1:現代人と古代人
次の目的地が決まってハイと行けると言えば、当然そんなことはない。冒険とは何かと物要りであり、そうでなくても今回は入り用品が多いのである。
この〝クロッサ〟という町は、言うなれば交易の要所であり、数多くの人、物、そして情報が集まる。
なので、スザンノーから降りたレイヤ達は、諸々の仕入れのためにこの街に来ていた。太古から来た白い少女の、現代社会の見学も兼ねて。
「よっこらせっと」
町の出入口付近に設けられている待合用の長椅子に大きく膨れた背嚢を下ろしたレイヤは、蓋を開けて仕入れた物を手早く確認していく。
「こっちは良し、と‥‥‥あ~しんど~」
買い忘れが無いことを確かめると、レイヤは投げ出すように長椅子に腰かけ、大きく息を吐き出す。ただ買い歩くだけでなく、店ごとに値切り交渉までしていたのである。それはそれで楽しみではあるのだが、さすがに今回は数をこなした分、神経まで使わされた。
「おい十三番、そっちはどうだ?」
「もう少し」
〝十三番〟と呼ばれた白い少女は、隣の長椅子に背嚢を置いて中身を確かめていく。
番号呼びなど味気ないことこの上ないが、かと言って呼び名が無いのは不便。なので、レイヤが名前を考えるまでの、あくまでも繋ぎである。レイヤとしては面倒なので、そのままで通せばいいと思うのだが、サクラに突っぱねられるのは目に見えている。
『そんな事だから、貴方はいつまで経ってもそんななんです』
などという、ありがた~い小言付きで。
「確認した。足りないモノは無い」
「そら良かった」
本当に良かった──もう一度買いに行くなど、面倒なことをこの上ない。
「しかしお前、金の使い方からして知らねえとはな」
あちこちの店での遣り取りを思い出して、レイヤは再びため息を漏らす。それも、疲れた理由の一つだった。
この古代人──〝物々交換〟の概念は理解してはいたが、共通通貨としての〝硬貨〟や〝金塊〟を知らないのだった。
「当時の売買における支払いは、通信情報網内での遣り取りで完結していた。〝現金〟の存在は、既に歴史の中だけ」
「実物の金のやり取りの必要が無かったってことか。面倒が少ねえけど、それだと店のモノを盗り放題にならねえか?」
「充分な防犯対策は施されていた。窃盗に限らず違反行為をすれば、確実に逮捕される」
「そりゃ安心で快適だ」
何しろ、今の世の中は危険に満ちている。そのおかげで、退屈はしないが。
「お、待、た、せ~」
弾んだ声がかけられ、レイヤはそちらを振り向く。
目深に被った帽子の上から、更に外套で覆い、目には黒眼鏡──そうと分かってなければ、レイヤでもマハルだとすぐには気付けないだろう。
蒼の瞳と髪は、それ自体が蒼の煌人の証左。レイヤ達としては、目立つのは避けたいので、隠すための変装は必須であった。特に町中を出歩くときは、特に。
しかし、今のマハルがとても上機嫌だということは、誰が見ても分かる。その理由は、マハルが引っ張ってきた大きな荷車を見れば一目瞭然だ。
「‥‥‥また随分と買い込んだな」
膨れに膨れた大きな雑嚢が、しかも四つ──大きな荷台を占有するそれらを見て、レイヤは眉を顰めた。
「そりゃ〝大量の仕入れ〟が今回のお仕事だもの。だから、このクロッサに来たんでしょ」
次の目的地が決まってハイと行けると言えば、当然そんなことはない。冒険とは何かと物要りであり、そうでなくても今回は入り用品が多いのである。
この町──クロッサは交易の町であり、人、物、そして情報が集中している。諸々の仕入れと、十三番の現代社会の見学には打ってつけだ。
なので、マハルの言っていることはレイヤとてよく理解しているのだが、
「その〝お仕事〟の分よりも、どう見ても衝動買いの方が多いように見えるがな?」
「だから荷物持ちなんて一番の面倒役をやるんでしょ~。心配しなくても、手持ちと私のお小遣いから出してるし、大半は特売品とか訳あり品とかそう言うのだから」
