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深き安眠は終わり、始まるは道無き道  作者: takosuke3
一章 ~眠れる白い姫──あるいは王子~
1/38

1:深淵の船

『深度六十突破‥‥‥調子はどう?』

「良い気持ちだぜ~。この調子で、のんびり昼寝でもしつつ回遊してみてえんだがな」

 鋼線で吊り下げられる形で海中を潜航すること数分──有線通信越しの姉貴分の問いかけに、レイヤ・ソーディスは呑気に答えた。

 快晴な上に、太陽は中点に近い位置。しかも、この一帯の海は澄んでいるおかげで、六十ヌーラの深さでも、まだ光は届いていた。海流も穏やかで、危険な生物も周囲にはいないとなれば、このまま流れに任せるのも悪くはないだろう。

 もっとも、

『帰りと命の保障はしないわよ』

「わ~ってら。言ってみただけだっつの」

 そもそもにして、ここは海の只中──全身を覆う強固な耐圧服のおかげで活動できるが、陸の生物が生きていられる環境ではない。本当に回遊などすれば、流されて漂流するか、腹ペコ共(・・・・)の餌になってしまうだろう。

「耐圧機能に異常は無し、計器類にも狂いは無え‥‥‥こっちから見る限りじゃ、だがね」

『何よ、その引っかかる言い方?』

「試作品の実験っつったのは、あんただろ。そっちから見たらどうなんだ。つうか、むしろそっちからの方が、よく見えてるんじゃねえか?」

 レイヤの視界は、そのまま映像としてそのまま姉貴分の元に送られている。耐圧服に備えられた、監督観察装置の一つだ。

『監視画面と数値だけじゃ見えない事分からない事も多いから訊いてる‥‥‥だから、あんたにやってもらってんでしょ』

「犠牲者とか生贄とかとして?」

『‥‥‥そんな減らず口が叩けるなら、本当に大丈夫そうね』

「そりゃ今まで、何度も危ねえ実験に付き合わされてりゃな」

『なら、今回もしっかり頑張ってもらうわよ‥‥‥深度八十に達したわ。そろそろ見えてくるはずだけど』

「‥‥‥デカブツが見えるっちゃ見えるが」

 僅か二十ヌーラの間に、周囲は急激に暗くなりつつある。眼下は、更に闇が濃くなっており、辛うじて見て取れるのは滲むような巨大な影だけ。

「暗視機能ってのが有ったはずだが、どうやんだ?」

『ちょっと待って。こっちで起ち上げるわ』

 一呼吸おいて視覚補正がかかり、視界が急に明るくなった。

「とりあえず問題点を一つ‥‥‥こういう便利な機能は、着てる本人にも操作出来るようにしてくれや」

『ハイハイ、貴重なご意見に感謝‥‥‥さて、実験はひとまずにして、そろそろ本業を始めましょうか』

「分かってら」

 レイヤは、改めて眼下に目を向ける。補正された事で、影はその巨体を明らかにした。

『‥‥‥よし、大当たりっ! 大栄紀(スラヴァジュ)時代の輸送船だわっ!』

 中継映像を目にしたらしい姉貴分が、喝采を上げる。

 影の正体は、ざっと約百ヌーラ前後の巨体で、一見すると端々を丸く整えた長方形──これまで資料でしかお目にかかったことの無い太古の巨船。

 それが、深度約百ヌーラの海底に鎮座していた。

「確か、レプトス級輸送艦っつったか。これでも〝小型〟だってんだから、デカいのはどれぐれえになるんだ?」

『ウン千ヌーラ──つまり、ラセク単位の大きさだったらしいわ。凄いわね、色んな意味で』

「‥‥‥だな」

 姉貴分の関心に、レイヤは素直に頷く。

 下調べの一環で地形観測したところ、平均深度がせいぜい十~二十ヌーラ足らずの海域において、この一帯だけはすり鉢状に落ち窪んでおり、中心の深度は九十ヌーラを超えるという不自然な形になっている。

