5:奇策という名の大博打
「なるほど。出力も姿勢制御も、お世辞にも〝良い〟とは申せません。乗り心地は保障致しかねますので、悪しからず」
舵を握るフィルがそんなことを言っているが、そんな状態で傾いた船体を平衡に戻し、それを安定させているのだから大したものである。
『警告。砂鯨龍が移動を開始、加速しつつこちらに接近中。衝突予測、約二十秒』
「みんな、用意は良いですね?」
『衝突まで十秒、九、八、七』
「これでいきなり挫かれないように、しっかり構えてなさい」
『六、五、四』
「超音弾、射出っ!」
サクラが操作盤のボタンを押し込むと、後部発射管から誘導弾が合わせて五発、断続的に発射される。
「耳を塞ぎなさいっ!」
手筈通りと見たサクラは操作から手を離し、耳栓を嵌める。サクラだけでなく、他の皆も同様に。
『砂鯨龍、浮上』
音声ではなく、記述によってマオシスが皆に伝える。船の背後では、地面が大きく弾け、まずは回転衝角が、次いで砂鯨龍が姿を現す。そこへ、五発の誘導弾が大きく弧を描き、砂鯨龍の頭上、そして左右から迫り、
『炸裂。対音防御』
弾けた──大音量の、甲高く引き裂くような、強烈な音が。
「……っ」
耳を貫いて脳まで揺さぶらんばかりの超音に、マハルが呻く。耳栓を嵌め、更には両手できつく塞いでこれである。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
砂中でも地上を動き回る相手の音を察知できるほどの、鋭敏にして過敏な聴覚を持つ砂鯨龍には、これ以上にない効果を発揮──悲鳴を上げて巨体をのたうち回らせ、やがて戸惑うようにふらふらとした動きになった。
「船を寄せろっ! おい、フィルっ?」
「あ~もうっ! どいてっ!」
「も、申し訳……」
半ば転げ落ちるように、フィルは席を開ける。そこへ、ラヴィーネが滑りこむように舵を握り、船を砂鯨龍の右側に寄せていく。
「先行ってんぞ~」
と、レイヤは頭を抱えて蹲るマハルと十三番を跨ぎながら甲板に歩み出て、
「……っ」
眼前の威容を前に、その足を止めた──否、竦んで動けなくなった。
目の前にあるのは砂鯨龍の側面であり、真正面から睨まれているわけでは無い。そもそも、今は砂鯨龍の意識は朦朧とした状態に近い。
なのに──その威容を目にしただけで、レイヤは射竦められた。
理屈ではなく本能が、恐怖という形で〝逃げろ〟と告げる。
「へ……」
そんな相手だからこそ、
「だから面白えってな」
レイヤは射出器を構え、強靭な鋼綱を繋いだ鉤銛を放つ。砂鯨龍の背は強固な岩盤によっていくつもの突起があるため、鉤の部分は容易く引っ掛かり、それを確かめたレイヤは、鋼綱を巻き取る。
導力による巻き上げによって、レイヤの体は易々と持ち上がり、砂鯨龍の背に着地。
「乗り移ったぜ。通信の感度は良好か?」
『……ええ。ばっちり聞こえてますよ』
耳に嵌めた小型通信機を介して、サクラの声が響く。声の様子では、まだ超音の影響は消えてないようだ。
「ちょっとっ! 何一人で突っ走ってんのよ……」
と、レイヤの傍に降り立つなり、マハルが睨みつけてくる。
サクラと同じで超音の影響がまだあるのか、些か弱々しく見えるが、銛を使わず一足飛びでこちらに乗り移るあたり、それほど心配は無さそうだ。
そしてもう一人。
「単独での先行は、自殺行為級の危険行動。ましてや、レイヤ一人ではこの策は成立しない」
マハルに続いて、十三番も飛び移ってきた。こちらも、超音の影響はそれほど心配なさそうだ。
「お前らが呑気にくたばってただけだ。それに、ちょっとずれたが予定通り全員揃ったんだから良いじゃねえか」
『お話し中失礼します。モーライ群が接近中。取りついた異物の排除が目的と思われます』
「……そのようだな」
近づいてくるいくつもの砂煙は、レイヤ達の位置からもよく見える。
「早く離れろ。そっちは丸腰同然だ」
『貴方達も気を付けて。危なくなったらすぐ帰るんですよ。特に、レイヤはね』
「うっせ。せいぜい努力してやるから黙って見てな。通信終わり」
多分に不満を込めた返事をして、レイヤは通信を切り、
「そういうわけだ。で、そっちはどうだ?」
白月精を月路に通して何かを調べていた十三番は、首を横に振った。
「……不可能ではないが、時間がかかる。より確実性を期すために、可能な限り目標への接近が必要」
「よしっ! さっさと行くわよっ!」
マハルは勢いよく駆け出し、
「おいっ! そっちじゃなくて、あっちだろ」
「ぶぇふっ?」
逆方向を指さしたレイヤに髪を掴まれ、それで勢いを挫かれた事で派手に躓いた。
そんなマハルには目もくれず、レイヤも十三番もさっさと駆け出した。起伏の激しい岩場のような砂鯨龍の背を飛んで駆け抜け、程なくして頭部へ辿り着く。
「十三番、今度はどうだ?」
「……ギリギリではあるが、許容範囲。術を展開する」
月精術が大きな効果を発揮する方法の一つが、作用させる相手や物体に〝直に触れる〟事である。それは、大きな制限下にある十三番も、それは例外ではなかった。
その場に屈んだ十三番が、触れた両手を通じて白月精を送りこむ。
分厚い岩盤と強固な頭殻に守られた中枢──つまり、脳を目がけて。
「レイヤ、来たわよっ! モーライが、あっちこっちからっ!」
後からやってきたマハルが、双剣を構えながら叫んだ。
「分かってら」
レイヤは弩弓を構えた。




