~辺境の王者~ -9. 変化とさらなる謎 その2
状況から見て、その少女は、恐らく盾が人化した物だと思われる。
だが、明らかにターナやユーカとは違っていた。どう見ても人間の少女と言った感じで、僅かに覗く手足の皮膚もそうだが、背中が大きく開いたドレスから見える肌は、人間その物だった。
アニーズで確認してみたが、レベルの項目と名前にスパイクと言う追加がされた以外は、特にこれと言った情報の変化は見られない。
目線を移すと、血の付いた俺の手が彼女の髪を握り、そこにもベッタリと俺の血が付く。
「あ・・・・」
声を上げて髪を離すと、思わず後ずさった。綺麗なプラチナの髪の一部に、俺から付いた赤い血が何故か鮮やかに映える。
「動いては、行けませんわ」
目線はダファンドに向けたまま、その少女が言った。
そして、そのまま盾を水平に構えると、俺とダファンドの間に入る。
突然出てきた相手に、ダファンドの方も警戒しているのか、攻撃してこない。
すると少女は、ソロソロと身を沈め、俺の傍らに屈む。
更には、空いている右手でペタペタと俺の身体を触り始めた。
この子もどっちかと言うとまだ幼い感じなのだが、それでも高校生っぽい感じなので、俺は慌ててしまう。
「ちょ、何して・・・・」
「怪我の具合は、如何ですの?死んだりしませんわよね、我が君」
「え?ああ、何とか大丈夫・・・・」
本当は酷い怪我のはずなのだが、色々と混乱していて、自分でもどうなのか良く分からない。
それを聞くと、彼女は俺を見ずに頷き、更には俺の血が付いた自分の手を執拗に舐め始める。
「我が君、立てますか。私が盾になりますので、安全な場所へ移動して下さい」
「いや、それが、アイツの仕掛けた糸に足を捕られてて、立つこともままならないんだ」
その言葉に、僅かに彼女が俺の足元に目線を移す。それを目ざとく見つけたダファンドが、残像だけを残す例の超速度で移動した。
「気をつけろ!奴が仕掛けてくるぞ」
その言葉に、少女がダファンドがさっきまで居た場所を見るが、当然、そこには居ない。
「! うしろ・・」
俺が声を掛ける暇も与えず、ダファンドの鋭い一撃が、彼女を背後から襲った。
尖った口が、彼女の背中をど真ん中から突き・・・・・抜けなかった。
後ろからの突進に押されて、一歩だけ前にヨロめいたが、直ぐさま身体を捻って盾を使って反撃する。
だが、ダファンドもその攻撃を空中でかわすと、今度は横に身体を回転させ、尻尾による攻撃を、少女の頭部にヒットさせる。
普通なら、その一撃で首の骨が折れるどころか、頭部が粉々になってもおかしくない。
しかし、少女はやや身体を斜めに傾げただけで、平然と盾による攻撃を繰り出す。
下から上へと盾を振り抜いて攻撃したが、今度もダファンドを捉える事はできなかった。
一瞬だけ、突き刺さった様に見えたが、奴は四肢を器用に使って盾の先端部分に乗っただけだった。
そして、そこを土台にして跳躍し、距離をとる。
暫く少女とダファンドの睨み合いが続いたのだが、先に仕掛けたのはダファンドの方だった。
残像を残す程のスピードで、更には周囲の木々も利用して、縦、横、斜めにと縦横無尽に動き回る。
アイツ、俺相手には手加減してやがったのか。
そのあまりのスピードに少女はついて行けず、あらゆる方向からの攻撃をなすがままに受ける。
もっとも、それらの攻撃を受けても全く微動だにしておらず、ダメージを受けている様子がない。
それどころか、ドレスすら攻撃によって千切れたりしていなかった。
どうやら、防御とパワーにおいては少女の方が上の様だ。
レベル差がある事を考えても、ある意味ではでたらめな硬さと言える。
しかし、ガファアンドがそうであった様に、幾ら攻撃力と防御力が優れてはいても、攻撃方法を選べる立場に無い以上、不利は不利のままだ。
どうにか、俺の方でもサポートできないか?
