3:愉快ではない〝愉快なお友達〟
竜車はレイヤ達の前を塞ぐように停車し、荷台から飛び降りた五人がレイヤ達を囲む。荷台に残った数も合わせれば六人──野盗の〝集団〟としては少ないが、竜車も有しているなら気が大きくなるのも無理はない。
「よう、また会ったな~」
と、荷台の前に立った一人が、マハルを睨みつけてきた。禿頭が特徴の男で、これ見よがしに振って見せる棘付きの棍鎚が、やけに似合う。その隣では、見るからに軽薄そうな男がにやけながら弩弓を構えている。矢を放ったのは、こいつらしい。
しかし、
「〝また会ったな〟っつってるが、お前のダチか?」
「いえ‥‥ちょっと待って‥‥‥え~っと‥‥‥」
言われたマハルは、必死に思い出そうとする。レイヤも、目を細めて禿頭男を見据えるが、最後の引っ掛かりが、どうしても取れない。
結局、答えは十三番が出した。
「先程、クロッシで会った男だ」
「そう、それっ! そいつよっ!」
「あ~」
やっと思い出した──クロッシから出るときに、絡んできた連中だ。
「要するに、仲間を集めて野盗仕事のついでに仕返しに来たってとこだろ」
「野盗仕事はともかく、仕返しって何よ? 先に絡んできたのはあいつらの方よ」
言いながら、マハルは呆れの目を禿頭男と軽薄男に向ける。
「言いがかりも良いところだわ。そう言うのは、仕返しじゃなくて腹いせの八つ当たりって言うのよ。それも、とっても安っぽくてガキっぽいって但し付きの」
「その程度の〝筋道〟が分からねえくらいに、連中はオツムが残念なんだよ」
「て、テメェら‥‥‥っ」
すっかり忘れていた上に言いたい放題なレイヤ達に、禿頭男が頭頂まで真っ赤になった。こんな特徴的な輩なのに、一時間足らずでどうして忘れていたのだろう。
「どこまでも馬鹿にしやがってっ! もう謝っても許さねえからなっ!」
「そうだっ! お前ら終わりだからなっ!」
軽薄男も、真っ赤な顔で負けじと喚く。
滑稽極まりない姿に、他の仲間からすら失笑や不快を買いまくっている。当の本人たちは、全く気付いていないようだが。
「おいお前ら、もうその辺にしとけ」
と、不快そうにしていた一人──荷台に残った男が、舌打ち交じりに言うと、野盗達の笑い声も、禿頭男や軽薄男の喚き声も消えた。一見すると優男だが、どうやらこいつがこの荒くれ共の親分らしい。
「す、すいやせん~、レイヤさん」
と、軽薄男が媚びるように無駄に高い声で頭を下げる。清々しいほどの変わり身だが、そこに感心してる場合ではなかった。
「‥‥‥レイヤさん、ですって?」
黒眼鏡の向こうで、マハルは目を丸くし、横目で弟のレイヤに目を向ける。弟は、どこか楽し気な笑みを返すのみ。
「え~っと、レイヤっていうのは、あのレイヤ・ソーディス?」
「へぇ、知ってるみたいだね」
確かめるようにマハルが訊ねると、軽薄男が何を思ったか勝ち誇ったように語り出した。
「だったら話は早い。この人こそ、ソーディス一家の長男──レイヤ・ソーディスその人だっ!」
軽薄男の無駄に偉そうな紹介に、レイヤと呼ばれた親分は、無言のまま悪そうな笑みを浮かべて見せる。
「レイヤ・ソーディスはもがっ」
何か言おうとした十三番の口を、マハルがすかさず塞ぎ、
「レ‥‥‥いえ、弟クン?」
平坦な声で、マハルは訊ねた。わざわざ〝弟クン〟などとワザとらしく呼び方を変えるあたり、よく分かっているようだ。
「さっき言ってた〝面白い〟って、こういうこと?」
「まあな」
レイヤ・ソーディスを名乗る男を頭目とした野盗団が出回っている──買い出しの最中、レイヤはそんな話を聞いていた。
