7:〝十三番〟の終わり
『どういう経緯かは知らないが、この映像が流れているなら、十三号は全ての意味で解放されたということだ。となれば、アルファオメガを消滅させる手筈は整っているはず。それとも、案外終わっていたりして?』
「……よく分かってるわね」
見透かしてるとばかりのエリカの物言いに、マハルは眉をひそめる。
「つまり、何もかもこの人の手の平の上でしたってこと?」
「いいから黙ってろよ」
レイヤはマハルの背を小突いて、ぼやきを遮る。
『何にしても、私が喜ぶべきじゃないし、その資格も無いだろう。元を辿れば、我々がすべき尻拭いだからだ。アルファオメガの最優先行動指針に、命令の絶対順守と遂行がある。あらゆる手段や策を以て遂行せよと。それを考えれば、〝暴走〟などと我々が言うのも図々しいだろう。そんなモノを生み出した私達がっふ、ごほっ』
画面の向こうでエリカが咳き込み、口元を抑え込んだ指の隙間から、赤い滴りが漏れ出る。
『……機密保持の毒が回り始めたらしい。愚痴を言う暇は、もう無い』
苦悶しながらも、エリカは笑みを浮かべた。
『十三号が自発的に目覚めることは無いから、傍に誰かいるのだろう。いつなのか、どこの誰なのか、どんな立場なのかは、さすがに分からない。もしかしたら、我々とは敵対する者なのかもしれない。だがそれでも、どうか十三号──いや、私達の子供を頼みた』
言葉が急に切れ、エリカはその場に崩れ落ち、
『……っ、十三号……お前には、約束していた名前を……』
しかし、どうにか倒れきる前に手を付く。
十三番が納められていた、培養槽に。
『お前の、名前は、カナセ……奏でる世界という文字を掛け合わせて……』
腕の力が抜け、エリカの体は培養槽を覆うようにうつ伏せになった。
『お前は、人形じゃない、兵器じゃない…………一人の、ヒトとして、自分の思うまま……………………………………』
それきり──動くことも無ければ言葉を発することも無いまま、エリカは区画諸共凍り付いていく。
*****
「ゴメン」
映像が消えると、マハルが鼻をすすりながら言った。
「他人を手の上で転がして遊ぶ腹黒い人かと思ったけど、良いお母さんだったわ」
「……マハル様のおっしゃる通りです」
珍しく口元を笑みの形にしながら、フィルは無駄に偉そうに頷き、
「サクラ様、よく見習われませんと」
「それって私が、悪い母親だ、と言いたいんですか? まあ、否定はしませんけどね」
サクラは、自嘲するような笑みを浮かべる。
「少なくとも良い母親とは言えませんし、そのくらいの自覚はありますから……それはそれとして」
サクラは、十三番に目を向ける。
「貴方、これからどうするんです?」
問われて、初めて我に返ったように十三番は顔を上げた。
「色々ありましたけど、私達としては今回の目的は果たしてますし、貴方も制限が解かれたことで自由の身。無理して一緒にいる必要は無いですよ」
「……私は、どうすれば」
「貴方がどうするかは、私達が与えるわけにはいきません。貴方のお母様も言ってたでしょう。一人のヒトとして自分の思うままにって」
「私は……」
十三番の答えは、そこで途切れた。
「わ、私は……」
悶々と悩みを繰り返すだけ。
だからこそ──自ら答えを見出すということ。
自ら選ぼうとする意志が、十三番にあるということ。
迷い、悩み──それは、機械や人形には決して持ちえない〝感情〟だから。
「別に、そうすぐに決めなくても良いんじゃねえか」
レイヤは、面倒そうに言った。
「それに、こいつは色々使えんだろ。ただでさえ、手がいくらあっても足りねえ有様なんだからよ」
「ほほ~、レイヤにしては上手い助け舟ですね?」
「事実を言っただけだろ」
茶化すサクラに、レイヤはそっぽを向いて吐き捨てた。
そんなあからさまな誤魔化しぶりに、サクラは必死に笑いを堪え、
「そういうわけなので、じっくり考えなさい。別に、ここに居続ける分には、私達は拒みませんから。もちろん、やるべきことはきっちりとやってもらいますけど」
「……分かっている」
「なら良し……そろそろ出発しましょう。もたもたしてたら干からびてしまいます」
サクラは、砂海の地平から姿を見せつつある朝日に気づいた。
「マオシス、高度はこのままで西へ。とにかく陽を避けてレヴェラを抜けます」
『了解。移動を開始します。落下に注意してください』
日差しを背に、スイキョウは動き出し、徐々に速度を上げ、やがて風も追い抜く勢いで飛翔する。サクラ達は、スイキョウの巨大な指と、周囲に形成された障壁に守られて、振り落とされることは無い。
「ああ、そうそう。これはアンタに渡しておくね」
ラヴィーネは、手にしたままだった極小機械の塊である球体を十三番に差し出した。
「それと、お土産がもう一つ」
続いて、ラヴィーネは懐から四角い板──エリカの部屋にあった写真を取り出した。それに反応したか、夕焼けの荒野を背景にしたエリカと十三番の姿が表示される。
球体と一緒に受け取ったそれを、十三番は無言で見据える。そんな彼女の両頬に伝った二つの滴が、朝日を反射して光った。




