第1話「日常に一滴の恋人を」
これはちょっとしたことなのだが、精神的なボーイズラブになるのかもしれない。
梅雨入りで、もう七日も雨が降り続けた雨の多い日だった。だが山中大茶にとっては、魔女も魔法少女もメックサムライもいない、そんな平和な日々でもあった。
世の中は怖いものなのだ。
一般社会では存在しないものだが、もしかしたらどこかにいるのかもしれない。
男の一人暮らし。基本的になんでもできるが、一人では寂しさを埋められない男が大茶である。日々色々考えているが、最終的にはやはり根城に一人なのだといたって青い心になりがちだ。
たぶん梅雨のせいだろう。
「早く晴れないかなぁ」
誰もいない一室での独り言だ。だが大茶は知っている。言葉を話しながら行動すると失敗が格段に減るということを。あと、自分の声でも人間の声が聞こえれば人間がいるんだと感じられた。
もしかしたら大茶は、けっこういっぱいいっぱいの心理だった。
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
田舎だ。田圃と小さな山があって、細い自動車道が走っている。雨のせいかうっすらと霧がかかっていた。土と雨の混じる匂いの中で、蛙がせわしなくコーラスに興じている。もう少したてば、夏の蝉の合唱になるだろう。人間は少なくても、そこそこ騒がしいのが田舎だ。
「良い時代なんだけどねー。リモートワーキングが始まって、物流も自動化で田舎にいても不自由しない生活の時代で」
ただ、独りぼっちである。
親から受け継いだ一軒家は数世代家族住みくらいの広さだ。ささやかな畑もあるが、今は主に草刈りをするだけの土地だ。犬がいた頃には柵を作って外と中を走り回っていたが、今では犬小屋が残るだけ。
大茶は実家でーー本当に独りだけだ。
悲しいかなそれが不便かと言われれば、そんなことがなかった。スーパーなどの買い出しは通販で充分なほど整備されていたし、仕事もリモートワーキングで実家から仕事場のロボットを動かして働けるのだ。
ホームインライフ。テレビで議論されている、新世代で、新しい時代の引きこもり生活者はちょっとだけ問題になっていた。大茶も他人事というか、当事者の一人だ。
「独りだな」
ぼんやりと、雨音に耳を傾けていた。独りは寂しい。だが、独りだからこそ聞ける音もある。それに委ねてしまおう、少なくとも今は。
大茶は畳のイグサの匂いが薄まるくらいには古い部屋で、座椅子に身を沈めた。
「あれ?ドローンが離陸した」
巨大蜂の羽音のような、ドローンがプロペラを回す音だ。全天候型ドローンが雨の中を飛んでいく。配達会社との契約で、必要な時間にドローンが集配所まで取りに行くシステムなのだが、大茶は何かを注文した記憶はなかった。
「会社かな?」
たまに、新しい機材が送られることがある。大型バッテリーとかHMDとか、そういった消耗品になるものは、会社から宅配されるのだ。だが大茶は申請書を送った記憶がない。
もしかしたら、と大茶は考えた。
誕生日が近いから、プレゼントか何かかもしれない。そんなありえないことを考えながらも、『もしも』を考えて、ドローンが何を運んでくるのかを考え始めた。
「誕生日なんだし、ケーキか何か焼くか」
そう思うにいたり、二階の自室から一階のキッチンへと降りる大茶だった。自分を愛せない者が他人を愛せるか、というのが大茶の持論だ。大茶は自分にとても甘かった。
だがその前に仕事だ。
大茶は体のあちこちに機器を装着して、最後にHMDで頭を完全に覆った。
暗闇と無音だった世界が更新され、ワークロイドとリンクする。
四角い頭部の奥に小さなセンサーアイが六個並んで光り、胴体には転倒時の破損防止用のフレームが飛びでているのがワークロイドだ。
同型機は何機もあって、ペイント以外の違いは何もない。
