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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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異世界野良猫スローライフ

掲載日:2018/11/23

 


 私は中学の入学式に遅刻した。

 高校の入学式は絶対遅刻しないぞ!

 と意気込んでいたら目がギンギンになって結局翌朝寝坊した。

 髪もそこそこ、朝食は抜き、新たな制服に身を包み……猛烈ダッシュで坂道を駆け抜けていた時だ。


「え? あ、危ない!」


 道を渡ろうとする三毛猫。

 気付いたら道路に飛び出していた。

 私の出現に驚いた三毛猫はそのまま反対側へダッシュ。

 え? ちょ、まっ――。



 ププーーーー!!!



 暗転。

 そう、真っ暗。

 私の記憶は、そこで途切れる。

 そして――。




「にゃ?」


 風の心地よさに目を開けるのを戸惑うも、光が眩しくて目を開けた。

 それに、やけにうるさい。

 なによ、もう〜、気持ちよく寝てたのに〜。

 昨日寝てないのよ〜、夜更かししちゃったのは私だけど〜。


「!? にゃ!」


 た、大変だぁ!

 高校! 入学式! 今度こそ遅刻しない!


 ……にゃ?


 慌てて起き上がったが、体がなんか変。

 声もなんか変。

 目を凝らす。

 ……え? なにここ。


「にゃ……(屋根の、上?)」


 思わず口を抑える。

 もにゅ、という奇妙な感覚。

 さっきから、私の体なんか変!

 辺りを見回すと赤い屋根の上にいた。

 しかし、物がやけに大きい!

 え? 私、どう、したんだっけ?

 両手で顔を覆う。

 もにゅ。

 やはり奇妙な感覚。

 触れた感覚も奇妙。

 け、形容しがたいこの感覚はなに!?

 それになんで私、屋根の上にいるの!?

 高校に行こうとしてたのよね?

 それで?

 道路にいた猫を助けようと……いや、普通に逃げられていたけど〜?


「………………」


 俯くと、細い猫の手が見えた。

 血の気が引く音を聞いた気がする。

 そっと持ち上げてみる。

 持ち上がったわ……私の思う通りに曲げたり、手のひらを開いたり、爪を出せたりするわ……。

 え?

 え?


 まさか?


「…………にゃにゃにゃ……(まさか、まさか、ね、猫に……)……にゃ、にゃーーーーん!(猫になってるぅぅぅぅ〜〜!?)」



 ***



 とぼとぼ。

 屋根から軽々と降りられる身体能力は助かったけど……家のガラスに映った己に愕然として数時間。

 ……私は……三毛猫になっていた。

 一体なにが起きたのかしら?

 私はなんで猫になってるの?

 夢、なら、そろそろ覚めてもいい頃だと思うんだけどなぁ。

 とぼとぼ。

 ……行く当てもなく彷徨う。

 朝ごはん食べてないからいい加減お腹空いてきたよぅ。

 お母さんのデミグラスソースハンバーグ食べたい〜。


「にゃ?」


 家と家の隙間の道を通っていたら、人が倒れてる。

 大通りに行ってみようと思ったけど……こんなボロボロで倒れている人がいたらなんか見過ごせないなぁ。

 …………でも臭いな。

 鉄の匂い? なんだろうこれ。

 猫だから鼻が利くのね、きっと。

 微かな呼吸音。

 生きてはいるみたいだけど……。


「にゃう(ねぇ、ちょっと大丈夫?)」


 トントン、と肩を叩く。

 爪は引っ込めたままでね。

「うっ」と僅かに呻くのは、銀髪の美少……年  女? どっちかな、顔がうつ伏せでよくわからない。

 髪も長いしボサボサだし。


「腹が……」

「にゃお(お腹が空いてるの? 私と一緒ね……)」


 そうか、お腹が減ってるのか〜。

 うーん、でも私、今猫なのよねー。

 お金もないし……あ、この子、腰に巾着……中に金貨みたいなものが入ってるわ!

 一枚拝借!


「…………」


 気絶してる?

 ……それにしても、金貨って……ココ日本じゃないのかしら?

 あ、夢の中だからか!

 いつ覚めるのかな〜。

 お腹すいたよぅ。

 起きたら病院なんだろうか……?