 巨大なモノが高い場所から高速で落下、激突した証左であり、その〝巨大なモノ〟が、爆心地に残された船であることは間違いない。

 それだけの傷跡を海底に刻みつけた〝巨大なモノ()〟といえば、艦尾と思われる部分に大穴こそ開いているが、それ以外の目立った損傷が無い。

 地形を変えるほどの衝撃を受けて、海の底に何千年も放置されて、である。

『何があったかは知らないけど、墜落の原因はこの大穴ね。敵の攻撃を受けてヒュードカン、かしら』

 高高度からの墜落すらものともしない耐久性に、その耐久性すら容易く貫く破壊力──かつては空はおろか、外界に飛び出して月や太陽も席巻していたという超文明の〝伝説〟は、決して誇張ではないようだ。

 ともあれ、

『大きな入り口があるのは好都合だわ。どうやってこじ開けるか悩んでたところだったよのよ』

「考えてなかったんかい‥‥‥まあいい、通信を無線に切り替えるぞ」

 レイヤは、耐圧服に繋がれていた通信線と鋼綱を切り離す。

『通信切り替え、と‥‥‥こっちの感度は良好かしら?』

「よく聞こえてますよ~っと。映像の方はどうだ?」

『ばっちり来てるわよ‥‥‥見たところ、中央の方は浸水していないはずだけど、充分に気を付けて。ヤバくなったら、躊躇わずに逃げること』

「へいへい~」

 レイヤは、背中に括りつけられた推進器を起動、艦尾の大穴に入った。


               *****


 姉貴分の予測通り、浸水しているのは損傷の激しい艦尾周辺のみで、少し奥に進めば、浸水どころか目立った傷みもなく、計測してみれば空気も清浄のまま。

 なので、

「この重っ苦しい鎧、脱いでも大丈夫だろ?」

 耐圧〝服〟と言っても、その様相は正に鎧──頭から足先までを重たい装甲で覆う甲冑で、総重量は七十ルギスにも届く。内蔵導力を起動していれば、生身同然の動きは出来るものの、やはり全身を覆われる圧迫感は鬱陶しいことこの上ない。

『ダメよ』

 しかし、姉貴分は問答無用で却下した。その続きを、レイヤはすかさず奪い取る。

「何が起こるか分からねえ今、殆ど丸腰同然で()になるのは危険すぎる‥‥‥分かってらよ。言ってみただけだ」

『‥‥‥よく分かっているようで一安心よ』

 言いたいことを言われて、どこか不機嫌そうに姉貴分は言った。

『でも、そうね‥‥‥頭殻を上げるくらいは良いかもね。オススメはしないけど』

「どれどれ」

 お言葉に甘えて、試しに頭殻を上げてみた。

「‥‥‥っ」

 毒でこそないものの、埃を含んだ濁った空気にむせ返りそうになり、結局元に戻した。重苦しさは安心の裏返し、とでも考えることにする。

『賢くて結構。さて、やることのおさらいといきましょうか』

 レイヤの前に、透過探査によって描かれた船の内部構造図が投影される。厳密には、頭殻に内蔵された投影装置が着用者の網膜──つまり、レイヤの目に直接投影する仕組みになっている。

『お目当てはここ‥‥‥中央の格納庫のこの部分』

 輸送船の特徴たる広大な格納庫──その端の一部分が点滅する。

『隠蔽機能が働いてるらしくて、詳しいことは分からないわ。でも、僅かだけど導力反応が漏れ出てるから、何かがあるのは間違いないみたい。それも、隠蔽を通り抜けるほどの強力な何かが』

「つまり、俺は直接行って確かめて、あわよくばかっぱらってくりゃ良いわけだな」

『かっぱらうって言い方はどうかと思うけど‥‥‥まあ、そういうことよ。これだけ隠そうとしてるなら、かなり期待できるわ』

「だと良いがね‥‥‥こんなのばっかりじゃ、たまったもんじゃねえぞ」

 通路の端に転がっているそれに、レイヤは目を向ける。暗視機能のおかげで、鮮明に見えた。

 当時の乗員のモノと思しき、白骨遺体が。

『何ナニ? 何か面白いモノでも見つけた~?』

 姉貴分とは別の声がいきなり割りこんできた。

『あ、ちょっと待』

『わぎゃっひゃぁあああああっ?』

 姉貴分が止める間もなく、大音量の悲鳴がレイヤの耳に突き刺さった。思わず耳に手を当てようとするが、頭殻が仇となって手は届かず、レイヤの脳は容赦なく揺さぶられた。

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