機は本領域より外の空間へ移動しない」
大茶は、チマキのいる部屋の襖を閉めた。チマキが部屋から出てくることは、なかった。
未来はあんたの手の中にある。
感想を待ってるぞ。