 あーあ、入学初日から入院なんてツいてないなー。

 友達ちゃんとできるかなー?

 まあ? 入学初日に入院した、なーんてむしろネタにできるわよね!

 これで復学後の話題は総浚い間違いなしだわ!

 私もついに憧れのJK!

 女子! 高! 生!

 むふふふふふふ!

 やりたいことたくさんあるんだからー!

 彼氏つくるでしょ?

 友達とスターバックレでインステ撮りまくって〜、バイトして旅行とか行っちゃったり〜!

 るんるんるーん。


「!」


 あったわ!

 いい匂いの出所! パン屋!

 なんか海外のパン屋さんみたいでおしゃれ〜。

 黒い鉄格子には花の装飾が施され、隙間から見える焼きたてのパンはどれもこれもツヤツヤキラキラ!

 あ、でもドアはどうしたらいいのかしら?

 だれか〜、開けて〜。


「にゃー、にゃー」


 仕方ないので金貨をドアの前において鳴いてみる。

 耳に届くのは猫の鳴き声。

 ……人の言葉が喋れなくなってるんだな、完全に。

 にゃーにゃーないてると店主らしきエプロン姿おじさんが出てきた。

 あ、よかった。

 あの……な、なんて言えばいいのかな。


「なんだ? この生き物は?」

「んにゃー(あの、これでパンを売ってください!)」

「金貨? おお、こりゃ……はて? 精霊獣、か? 見たことがないが……」

「あんた、どうしたんだい?」

「おお、お前。ちょっとこっちにきてくれ。見たことのない生き物がいるんだ」

「?」


 見たことのない、生き物?

 私が?

 ……まあ、確かに中身が人間の猫なんて普通見ないわよね。

 でも、見た目はただの猫のはず。

 夢だから?

「忙しいのに」と文句を言いつつ中から現れたおばさんは、おじさん同様に金貨を咥えた私を見下ろして目を点にする。


「な、なんだこのふわふわした生き物は……精霊獣かね?」

「わからん。……しかし金貨を咥えているんだ。ど、どうしたら……」

「せ、精霊獣なら喋るんじゃないか? あ、あのう、なにかご入り用ですか?」


 話しかけられたわ!

 ……でもにゃーとしか言えないの。

 うーん、面倒。

 金貨だけ置いて……中に勝手に入らせてもらうわね!


「あ!」


 動物は入っちゃダメなのは重々承知の上ですが、緊急事態なんです!

 お腹空きすぎて倒れてる人がいるんだもん、早く何か食べさせなくちゃ。

 あと私もお腹空いたし!

 そこそこ大きくて私でも持てそうで、尚且つあんまり固くなさそうな細長いパンをパクッとゲットして玄関を後にする。

 おじさんとおばさんが何か声をかけてきたけど緊急事態なのよ!

 たったかたー、とあの人のところへと戻る。

 …………あれ?


「にゃ、にゃ……」


 血?

 血だ……血溜まりができてる。

 明るい道から見たら、薄汚れたその子はお腹のあたりに血がたくさん……。

 腹が、って……お腹が空いてるんじゃなくて……。


「待ってくれ、待ってください精霊獣様! ……!? あ、ああ……!? ひ、人が!」


 追いかけてきてくれたパン屋のおじさんが、私と同じ反応をする。

 そりゃそうよね……人が血を流して倒れてるんだもん。

 ――あとは瞬く間。

 パンを咥えた私の横で、パン屋のおじさんが大騒ぎ。

 鎧のを着た人たちが何人も何人も現れてその子を担ぎ「病院へ!」と叫んでいた。

 け、け、結果オーライ?

 道に重ねられた樽の後ろでその子が運ばれ、鎧を着た人たちがいなくなるのを見計らってから樽の上に乗って口からパンを下ろす。

 なんか「殿下! しっかりなさってください!」とかなんとか色々難しい言葉が聞こえたけど……。

 でんかってなにかしら?

 鎧を着た人、槍を持ってたり……そういえば街並みも……ファンタジー映画の中みたーい。


「…………」


 まあ、いいか。

 あの人のお金だけどパン、お礼ってことで私が食べちゃおう!

 はむはむはむはむ。

 あ、美味しい! 砂糖がふりかかってる!

 外はカリカリ、中はふかふか!