そう考えていた時、彼女が、おもむろに盾を置いた。
ダファンドにとっても予想外の事だったらしく、一旦動きを止め、様子を見守る。
すると、少女は更に鎧まで脱ぎだし、最後はドレスを脱いで下着だけになった。
「な、何を!?」
俺が目を白黒させていたら、彼女はそのまま盾を背中に背負い、そして、徒手空拳で相対する。
それを見たダファンドが目を細めると、やや後ずさってから、今までに無い速度で突進した。
気づいた時には、奴の槍の様な口が少女に突き刺さり、血飛沫が舞う。
どういった基準かは分からないが、装備品を外した事で防御力が下がったらしい。少しでも軽くして、相手に着いて行こうとでもしたのか。
無茶過ぎる。完全に、裏目に出たんじゃないか。
「おい、大丈夫か?」
「捕まえましたわ」
そう言って、少女はダファンドの身体に両腕を回し、締め上げ始めた。
「ギィ、グギィ!」
相当なパワーなのか、ダファンドが呻き声を上げる。だが、奴も黙ってやられてはいない。
四肢をバタつかせ、口を鞭にして少女を打ち付ける。その度に、少なからず流血する少女。
だが、彼女は全く意に介さず、更に腕をめり込ませて締め上げていった。
その度に、ミシミシと音を立てながら、ダファンドの身体が真中付近から徐々に細くなり、更には尻の方から何かが出てくる。それは、糸だった。
そして、ある時点に来た時、一瞬だけ少女が腕を緩めたと思ったら、ガッチリと両手を組み合わせ、更に力を込める。
遂には、ゴキゴキィとか、バキボキと言った音がし始めて、ダファンドは悲鳴すら上げずにグッタリし始めた。
それでもなお、少女は締め上げる手を緩めない。
最終的には、2メートル位はあった胴回りが少女の肩幅位になり、支える物が無くなったのか、上の部分がだらんと後ろに倒れた。
それを見て、漸く少女が拘束を解く。どうやら、倒したようだ。
と思っていたら、少女は背負っていた盾を腕に付け直すと、頭部に止めの一撃を入れる。
既に死んでいたはずなのだが、容赦ねえな。
その後、脱いだ物を着てから俺の元にやってくると、その怪力とダファンドの死体を上手く利用し、俺を糸の拘束から無理やり剥がしてくれた。
「き、君、大丈夫なのか。血があんなに・・・」
と思って良く見ると、どう言う分けか、少女は怪我一つしていない。それどころか、吹き出ていた血の跡さえも付いていなかった。
「私の事などより、我が君、貴方の方こそ大丈夫ですの。その怪我、相当に深い様に見えますわ」
まだ立てない俺の目線にまで屈み、少女が不安そうな顔を向ける。
実際、自分でもどうなのか良く分からない。
アニーズで確認してみると、状態『大怪我』『興奮』とだけ出るのだが、抽象過ぎて、どれくらい自分が危機的状況にあるのかは分からない。
脳内麻薬でも出ているのか、痛みもあんまり感じないのだ。
と、彼女が急に俺の首元付近を吸い始める。
「! ちょ、ちょっと」
慌てて突き放そうとしたが、それで仰け反ったのは俺の方だった。
「何しているんだ?」
「出た分の血液を補給させて下さいませ。我が君」
そう言って、再び俺の首筋を吸ったり舐めたりする少女。何だ、吸血鬼的な特性でも持っているのか?
