6:〝黒〟の力
鞘から放たれた勢いのまま翻った刃と、振り下ろされた剛腕がぶつかり──鈍いとも鋭いとも付かない音を響かせて、零号から離れた剛腕が宙を舞った。
呼吸と体の調子を整えながら、悠然と曲剣を鞘に納めるレイヤ。その背後で、突進の勢いに乗っていた零号は、頭からアルファオメガ達に突っ込んだ。
強引な組み上げによって、ただでさえ不安定だった培養槽の山はあっさりと崩れた。そのうちいくつかが割れ、漏れ出た培養液に乗って流れ出た炉心が、下敷きになった零号の目の前に転がった。
「……後は私が引き受ける」
黒い光を放ちながら、十三番が零号の前に屈む。
「現状では、黒月精を安定させることは難しい。可能な限り、動きを止める必要があった」
零号の目が動いて十三番を捉えるが、それ以外の動きは無い──それ以外の力が、もう残っていなかった。
「しかし、ここまで止まれば、充分」
そんな零号に、十三番の手が添えられる。
「……っ」
極限まで高められた熱によって十三番の手が焼け付くが、十三番は気にせず術を発動──零号を楔に、アルファオメガ達に黒月精を送り込む。
黒い影は見る間に広がっていき、陰りを見せ始めた白月精の輝きも覆い尽くし、アルファオメガ達は、その向こうに消えた。
「レイヤ、決して近寄ってはいけない」
十三番に言われるまでも無く、不用意に近づくという選択肢は、端から消えていた。黒い光が放たれた時から、レイヤの本能が恐怖と言う形で大音量の警鐘を鳴らしていた。
『アルファオメガによる白月精は消失、外の生物兵器群の動きは急速に鎮静化、停止しました』
『そういうわけで、こっちはもう終わります』
『未だに動くモノもおりますが、こちらが手を出さずとも時間の問題かと』
『そういうことだね』
『あとは貴方達だけよ』
マオシスの知らせに続いて、サクラ達が通信越しに軽く言ってくる。が、端々には疲れが滲んでいた。やはり、無数の大群相手というのは、総出でも難物だったようだ。スイキョウと言う隠し札まで切らなければ、どうなっていたことやら。
「……こちらも終わった」
長い、しかし実際には十数秒の時間を経て、十三番は術を止める。その結果、黒月精の覆いが取り払われ、露わになったのは、一見すると変わらない培養槽と、風化して干からびた肉塊。
十三番は、それに添えられたままの手を放し、
「零号を含め、アルファオメガ達の時間を加速──十年分ほど進ませた」
既に十三番の黒い月精は消えており、元の純白に戻っていた。
「……つまり、こいつらにとっては十年経ってるってことか」
よくよく見れば、零号や炉心と判別できる。長い年月を経たかのように、腐敗を通り越して風化しかかっていた。触れたら、それだけで塵になってしまいそうなほどに。
いくら強靭でも、瀕死や炉心を剥き出しの状態で、何の処置もされずに放置されれば、遅かれ早かれ確実に死滅する。
「つまり、黒月精ってのは」
「時間に干渉し、制御する。ただし、白月精よりも安定させるのは難しい」
「……そりゃそうだろ」
そもそも〝時間〟という存在が概念的なモノである。概念を操ろうなど、雲をそのままで掴むよりも不可能な話だ。
『二人とも、お喋り後で。そこはもう、崩れ落ちます』
「へいへい……そういうわけだが、動けるか?」
「……」
「おいっ!」
風化した零号達の前で膝をついたままの十三番の肩を、レイヤは揺さぶった。
「アルファオメガとしてこいつらと一緒に……まさかとは思うがな、んなクソナメたこと言うんじゃねえだろうな?」
「しかし私は」
「まあ、んなこたぁ後だ。おら、さっさと立て走れボケっ」
レイヤに乱暴に蹴りつけられ、十三番はヨタヨタと走り出す。覚束ないのは、不慣れな力を使ったためか、別の何かか──そんなことは、レイヤにはどうでも良かった。
*****
レイヤと十三番が外に出た時には、既に空間封鎖は解かれ、朝焼けに染まりつつある夜空と砂海が露わになっていた。
アルファオメガの支えを失った〝塊〟は、流れ落ちるように崩れていき、物言わぬ瓦礫の山を形作っていく。時が経てば、砂に埋もれて消えていくだろう。
遺跡も。
スザンノーも。
アルファオメガ達も。
「お疲れ様でした」
スイキョウの手の上でその光景を見据える皆に、サクラは労いをかけた。自分もだいぶ疲れているはずなのだが。
「それと、十三番」
崩落していく〝塊〟を見据える十三番に、サクラは目を向ける。スイキョウの手に乗り込むなり力なく座り込んで、ずっとそのままだった。
「おかげで、みんな助かりました。ありがとう」
「……私は、っ?」
十三番は、呻くように胸元──もう一つの炉心を押さえる。
『十三番の黒月精炉心に、極小機械の反応を検知……いえ、活動を開始しました。十三番の体組織を通過し、体外に表出します』
「ちょっとごめんね~」
ラヴィーネが十三番の襟元を開けると、露わになった右の胸元──炉心の部分に、シミのような鈍色の影が浮かび上がり、やがれそれは徐々に盛り上がって親指大の球体を形成した。
十三番の胸元から転がり落ちたそれを、ラヴィーネはすかさず受け止める。球体は、ラヴィーネの手の上で点滅し、宙に疑似画面を投影した。
『……まずは、完全復活おめでとう、かな。アルファオメガ十三号』
画面の向こうで、年嵩の女が穏やかに、そして悲しそうに微笑んだ。