「先輩、ちょっと遅いですよ」
「まだ休憩中のはずだろ」
大茶とまったく同型のワークロイドの言葉と違い、HMDに表示される時計はまだ昼休憩を示していた。
同型ではあるが、大茶のワークロイドと違い頭と胸の前後に『ロ-15』とペイントされているワークロイドは、大茶に指を突きだす。
「そうですね!」
ワークロイドが起動したのは無人車両のコンテナだ。大茶の仕事は、お届け物を運びだすことだ。重労働であるが、ワークロイドなら腰を痛めたり折る可能性はとても低い。安全な職場だ。
大茶が変わり映えなく業務をまっとうして、また気になっていたドローンが帰って来たのは夜中のことだ。夕飯もケーキも食べ終わってしまった。
外ではまだ、雨が降り続いていた。
カッパを着込んで、懐中電灯片手に迎えに行く。
ドローンポートーー離れの名残りであるコンクリート張ってる所で今は駐車場ーーに着陸している。ドローンの腹には、けっこうな大きさのものが括られていた。少し小ぶりな冷蔵庫くらいだ。
「猫車、猫車」
大茶は猫車を押して、ドローンの腹の下に滑りこませた。ドローンの着陸脚にちょっとお辞儀してもらって、猫車の上に荷物を降ろした。
大茶は首を傾げた。思ったよりもずっと軽いのだ。台車のほうがよかったかな、と考えながらも近くの猫車を出したが、充分なくらい軽い。少なくともコンプレッサーとか発電機ではなさそうだ。
貼られた配達表を懐中電灯で照らすと、テクノミカド系列店のポンコ電気店からの差し出しのようだ。
「なんだ?」
中身のわからない荷物を、ひょいっ、と両手で持ち上げて、玄関で梱包を解いた。カッターの刃が滑る。玄関は……あとで雑巾かけをしておこう、と大茶はずぶ濡れのフローリングを見ないことにした。
「……?」
人形だ。
頑丈に衝撃緩和処置で包まれ、胎児のような姿勢でそこにいたものを、大茶は知っていた。
人形ではあるが、人間と同じ姿とは言えない。皮膚は硬く外骨格のようであり、その顔もおよそ人間に似せようという努力の欠片もない剥きだしのメカらしさがある。可愛くないわけではないが、これを好むのはメカフェチに人間であろう程度には、人間の容姿から適度に……適度に?離れていた。
大茶は溜息を吐きかけてやめた。このまだ名無しの人形を頑丈に束縛するものを外し、初期起動を施す。
「ブースターがあったはず……」
ドールブースターを、人形のうなじのコネクターに差し、初期起動シークエンスを開始させた。
人形は一瞬だけ、ぴくりと痙攣したあとそのまま動かない。大茶が耳をすませて人形の胸に耳をあてれば、かすかに演算装置が動いている音がした。
それを待つ間に、
「さぁて、この手紙はなんでございましょうねぇクソ親父殿」
手紙を読んだ。
〈親愛なる我が息子へ。晩婚化するこのご時世においても童貞を貫ける姿勢に父は畏怖の心さえ抱く。だが流石に子を残せぬのは生命体として逸脱した行為ゆえにセックスなる行為における教材を支給することを決定した。然るに、我が息子は女性体における知識はあれど実践における経験を得るためのものである。
であれば完全なセクサロイドを支給することが望ましいのであるが、各個体における心理を考慮せずの成長を危惧し、また別の容姿ゆえの人間性を意図的に一部欠けさせ、心理と行為の技術を学ぶことへ集中させるものである。
思えば俺がロボ娘に惹かれたのは幼少の頃のアニメにあった。
幸い職場の戦闘用ロボットのAIを拝借し、機密情報を抜いた形で新しいボディに移植、セックステクニックをインストールしている。元々のAIは男性を模しているが、あまり賢くは作ってはおらず、また模しているというだけで中性であり、ボーイッシュな娘と考えてくれ。
我が息子の成長を期待していることを忘れないでほしい〉
大茶は、人形のうなじのシリアルコードを見つめていた。
「明日、ジャンク屋にでも顔をだすかな」