アニーズで調べるが、唯の盾だった頃と何ら変わらない情報が表示されるだけで、何かしらの特性変化は見られない。
因みに、レベルは3になっている。
ある程度、俺の血を飲んで少女は満足したのか、やっとその行為を止めてくれると、今度は唐突に自分のドレスを破き、それを包帯代わりにして俺の傷の手当をする。
それが済むと背中を向け、「どうぞ。」と言ってきた。
「え?どうぞって、何を?」
「どうぞ、背中に乗って下さい。おぶりますわ」
「いやいや、良いよ。肩を貸してくれるだけで」
「駄目ですわ。どうぞ」
そう言って、少女はずっとその格好を崩さない。
仕方がないので、俺はおんぶしてもらう事にした。自分より背の低い少女におんぶされるって、何だかカッコ悪すぎる。
「ところで我が君、行く当てはありますの?」
「ああ、こっちの方向に寺院跡がある。そこへ、向かってくれ」
「分かりましたわ」
そう言うと、少女は俺と言う荷物など無いかの様に、スタスタと普通に歩き始めた。
寺院跡に戻ると、俺は更に彼女の治療を受けた。
ダファンドの攻撃でも千切れなかったドレスを、手でいとも簡単に割くと、それを水に浸し、傷口や、血で染まった身体を拭いてくれた。
ここに来て漸く痛覚が戻ってきたのだが、改めて見てみると、自分でも良く死ななかったと思う。
まあ、実際には死にかけたんだが。
そして、ターナとユーカが戻ってきて、大騒ぎとなった。
どんな言い訳をしようかと思っていたら、盾の少女こと、デファルタスが事の成り行きを俺に変わって包み隠さず話してしまったので、二人に大泣きされた。
ターナは分かるが、ユーカまでこんなに泣くとは、思わなかった。
「わ、悪かったよ、二人共。今後は気をつけるから、な?もう、泣かないでくれ」
「ぜ、絶対に?」
完全に泣き崩れた顔で、ユーカが聞き返す。
「ああ、絶対にだ。約束する」
「ご主人様、私とも約束して」
「分かった。ターナとも約束する。だから、もう泣かないでくれ」
それでも泣いている二人を見て、俺は助けをデファルタスに求めるが、向こうは直立不動で遠くの一点を見据えて、俺の事を見ようともしない。
やがて、グスグスと涙を拭ったユーカが、「これは、お仕置きです」と言いながら、俺に直接口を付けて水を流し込んできた。
「う、うぐぐぐ・・・」
ガッチリと捕らえられ、振りほどく事もできない。もっとも、今も泣きそうな顔でこれをやられては、強引に突き放す事もできなかったが。
必要以上に水分補給を受けてから、漸く俺は開放された。
ただ、痛みや怪我の具合が明らかに改善されていた。右腕の方のを見てみると、完治こそしていなかったが、深かった傷が浅くなっている。
アニーズの説明によれば、ユーカの回復効果は限定的とされていたのに、これはちょっと驚きだ。
彼女と深く接して水を飲むと、効果が倍増されるのだろうか。
でも、あれを毎回されるのは・・・・嬉しい様な困るような。
俺は、ユーカの柔らかい唇の感触を思い出そうとして、首を振ってそれを払った。
に、してもだ。
ここに来て、新たな謎と疑問が出てきた。その原因はもちろん、盾の少女、デファルタスの存在にある。
彼女は、レベル2で人化した。これでは、人化のキッカケとして予想していた、レベル3以上と思っていた前提が崩れる。
盾自体が特殊であったので、もしかしたら、それによってレベルは変動する可能性も確かにある。
だが、これを例にすると、レベルは少なくとも必須の条件では無いのかもしれない。
一番、人化のキッカケとして有力な候補は、やはり使用者が危機的状況に陥るということか。
また、細かな部分で不明な点を上げると、盾が武器として認識された事だ。
盾は盾ではないのか?