「‥‥‥で、殆どが安物買いの銭失いになっちまって、何度も後悔してきたんだろうが」
「そ、その度に私は学び、そして見る目を養ってきたのよっ! 今回は大丈夫っ!」
「‥‥‥てなやり取りを、俺が知ってる限りじゃ六回は繰り返してる。今回のを含めてな」
「レイヤが覚えている限り‥‥‥ということは、もっと多い可能性もあるということか?」
十三番が、なかなか鋭いことを言う。鋭いものだから、マハルは引き攣った笑みのまま凍り付いた。
「多分、フィルや姉御にも似たようなことは言われてるはずだ。十三番も、注意しておいてやってくれ」
「‥‥‥今の会話から考える限り、私の注意では効果はあまり期待できないと予想する」
「あ~‥‥‥まあ、なるべくでいい」
「了解した。なるべく、善処する」
「‥‥‥あ、アンタ達好き勝手言ってくれて~」
黒眼鏡越しでも分かるくらい、マハルの顔が真っ赤になる──いや、真っ赤になる前に、レイヤは傍に置いてあった袋から温かい包みを取り出し、マハルの鼻先に差し出した。
「歩きまわって腹も減ってるだろ。とりあえず、これでも食って落ち着け。屋台のオッサンに、色を付けてデカくしてもらったからよ」
よくある具入りの揚げパンだが、その大きさはマハルの手の平よりも大きい。
「‥‥‥何よ、私がエサで釣られる程単純だとでも思ってるわけ?」
と、マハルの口は悪態を吐くが、香ばしい匂いと大きな揚げパンを前に、腹の方からは正直な音を大きく響かせた。
「~~~~~~~っ!」
マハルは、別の意味で顔を真っ赤にしながらも、ひったくるように揚げパンを掠め取り、大口を開けてかぶりついた。
「まったくもうもぎゅ、おいしいじゃないにょよはぐ」
もごもごとぼやきながらも、マハルの顔は見るからに弛んでいく。
「むぐ‥‥‥て、どうしたの二人とも? 食べないの?」
「俺達は、それ買った時に食った。お構いなく」
「あらそ‥‥‥それにしても」
揚げパンを咥えながら、マハルは十三番を注視する。上から下までじっくりを観察し、
「実用重視、可不可無し、当たり障り無い‥‥‥そんな感じね~」
今の十三番は、それまでの借り物ではなく、古着屋からレイヤが見繕った服で装っている。他にも、合わせて五、六着は仕入れたが、どれもがマハルの言う〝当たり障り無い〟モノばかりだ。
「実際、実用重視で見繕ったからな。ウチの場合、無駄にお洒落する必要なんか無えだろ」
「アンタ、それだからいつまで経ってもそんななんでしょ」
まるでサクラみたいなことを言ってくる。見た目だけでなく中身も似てきたようだ。
「そうは言うけどな‥‥‥この手の町でこいつに見合うような洒落モノが、そう置いてるわけねえよ。それに、こいつの場合は外を飾るより、本体を際立たせた方が良いだろ」
何しろ完璧と言って良い容姿なのだ。下手な華美な飾りなど、むしろ逆効果だろう。
「それはまあ、それはそうだけどねぇ‥‥‥」
「よう、姉ちゃん。見ない顔だなぁ?」
「なんかこう、もっとねぇ‥‥‥」
「この町は初めてだろ。俺達が色々と世話してやるぜ~」
何やらどこかの男が、どこかの女を誘っている。随分と強引で下卑た誘い方だが、こちらには関係ないだろう。
「古着屋じゃ、お前が好きそうな高級品なんて扱ってねえだろ」
「おい、聞いてるか?」
「で、本人はどう思うよ?」
「おい?」
「‥‥‥私としては、行動を阻害されなければ、服装に対する意見は無い」
「お~い?」
「十三番~、そういうのをね、つまんないって言うのよ。そんなんじゃ、それこそレイヤみたいになるわよ」
「おい待て、俺みたいってなぁどういうこった?」
と、マハルはさもつまらなそうに嘆息に、レイヤは言い返す──いや、言い返そうとして、
「おいっつってんだろがゴラぁっ!」
濁声に遮られたことで挫かれてしまった。