「レイヤさん、見てくださいよ。あいつら、ビビり過ぎておかしくなっちまってますぜ」
禿頭男が、何を勘違いしたのか指まで差して笑ってきた。それが伝播して、野盗たちも下卑た笑い声を上げる。
「さあお前ら、お喋りは終わりだ。お楽しみの時間だぞ」
あちらのレイヤこと親分が、優男な見た目に似つかわしい穏やかな声音で言うと、野盗たちは一斉に色めきだった。
「あ~うん‥‥‥そうね、うん」
マハルは、投げやりに頷いて見せ、
「あとは名前負けしてなければ、言うこと無しかしら?」
その姿が、急に霞んだ──十三番以外には、そう見えた。
「いつも通りにやっちばぇっ?」
口上の最後に吐き出されたのは、噴き出たような悲鳴──皆の視線がようやく集まった時には、親分は荷台の固い板にうつ伏せで倒れていた。
*****
「え、な」
何が起こったのか、当の親分が最も分かっておらず、取りあえず体を起こそうとするが、
「おかしいわね~」
「ぶぇぐっ?」
マハルにつまらなそうに背中を踏みつけられ、親分は再び地面を舐める羽目になった。
「レイヤなら、このくらいは目を瞑っててもかわせるはずなんだけど」
「れ、レイヤさんっ!」
「親分っ!」
ようやく理解した禿頭男と軽薄男が、次いで他の野盗達も動きだそうとするが、
「おい」
禿頭男と軽薄男は揃って凍り付いた。
背後からの声と、首筋の冷たい感触に。
「自分の命と〝お楽しみの時間〟‥‥‥お前らにとって大事なのはどっちだ?」
禿頭頭に短剣を突きつけながら、レイヤは冷たく訊ねた。隣の軽薄男には、十三番が短剣を突きつけている。
瞬き同然の時間だったが、皆の意識がマハルと親分に集中している間に、レイヤと十三番は二人の背後に回り込んでいたのだった。
結果として、レイヤ達は野盗達の囲みから抜ける位置を取る形になる。
「そ、そんなんでビビるかよっ!」
「そうだそうだっ! こっちの方が数は上なんだっ!」
怯みながらも、禿頭男と軽薄男は突っぱねてみせた。予想通りな返答に、レイヤは鼻を鳴らし、
「腐ってるなりに根性はあるって事か。けどな」
閃光──野盗達の足元に、蒼い光が突き刺さった。
「たった五人じゃ、〝数の差〟は頼りにならねえぞ」
親分を除く、地面に降りた五人に、同時に。
光の正体は、束になった稲妻──導力を司る蒼の月精によって形成、収束された荷電粒子の矢。
つまり、
「月精術っ? お前、月民かっ!」
「ちょっと何よ? 気づいてなかったの?」
足元の親分の驚き様に、むしろマハルの方が驚かされた。その驚きは、すぐに呆れと失望に変わり、
「うん、もう良いわ。これでお終い」
マハルが右腕を掲げる。それで露わになった腕に蒼の光が幾何学状に走り。すると、野盗達の皆の頭上に荷電粒子の塊が、いくつも形成された。たった五人など一度に吹き飛ばしても、まだ余るくらいに。
それを見上げたまま、野盗達は顔を真っ青にして凍り付いた──マハルにしてみれば、この程度の事だというのに。
「あ~まあ、何だ」
マハルの苛立ちを背中に感じたレイヤは、話を割り込ませながら禿頭男の背中を蹴りつける。たたらを踏んでからあっさりと倒れるが、禿頭男はレイヤからは離れる形となった。
「で、どうすんだ? お前らにとって、〝お楽しみの時間〟てのは、命と引き替えにしてでもやらなきゃ」
レイヤの言葉が終わるよりも先に、野盗達は背を向けて全速力で逃げだした。
「お、おい待って~っ」
十三番に背後を取られていた軽薄男も、遅れて走り出した。
マハルに踏みつけられた親分を、置き去りにして。