 うーん、幸せ〜。


「…………」


 だけど、お腹がいっぱいになってもこの夢は覚めない。

 空を見上げると朝だった空は夕暮れになっている。

 もう一度屋根に登って空を見上げた。

 うっすらと見える三日月。

 次に町を見下ろした。

 いろんな屋根の色、いろんな形の家、大通りが左に見える。

 屋根伝いに行ってみると、馬車が走り、酒場には不思議な格好の人たちが集まって騒いでいた。

 なにあれ、ゲームのキャラみたいな格好……。

 彼らは口々に「今日の狩はどうだった?」「獲物は魔獣五匹だ」「大量じゃねーか」……と騒いでいる。

 獲物? 魔獣?

 そういえば、パン屋の夫婦も私を精霊獣とかなんとか……。


「…………」


 夢、よね? これ。

 夢、のはず。

 もしかして、打ち所が悪くて昏睡状態〜とかいうやつ?

 …………それで長い夢を見てるのかな?

 えー、困るー。

 わたし、今日から――今日から高校……。

 頭はバカだけどバカなりに勉強してやっと入ったのよ、制服が可愛い高校に!


「にゃ!」


 まあ、それならそれでこの夢を楽しもう!

 猫になるなんてなかなかできる体験じゃないもんね!

 それに猫ならいくら寝てても怒られないし〜、ご飯はさっきのパン屋さんにたかりに行けばいいし〜!

 にゃほほほほほほーい!




 まあ、そんなこんなで私の気楽な猫生活が始まった。

 翌朝は早速パン屋さんに行って可愛く「にゃー」と鳴いて見上げてみる。

 すると二人は満面の笑みで出迎えて、なぜか私を「精霊獣様! よくぞまたいらしてくれました!」とヨイショして昨日のパンを差し出してくれた。

 わーい、なんかよくわかんないけどありがと〜!

 さすが夢! 私にとっても都合がいい!

 パンを食べたら散歩して、町を見て回った。

 素敵な町並み〜……海外みたーい。

 バイトしてお金が貯まったら海外に行ってみようかな〜。

 ヨーロッパってこんな感じ?

 でも鎧を売ってるお店、店頭に剣や槍や盾を売ってるお店とか……あれは骨董品店的な?

 変なお店もちらほら……。


「おい、なんだあれ」

「何だよ」

「あれだよあれ、屋根の上を歩いてる……」

「ほ、本当だ、何だありゃ? 精霊獣か?」

「小さいな?」


 でもなんか……大通沿いの屋根の上を歩いていると人がめちゃくちゃ私を指差してくるわね?

 猫が珍しいのかしら?

 精霊獣っていうのもわからないし……私今はただの猫よーっだ。

 注目されるのは嫌いじゃないけど〜……でも珍獣扱いされるのはなんかやだな。

 あとなんか人集まってない?

 集まってるよね?

 集まったまま下から付いてくるよね?


「…………(キモ……)」

「あ! いなくなる!」

「やべぇ、追え追え!」

「幸運をお与えください精霊獣様ー」


 なんか追いかけてきた!?

 嫌よキモい!

 追いかけてくるなむさいおっさんの群れ!

 ふーん! 猫の逃げ足と隠れスキルに敵うと思うなよー!


「いない!」

「くそ、消えた……」

「だが、なんで町に精霊獣が……」

「わからないが、昨日行方不明になっていた第二王子が追い剥ぎに刺されて死にかけているのを精霊獣が助けたらしいぞ。きっとこのブリニーズ王国の守護獣様が遣わせた精霊獣に違いない!」

「精霊獣が現れたとなればこの国は安泰だな……しばらくはここを拠点にするか……?」

「そうだな。もしかしたらまた姿を拝めるかもしれん。見れば小さな幸運を、触れれば中くらいの幸運を、認められれば大きな幸運に恵まれる。精霊獣は我ら人間に神獣レンギレスが遣わせし幸運の獣なり…………昨日の話を聞く限り、この伝説は本当だったんだな」

「ああ」


 ……………………。

 にゃんということ。

 昨日の人、この国の王子様だったの?

 行方不明に?

 そして、精霊獣って幸運を運ぶ生き物ってことなの?

 私ただの猫ですけど。

 そんな過度な期待向けられたら……困るー。


「…………」


 幸せになれなかったじゃないかー!