攻撃する要素があれば、武器に分類されるとすると、そこらの木や石が当てはまらないのは何故だ。
まあ、この盾に限って言えば、魔法で強化されていたり特殊な金属が使われてもいたので、それが影響を与えたとも言えなくはない。
後、モンスターの出した物を攻撃すると、武器の方には経験値とかが入るらしい。
俺は、どんな事をしても経験値が入らないのに、ちょっと悔しい。
だが、最大の謎はその姿だ。
ダファンド戦で彼女は裸に近い姿を見せたが、その肉体は、どう見ても普通の人間だった。
表情一つ取っても自然であり、名前を与えられて漸く人間らしくなったターナ達とは違う。
それと、血を飲みたがるのは何故なのだろうか。
一応、彼女にその事を聞いてもみたのだが、「力を得る為ですわ」と言う答えが返ってきただけで、それ以上の事は疑問符を頭に浮かべている様な顔をされるだけで、要領を得ない
また、疑問が出る理由の一つとなっているのが、彼女の発生時の状況が、マガツノミホロと似ている事だ。
レベル3以下で人化し、更には人間に近い肉体を持ってデファルタスは変化した。
だが、マガツノミホロは、同じ様な条件で人化したのに、何かが原因で急速に劣化した上に、最終的には人化が解除された。
一方のデファルタスは、劣化する様子も見えないし、更には人化が解除される事もない。
「~~一体、どんな法則があるって言うんだ」
俺は、頭を抱え込んだ。
「ご主人様、大丈夫?どこか、痛い?」
と、ターナが心配そうに声をかけ、顔を覗き込む。
あの一件があってか、ターナ達は今まで以上に俺の事を気にかける様になっていた。
「いや、大丈夫だ。何でもない」
無理に笑顔を作って、健在ぶりをアピールする俺。すると
「あの、ご主人様。あの子には、名前を付けないんですか」
そう言って、今も直立不動で突っ立っているデファルタスをターナが指差す。
「え?デファルタスが名前だろ?」
「それは、総称的な物ですわね。できれば、私にも、我が君の考えた特別な名を与えて欲しいですわ」
そう、目だけをこちらに動かし、直立不動のままにデファルタス、もとい、名前募集中の盾少女が言った。
てっきり、デファルタスが名前だと思っていた。
あるいは、人間に近い姿も、最初から名前を持っていた事がその条件の一つかとも思っていただけに、これは意外だ。
そう言えば、アニーズによる鑑定でも情報が変化するのは、俺が名前を付けて以降だったな。
と言う事は、名前を付けたら、情報に変化が見られるのか。
名前か。
盾だから、シールド、シール。いや、イージス・・・・それとも、デファルタスを活かして・・・それなら、メイスルトル王国からも取って・・・・・うーん・・・・
そもそも姿が人間その物、しかも少女に名前を付けるのって意外と難しい。
ペットじゃないんだから、適当につけるのも気が引ける。
早くもネタ切れ気味の俺は、悩みながら盾の少女を無意識に見つめる。
不意に彼女の顔を見ると、何故か反対方向にそっぽを向かれた。
そよぐ風が彼女のプラチナな髪を揺らし、白いうなじを時々露わにさせる。
まるで、雪の様な肌だ。そうだ!
「イユキ。君の名前は、イユキにする」
すると、ターナ達と同じ様にして、盾の少女改めデファルタス改め、イユキの身体が光り輝いた。
ただし、外観的には何の変化も起こらない。しかし、アニーズで見てみると、新たな存在へと変化している事が分かる。
名称『タナベ・ハルタ専用スパイクカイトシールド・イユキ』
種別『魔法防具型武器』強さ『玄武クラス第7位』影響度『高名な騎士』
となっており、更に説明によると『タナベ・ハルタ専用スパイクシールド・イユキ。魔法の盾が武器として使われた事により、その属性を変化させた。
しかし、盾の頃の機能と補正能力はそのまま持つ為、高い防御と怪力を誇る。名を与えた主の命を守る為、その身の全てを捧げる。
主の身を多数分けてもらった事により、その姿を上位体のまま保つ事ができる稀有な存在でもある。
ただし、媒体を失った場合、一定の期間内に欠損分を補給しないと、上位体の身体が保てなくなる』
戦闘で見せた活躍の通り、どうやら防御と力に特化したタイプらしい。しかし、幾つかの気になるワードが並ぶ。
主の身とか、上位体とかの説明がそれだ。
主の身って、血のことか?
これって、俺の血を与えて人化すると、人間に近い姿になるって意味なのか?
そう言えば、ターナが人化した時って、怪我をして血が付いた様な気がする。
これが本当ならば、ターナとユーカの差や、マガツノミホロの時の現象に説明が付く。
どうやら、少しは謎が解けてきたようだ。