5:歪の成れの果て
マオシスの言うとおり、スザンノーは多少歪んではいたモノの、通り抜ける分には何ら問題は無かった。更に、船から抜けた先は、多少狭いが歩いて通れる一本道が伸びている。まるで、誂えたかのように
「……凄ぇを通り越して、マジで奇跡の船だったりしてな?」
願っても無い幸運と偶然に、レイヤは思わず呟いた。
『この私が作ったんだよ』
通信から、ラヴィーネがむっつりと言った。
『〝凄い〟はともかく、〝奇跡〟なんて安い一言で片づけんなっての』
「お喋りしてる余裕があんのか? ずいぶんと大変そうだが」
ラヴィーネの声に交じって、派手な爆音やら吠え声やらが聞こえてくる。
『おかげさまでね。そっちは、ずいぶんと順調そうだね?』
「ちょいと順調すぎる気もするがな」
しかし、この好機を逃す手は無い。
二人は、白い光めがけて道なりに進み、やがて開けた場所に出た。有機的とも無機的とも言えない極小機械に覆われているが、それはつい先ほどまで遺跡の下層部だった場所。
その中央には、アルファオメガ達の培養槽が無造作に組まれ、山とも柱とも言えない塊を作っていた。白月精を極小機械を通じて各部に送り込んでおり、この場所全体が白い光を放っていた。
「黒月精を使う。レイヤは、すぐに退避を」
十三番は歩み出、その肩を、レイヤが掴んで留めた。
「……やっぱ、そう簡単にはいかねえってか?」
レイヤが見据えているのは、唯一光が消え、空になった培養槽。その側面に印字されている刻印は、〝零号〟。
「っ!」
二人が飛びのいた瞬間、その場を白い光が踏みつぶした。
『零』
その姿を確かめて、十三番の思わず息を呑んだ。
『零、号か……?』
そこにいたのは、十三番と全く同じ姿の、白い光に包まれた少女であり少年──だったと思われるモノ。
右腕は異常に膨れ上がり、かといって左腕は胎児のように小さく、瓦礫だか肉塊だかで形成された下半身は、半ば引きずっており、そんな歪な体のあちこちは爛れたように崩れかけ──〝醜悪〟すら通り越してしまった痛々しい成れの果てに、もはやレイヤは嫌悪どころか憐憫しか抱けなかった。
『完全に月狂化しちゃってる』
通信から聞こえるラヴィーネの声にも、明らかに憐みが込められていた。
月狂化──煌人の負の部分。
炉心を始めとする強大な力を持つが故に、煌人の体は極めて微妙な均衡にある。僅かでも欠けてしまえば、それを切っ掛けに一基に崩れ落ちていく。
主に──理性が。
「つまり、アレは、ただのイカれ切ったバケモノだ」
茫然とする十三番を置いて、レイヤは前に歩み出る。右手に握る長物を感触を確かめながら。
「やるこたぁ分かってるだろ。あいつは俺が足止めする。お前は、その黒いのでさっさと何とかしろ」
空いている左手で、レイヤは白を光を放つアルファオメガ達を示す。
「しかし、この状況では」
「だったら、大人しく見てろ」
十三番の反論を遮り、レイヤは零号に歩み寄りながら、左手で長物の端を握り、それをすらりと引き抜く。
「代わりに、後できっちりやれ」
露わになったのは、黒く彩られた鋭利な刃──緩やかな弧を描く、曲剣だった。
そしてそれが──開始の合図となった。
*****
先制は零号の右腕──悠然と間合いに入ってきたレイヤの頭上から、無造作に叩き付けた。それが床を大きく震わせたときには、レイヤは零号の眼前に肉薄し、すれ違い様に曲剣を振り上げていた。
「──っ」
悲鳴とも呻きとも言える声は、零号のモノ──小さすぎる左腕が体から離れ、力なく床に落ちる。
零号は、その巨体を翻し、振り向きざまに右腕を振りたくるが、レイヤは身を屈めて潜り抜け、零号の胸元を斬りつけ、そのまま背後に回り込み、
「っ?」
そこにいたはずの零号は、既にいなかった。背筋に走った悪寒に従い、勢いのまま真横に飛ぶ。
その場に、真上から落ちてきた零号が、踏みつぶした。
「……イカれても力の方はバリバリってか」
零号の胸元を中心に広がった白月精の光を見て、レイヤは舌打ちする。その力で、レイヤの頭上に転移したようだ。
奇襲の失敗を理解したか、零号はレイヤの方を向き直り、
「──っ?」
それだけで、下半身の一部分が崩れ、零号は派手に倒れた。もちろん、レイヤや十三番の仕業ではない。
眩いばかりだった白い光は酷く弱まり、代わりに体からは熱い蒸気を立ち上らせ、蒸気を上らせるほどの高熱によって、零号は見る間に焼け爛れていく。
『……戦闘開始時点で、炉心融解域に達していました。復調は、絶望的です』
「だろうな」
マオシスに言われるまでも無い。
零号が自身の力で滅びかけているのは、レイヤにも分かる。
「で、こいつの自滅と俺達が死ぬのと、どっちが先だ?」
『明らかに後者になります』
「だろうな……」
零号は、滅びつつある歪な体を、それでも強引に起こそうとする。
レイヤに──否、目の前で動く生き物に、ただただ反応する形で。
もはや、執念ですらなかった。
「なら、とっとと終わらせるぞ」
レイヤは、曲剣を鞘に納め、しかし手は柄に添えたまま、中腰で構える。
その動きに反応して、零号は正面から急迫してきた。瞬きよりも先に間合いに入り、零号の巨腕が振り下ろされる。
対するレイヤは──僅かの躊躇も怯みも見せずに、そこへ踏み込み、その勢いで曲剣を鞘から抜き放った。