 とか言われて追い回されることになったらやだな〜。

 明日からは人目につかないように生活しよう。そうしよう。

 でもパンはまた食べに行こう。

 お腹は空いちゃうもん。

 ……でもなるほどなー。

 パン屋夫婦が私に対してニコニコパンをくれたのはそういうことだったのね。

 大したお力にもなれないのに申し訳ないわ。


 と、この日は終わった。


 翌朝、またパン屋さんにたかりに行ってみる。

 すると、兵隊さんのような人たちがパン屋さんに四、五人……。

 な、なに!? まさかパン屋さん夫婦を捕まえに!?

 私にパンをあげたから、商売法的な何かに違反になったとか!?

 法律とかよくわかんないけど悪いことしちゃったの!?

 ……。

 …………。

 私が精霊獣とか勘違いされたままなら、なんとかならいないかな!?


「にゃう! にゃうにゃう! フーッ!(やめなさい! その人たちは私にご飯を……つーか今朝の分まだ貰ってないし!)」

「おお! 精霊獣様!」

「良かった。今日もいらしてくださったのね」

「……にゃう?(あれ? そういうわけじゃないの?)」


 地べたにしゃがみ込んで私に手を組んで安堵した表情の夫婦。

 そしておばさんが「今日も召し上がられますか?」とあの砂糖がふりかかっているパンを差し出してくれた。

 もちろんよ! ありがとうおばさん!


「にゃにゃにゃう」

「精霊獣様、実は精霊獣様がお救いくださった王太子殿下がお目覚めになられたそうです。精霊獣様に是非御礼申しあげたいとのことなのですが、まだベッドから起き上がれる状態ではございません」


 あむあむ。

 話半分で聞いているけれど……あの倒れてた子よね?

 王子殿下……あの子、男の子だったんだ〜。

 そりゃお腹からあんなに血が出てたらしばらくは絶対安静でしょ。

 え? それでなに? 私にお礼?

 現金でもくれるのかしら?

 でも残念ながら今の私には美味しいご飯さえあればそれでいいのよね〜。

 可愛い服も靴もお化粧品も……みーんな今の私には身につけられないんだもの〜。

 これぞまさしく猫に小判! なんちゃって!


「ですから、精霊獣様にはご面倒とは思いますが……城へ来て頂けないかと、今、城の兵が……」

「精霊獣様、手厚くもてなしをさせていただきます。どうか我が城へ……」

「…………」


 見上げると強面兵士がたくさん覗き込んでいる。

 えぇ、面倒だなぁ。

 今日は昨日見つけた陽当たりの良い屋根で一日中寝ていようと思ったのに……。

 右手を口に当てて考える。

 パンを食べたから、お腹はいっぱい。

 あとは寝るだけよね…………。


「にゃん」

「ああ、モフモフ……じゃない、精霊獣様!」

「モフモフ精霊獣様ぁぁぁ〜!」


 王子様なんてどーでもいーい!

 もうそんなものに憧れる歳じゃなーいもーん!

 私は今日、あの緑の屋根の上でお昼寝するのよー!

 積まれた樽を駆け上がり、身近な屋根の上に登って昨日のところを目指す。

 あー、今日もいい天気〜。

 ……それにしても、毎日パンっていうのも飽きるわね〜。

 なにか他に美味しそうなものはないかしら?

 ハンバーグ食べたいな〜。

 あれ、でも猫ってハンバーグ食べられるのかしら?

 ……関係ないか、私、普通の猫じゃないし!

 精霊獣様とかいうものではないけど、中身は人間だもん問題ないよね。

 それに、夢だし!

 目が醒めるまではこの気ままな猫生活を満喫するぞ〜! お〜!



 ……けれど、この数日後……第三王子、例のあの子の弟だという美少年が出向いてきて、私に城へ来るようにしつこく頼んでくることになる。

 はてさて、私はお城に行くのか行かないのか。

 そして私が助けたことになるあの王子様と私は…………まあ、それは今語ることじゃないわよね!

 そんなことよりお昼寝お昼寝!

 私の野良猫スローライフは始まったばかりなんだからー!





 終

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― 新着の感想 ―
[一言] ぜひ、連載してほしいです。猫好きな私には、幸せになる小説です
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