人形の股を確認すると、ぴたりと閉じたヴァギナに似せたのであろう柔軟素材による開口機構が組み込まれていた。大茶が指で確認したところ、中身もたばねそのままのようだが、冷たかった。他は特に、見ためで改造はない。
「お前これ、丸出しは不味いだろ。何もないなら、服もいらないのに……」
システムチェックに時間がかかっているのか、まだ目覚める気配がない。
大茶はリビングに移して、長期戦の陣を作った。目覚めたときに誰もいないと寂しいものだ。
携帯電話機の機能をもつケーテルをスマートネットワークの端末にセット。ネット回線を使って電話をかける。
「もしもし。紅葉郎か?ちょっと注文させてくれ」
「……何をだ、大茶」
大茶が電話した少し不機嫌さが滲む相手は、紅葉郎という友人だ。メカのパーツを数多く扱う問屋をやっている。
「これのスタンダードサービスマニュアルを頼む」
大茶は人形の写真を紅葉郎へと送った。少しだけ間が開いたのは紅葉郎が在庫の中から確認していたからだろう。
「わかった。銀行引き落としでいいか?」
「いつもと同じようにお願いします」
「すぐに発送する」
それで、と紅葉郎は話を続けた。
「急じゃないか。サービスマニュアルが必要だなんてな。レストアでもするのか?」
「新しい同居人ができたんだ」
「メカの同居人か」
「そう」
「遂にお前も機械化おとこの娘魔法少女計画のーー」
「ーーもう切るぞ」
大茶はクローゼットから服を引っ張りだし、人形に着せた。上下ゆったりとした、地味なパンツスタイルだ。下着はいらないだろう、と履かせてはいない。関節に挟まれれば下着は耐えられないだろう。大茶は誰かのものに自分の下着が使われるのにちょっと抵抗があった。
「軍用か」
そこはかとない危なさを人形に感じた。
アニメの中の18m級モビルスーツを小さくしてもっと人間らしく細身にしたような体格だ。あるいはは子供の相棒だったメダルのロボットだろうか。
頭部はモノアイ式でツインアイですらない。人間の頭部と比べればデザインが離れすぎている。脚部は猫科のような鋭さで地面を掴む能力が高そうだ。皮膚の代わりの装甲は、見ただけでも拳銃弾を完全に防御するだろう。薄くて軽い素材であるのに、大茶は現代工学の神秘を見た気がした。
女の子のラインを一応はとっているが、女の気というものは薄い気がした。ロボット娘は女の子と呼んでよいものか、大茶は悩んだ。しかもAIは軍用の男の子だ。
「……いや、もう少し可愛いらしいデザインか」
好意的に見れば、胸部から腹部にいたる線は緩やかであり女性的に見えなくもないような気がしなくもなかった。それに声は男っぽいではなく、ボーイッシュだ。大もな茶はまだ声を聞いていないが、そういうことにしておいた。
「テレビをお願い」
大茶は家庭内スマートネットワークへと音声入力して、リビングのテレビを点けた。
番組と番組の間である中途半端な時間帯であったこともあり、どのチャンネルでもニュースかコマーシャルばかりだった。
だから適当なテレビ局でチャンネルを止めたことにも深い意味なんてなかった。そのチャンネルで放送されていたニュースにもだ。
『怖いですねぇ。俺たちの時代なら考えられなかった』
『AI依存症』という、人間が機械に依存しきってしまう現代病の特集が組まれていた。特集には、この手のコーナーではよく聞く、そしてAI依存症という名前が世間に広まる原因にもなった、『服部事件』がやはりサンプルに挙げられていた。
ーーその時だ。
大茶は背後で大きな物音を聞いた。狸ではない。人形のお目覚めだ。
「……」
ゆっくりと立ちあがるコンバットロイド。大茶は人形と読んでいた自分を追いだした。大茶はつい、かける言葉も考える言葉もほんの一瞬ではあるが考えられなかった。
