2:太古の闇
「‥‥‥まだ耳はキンキン、頭はグラグラすんぞ」
『だ、だってだって~』
レイヤがぼやくと、その原因である実の姉──マハル・ソーディスの言い訳が、通信から聞こえてきた。
『いきなり画面いっぱいに骸骨なのよ~』
『私たちの本業は、こういう大昔の遺跡に潜って調べることでしょ。骸骨くらい、いつものことでしょうに。ほら、今だって』
姉貴分の指摘通り、通路には白骨化した乗員たちが、そこかしこに転がっていた。
『その場にいるのと画面越しじゃ違うでしょっ! そうでなくてもいきなりだったしっ!』
画面越しの方がまだマシだと思うが──そう出かかったのを、レイヤはやめる。イジるは後の楽しみだ。
「だから、がなるなっつの。消音も音量調整も付いてねえんだ‥‥‥というわけで、その辺のところも頼むぜ、作り主様よ」
『‥‥‥そうね。このままじゃ、レイヤの頭だけじゃなく耳までおかしくなるわ』
「ちょっと待て‥‥‥その言い草だと、俺の頭は既におかしくなってるって聞こえるが?」
『あら? 自分が正常だとでも?』
「‥‥‥自信無えや」
何しろレイヤの身内は、良くも悪くも規格外ばかり。その一員たる自分は、まだ大人しい方だとは思うが、さてどうなのだろうか。
「骸骨と言やよ」
話を逸らすために、レイヤは周囲を確かめる。そこかしこに、白骨化した乗員が転がっていた。それも、十や二十では収まらないほどの多数で。
「やけに死体が多すぎる気がするんだがよ?」
『アンタの気のせいじゃないわ。乗っていた人たちのほぼ全員がこうなってる、と思って良いんじゃないかしら』
「‥‥‥そりゃまた、どういうこった?」
『沈没船なんだし、全滅しても別におかしくないんじゃない?』
「骸骨にギャーギャー喚くくせに、そういうところは割り切りが良いんだな?」
『うっさいわっ!』
『はいはい、揉めるのは後で‥‥‥話を続けるわよ』
と、姉貴分が割って入り、外れかけた話の軌道を修正。
『攻撃を受けた場所以外に目立った損傷は無い。レプトス級に限らず、当時の船は真空中──空気の無い場所で活動することも想定されているから、酸素切れの線も薄い。実際、ン千年経ってる今でも、淀んでこそいるけど、吸える空気がそのままなわけだし』
『なるほど。じゃあ、絶望のあまり混乱して自分で~とか?』
「あり得なくもねえが‥‥‥」
レイヤは、いくつかの遺体を確認しながら考えを巡らせ、
「その線も薄いわな。混乱して大騒ぎしたにしちゃ、こいつら整然としすぎてる」
暴れた形跡もなく、白骨死体に外傷らしい外傷が見受けられないこと。どちらかといえば、その場で眠りについてそのまま最期を迎えたかのよう。
となれば、
『毒、でしょうね。任務に失敗したら発動するような』
「‥‥‥口封じってことか?」
『そんなっ』
酷い──通信越しながら、マハルがその言葉を飲み込んだのは伝わった。
確かに酷いことではあるが、太古に終わった不幸や不遇に対する義憤や同情など、無駄な上に愚にもつかない。そのくらいは、激情的なマハルとてよく分かっている。
「つまり、それだけヤバい秘密を抱えてたってこったな。関係者全員を、問答無用で消そうってくらいの」
『そういうことね‥‥‥どうやら、今度のお宝は本当に期待できそうよ』
全くである。そして、そうでなければ困る。ただでさえ、ここ最近はハズレ続きだったのだから。
『そろそろお目当ての場所の筈だけど‥‥‥何か見えるかしら?』
「‥‥‥ああ。こんなのがな」
乗員用の小さな、しかし異常なほど分厚い扉が、通路を塞いでいた。左右に開く引き戸のようだが、高度な船だというのに操作盤らしいものは無く、これで開けと言わんばかりの大きな取っ手が付いているのみ。
『見たところ、鍵はかかって無い‥‥‥というか、最初から付いてなさそうよ』
「‥‥‥となると」
レイヤは、試しに軽く開けてみようとする。が、押しても引いても、扉はビクともしなかった。
「‥‥‥なるほど、鍵なんざ必要無えくれえに重いってことか」
『ざっと見て、重さは二カーナ以上ってとこかしら。単純だし面倒だけど、その分、下手な自動式よりはずっと安全だわ』
「で、どうするよ? 一度出直すか?」
『冗談でしょ。こういう時のためにも、あんたの言う〝重っ苦しい鎧〟を持ち出したのよ‥‥‥というわけで、頑張りなさい男の子』
「へいへい」
レイヤは、再び取っ手を掴み、今度は全力で試みる。
内部導力による動作補助機能──つまり、着用者の膂力強化する機能も、この耐圧服にはある。
その筈なのだが、
「く、そ、がぁっ~~~~~」
強化された膂力に耐圧服込の重量まで加えて引っ張っているのに、少しずつしか動いていかない。
『ほらほら~もう少しよ~体が通ればいいから~』
『レイヤ、ここからじゃ応援しかできないけど頑張って~』
「うっせえんだよ外野共ぁっ!」
何ともやる気の無い応援に、レイヤは忌々しさと苛立ちも込める。幸いなのは、力ずくで開けられるために苛立ちでも勢い付けられることと、片方が開けば片方も開く仕組みであったことか。
おかげで、少しずつでも扉は動き、時間はかかったがどうにか通れる幅まで開いた。
「~ったくよぉ‥‥‥大体、こういう力仕事は、俺の分野じゃねえだろ‥‥‥」
その場に座り込んだレイヤは、深いため息と共にぼやきも吐きだした。
『だからこそよ。〝限界以上の力と結果を、知識と技術で導き出す〟‥‥‥アンタが今着ているその耐圧服だって、それを形にしたモノの一つなのよね~』
レイヤの恨み言に対して、姉貴分は飄々と返した──確固たる信念を、飄々とした仮面で覆いつつ。
「〝力が無いなら力を創り出す〟、だろ? へいへい、わ~ってますよ、っと」
そう、よく分かっている。
それが姉貴分──ラヴィーネ・クラーゼの、人生をかけた信念だということは。その度に実験材料にされるのは、堪ったものではないが。
『なら良し‥‥‥さて、扉が開いたのなら、早いとこ確かめましょう。持ちだせるならそのまま持ちだして、ダメならまた考えましょう』
「へいへい」
レイヤはのそのそと立ち上がると、扉の向こうへ足を踏み入れた。