5:ソーディス一家
「推進器以外に目立った損傷は無し、と」
スザンノーの後部格納庫──または、ラヴィーネの事実上の私室にて、機械腕に吊るされた耐圧服を確かめた部屋の主は、満足そうに頷いて見せる。
顔についた油汚れも拭おうともせずに無邪気に笑って見せるものだから、もともと童顔気味ということもあり、二十代半ばにしてやんちゃな悪ガキにも見える。
まあ、悪ガキ真っ盛りを自覚しているレイヤなので、口にこそ出さないが。
「にしても、面白いくれえに潰れたもんだな」
着ている間はそれどころではなかったので気付かなかったが、耐圧服にはあちこちが大小の傷があった。特に背中──特に推進器の部位が、酷く潰れている。
「やっぱ、さっき船の上に落ちた時か?」
「更に言うと、さっき船ごと吹き飛ばされたときに、あんたはあの白い子を抱きしめたままだったでしょ。耐圧服の自重に、何よりあの白い子の体重だもの。転げまわってあちこちぶつかってれば、さすがに壊れるでしょうね」
全身にかかる重圧には耐えられるが、断続的な衝撃には堪えられないということらしい。
「所謂、想定外の事態ってやつか」
「それはそれで収穫よ。だからこそ、実験してるんだし。次はそうねぇ‥‥‥深度百ヌーラ以下の闇の世界を冒険~てのはどう?」
「やるのは良いが、そん時ゃ、あんたが自分でやれよな」
「あら? その前に空飛ぶ機能もやろうと思ってたんだけど~?」
ラヴィーネは、明らかに含みのある笑みで問うてきた。
その心は──飛行機能の実験をしたければ、深度百ヌーラの耐圧実験もやれということだ。
飛行機能については以前より案が出ており、実現はレイヤも楽しみにしていた。それを知った上で言っているのだから、何と言う悪辣ぶり。
「‥‥‥ほら、手が止まってるわよ」
「あ~へいへい」
レイヤは、我知らずに止めていた片づけを再開する。
導力障壁のおかげで船自体は守られたものの、中はめちゃくちゃだ。特に、いつも散らかっているこの格納庫は、いつもよりも酷いことになっている。そのくせ、当の部屋の主は耐圧服に目を取られているものだから、助手兼弟子にしわ寄せが来ているというわけだ。
「‥‥‥で、収穫と言やよ」
細かい破片やら残骸やらを放棄で集める中、ふとレイヤは思い出した。
「あの白い奴はどうした?」
「マオシスに調べさせてるわ。フィルがおめかしするついでにね」
船内側の扉から入ってきた蒼い少女が、レイヤの問いに答える。
ふくらはぎまで届く髪と強い気配を帯びた瞳は澄んだ蒼海色。その彩りが、端正ながら幼さを残す顔立ちを更に際立たせ、そんな幼い顔には似つかわしくない大きく盛り上がった二つの膨らみ──色々な意味で、方々から目を引くだろう。
そんな彼女の名はマハル・ソーディス──黒髪に黒瞳の実弟とは、見た目も中身も似ても似つかないが、間違いなく同じ母胎からほぼ同時に生まれてきた双子の実姉であった。
「推進器と障壁発生器の手直しは完了。思ったより大丈夫だったわ」
自信満々なマハルの言い様に、レイヤは肩をすくめ、
「分かった。後でもう一度確かめておくぜ」
「ちょっと待ちなさい‥‥‥それって、私の腕が信用できないって事?」
「腕はともかく詰めが甘いからな、お前は」
「あんですってぇっ?」
「ハイハイ、マハルはいちいち騒がない。レイヤもいちいち呷らないの」
と、ラヴィーネは手を叩きながら、レイヤに詰め寄ろうとするマハルの前を塞ぐ。まだ二十代も半ばの若者だというのに、ひどく老けこんだため息を漏らしながら。
「元気で仲良しな証拠でしょう」
と、ラヴィーネのため息に苦笑したのは、マハルと同じ蒼に彩られた女だった。
名をサクラ・ソーディス──レイヤとマハルの実母にして、ソーディス家の長である。
蒼の髪と瞳とそれに彩られた端正な顔立ち、そして歳月を経て成長を遂げた胸の膨らみは娘以上に目を引くだろう。
だが──決して容姿だけが取り柄でないことは、肩口で切り揃えられた短い髪と、眼帯で覆う失った左目が示している。そして、残った右目から溢れ出る穏やかながら確かな貫禄は、今の娘如きには千歩譲っても真似できないだろう。
「それはそうと‥‥‥居間と台所をざっと片づけましたが、被害はとっても悲しいことになってます。一番マシなので、コレですから」
と、サクラが見せたのは茶碗──の慣れの果てである、割れた残骸。
「あっ! それ‥‥‥」
しかも、自身のお気に入りの代物だったものだから、マハルは泣きそうな顔になった。〝一番マシ〟でこれでは、食器類を始めとするワレモノ類は全滅だろう。当然、レイヤが愛用していた茶碗も。
「まあ、あんだけ弾き飛ばされたんだ。〝悲しい〟で済んで良かった、と思うしかねえだろ。出費も悲しいくれえ痛えがな」
「安心しなさい。ちゃんと嬉しいお知らせも持ってきましたから」
「ご歓談中失礼します」
と、皆よりも頭二つ分は高い背の女が、何とも良いタイミングで割りこんだ。
実際、機を計らっていた筈だ。双子のもう一人の姉貴分にして、一家の侍従として長年仕えてきたフィル・ブラーダなら、それこそ息を吸うが如きだろう。
「御客人の御召替えが済みましたゆえ。それでは、どうぞ」
フィルに恭しく促され、出入り口の陰から静かに姿を露わしたのは、
「へぇ‥‥‥」
「うわぁ‥‥‥」
「あら‥‥‥」
「ほほう‥‥‥」
髪を纏め上げ、素朴ながらも清潔な服に身を包んだ白い少女──別の彩りが生まれたことでより際立った美しい純白に、四者は嘆息を漏らす。
「久々に、良き仕事をさせていただきました」
下手な褒め言葉よりも分かりやすい各々の反応に、表情の動きが乏しいフィルが僅かに笑みを見せた。付き合いの長いレイヤ達でなければ、分からないくらいに小さな変化だったが。
「さて‥‥‥御召替えの際、御客人の御体を拝見させていただきましたが」
いつもの無表情に戻し、フィルは本題に話を移した。
「御客人は、想像以上に凄まじいモノをお持ちの様です‥‥‥マオシス殿、御客人の検査情報を」
『了解』
ソーディス家の〝六人目〟が、皆の前に白い少女の検査情報を記した画面が投影される。
「‥‥‥この発言者は、人工思考体か?」
『肯定します』
黙っていた白い少女が初めて反応を見せると、彼女の前にもう一枚──〝音声限定〟と表示された画面が現れた。
『私は、支援思考体〝マオシス〟です。当船の機器を通じて、搭乗者を支援します』
「了解した」
『それでは、現在検査結果から判明している情報を解説します』