身長は2mを超える巨人が天井すれすれまで、そのモノアイの頭を持ち上げたのだ。大茶が思っているよりもずっと巨人だった。胴体に比して、足が想像よりも長い。スライド式で伸びる方式の逆関節だったようだ。
「システムオンライン。未知のボディに換装されていたが、状況を更新した。問題なし。確認した。ご命令を」
女の子らしくない口調とかそういう話ではなく、ハスキーボイスすぎた。女の子といえば高音域の声と思っている大茶には、強く男寄りに感じた。女の子はもっと、高い声だろう、鈴の音に例えられるくらいだそのはずだ。
大茶は思った。これ、このコンバットロイドて生身の人間の頭とか握り潰せそうだな、と。これ完全に思い描いていたきゃっきゃうふふにはならないな、と。あとついでに言えば、これはもしかしたら父親から息子を暗殺する為の刺客なのではないか、と。
思ったが、大茶は口にはださなかった。
「……パンツが短パンのようになっているが、不便ありませんか」
「疑問、下半身における便利性について答える。部品保護の観点から露出状態での管理は得策ではなく、指揮官の判断は極めて尊重されるものである。便利、不便の問題ではなく、必要性において指揮官の行動を評価する」
問題はないらしかった。
「それで、俺は貴方を何と呼べばいいのでしょうか」
「指揮官。私のメモリーの中に残る個体標識で呼ばれるのであればーー該当メモリーに欠損あり。指揮官、君が決めてくれ」
「では命令です。君は君の名前を見つけてください」
「命令を復唱。私は私の名前を見つける」
ーー数秒後。
「スマートネットワークからの検索により、指揮官である大茶のプライベートデータから『チマキ』なる名前を選択。以後、本機体であり私はチマキと呼称する許可を」
大茶は顔が引き攣るのを自覚した。それは、大茶が時々書いては読み返している小説のヒロインの名前だ。
「許可します」
「心からの感謝を。本機体であり私はこれより、チマキとしての活動を開始する。指揮官の性生活を保障する作戦指令書にのっとった活動を行使する」
チマキはアームを伸ばし、大茶の首を掴んだ。そのまま身動きを封じるためにリビングのフローリングへと倒された。大茶は鎮圧される暴徒のような扱いだ。
チマキは腰に折り畳まれていた第三腕、第四腕を展開してフローリングに手をつきバランスをとりつつ、パンツのチャックメインアームで開きつつ、大茶の履くズボンを剥ぎ取りにかかっている。
忘れてた、と大茶はあらためて、このコンバットロイドのチマキになったメカを思いだした。性の技を叩きこまれた、もといインストールされたチマキは、そういう目的で送り込まれているのだ。
「待ちなさい。それはまた明日……いや、少し心の準備をさせてください。セックスは男と女の心の機微でこそあれ、一方的に致すのはレイプ以外ではないはずです」
「肯定する。ならば、私は大茶が極めて好意的心理になれる環境の構築における活動を具申する」
「はい、許可します」
大茶は深くは考えずに物を言った。言ってしまったことに自覚はなかった。
チマキは大茶を解放し、剥きだしの部位を改めて保護して、大茶の乱れた服を丁寧に整えた。
「それでは夜も深いので、俺はもう寝ますね」
「私には多数の能力がある。命令を実行するうえでの徹底。自己診断プログラムの外部拡張。体内時計による寸分違わぬ工程管理ーー」
「ーーチマキさん、おやすみなさいです」
「指揮官。良き夜を」
大茶は階段を一段登るたびに、現実が心を締めつけていくのを感じていた。何だあれは、と。セックスするしないとかの問題とかの前段階での難題があるだろ、と。
布団の中に潜りこみながら、大いに悩んだ。悩んだが、その悩みは明日の大茶に任せることにした。
いかがだったろうか?まだまだ物語は始まったばかりで、お披露目程度だ。この先は感想次第だな。より多くの意見が次の時間を作るだろう。




