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俺のLVは上がらないのに、  作者: 松戸真 寿司
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~辺境の王者~ -8. 変化とさらなる謎





 特殊装備持ちの強敵、ガファアンドを倒して以降も、俺達はレベルアップに勤しんでいた。

ただ、一つだけ変わったとしたら、俺の戦闘での役割が更に薄れてしまったことだろう。


俺達は、例の寺院跡を拠点として活動している。


ここは何故か、モンスター達が近寄って来ないので、休憩場所や住居としても適していた。

まあ、百パーセント来ない分けでもないのだが、森の中と比べると遭遇率は極端に低い。

例え来たとしても、崖下に逃げるか、上でジッとしているとやり過ごせた。


更には、強力な盾を手に入れた為、俺自身の防御にもある程度の補正がかかり、多少の事は心配しなくても良くなった。

加えて、アニーズにより先んじて相手を感知できるので、戦いその物を避けようと思えば幾らでもできるのだ。


そうした理由もあって、今、レベルアップはターナとユーカの二人に任せたままになっている。

獲物の大体の位置は出発前に俺がアニーズで調べて教え、そこに二人が向かうと言うのが、最近の日課だ。

一応、絶対に無理はしないと言う事や、異変を少しでも感じたら直ぐに逃げる事を約束させてもいるので、俺の直接的なサポートが無くても大丈夫だろう。

そもそも、二人とも既にレベル10以上になってしまっているので、森に居るモンスター程度では歯が立たない。

まあ、それによって、ますますレベルが上がり難くなってもいるのだが。



そろそろ、ここから移動する頃合いかも知れない。


実は、寺院跡から南西に向かった辺りには、高レベルのモンスターの反応が時々見られたので、近々準備をして遠征に行こうかとも考えている。


その準備をする為、俺は一人で森の中を彷徨いていた。食料を調達する為だ。


ユーカからの手解きもあり、今ではすっかり食べられる物とそうでない物の判別ができていたので、俺一人でも食料調達はできる様になっていた。

もちろんだが、二人が居ないので寺院跡からあまり離れる事はできない。

それでも、探すコツさえ掴めば、結構な量を俺でも見付ける事ができた。

一応、ユーカも狩りに出向いた先から、俺用と遠征用に食料を集めてくれてはいるのだが、そこに全部甘える分けには行かないので、できる限りの事はしているのだ。



そんな訳で、俺は枯れ葉を木の枝で払いながら、食べ物を探していた。


木々の様子と枯れ葉の種類から、この付近にはコッタと言う木の実が落ちている可能性が高い。

案の定、少し枯れ葉を掻き分けるだけで、結構な割合で見つかる。

コッタは、クルミに似た食べ物だが、身がギッシリと詰まっているので腹持ちが良い。

栄養価も高いのだが、その分、味はあまり良くない。まあ、食べられるだけマシなので、そこは文句は言ってられないだろう。

因みに、盾は普段は邪魔なので、背中に背負っている。

この状態でも一応は装備状態として認められるのか、腕に付けた時よりは効果は落ちる物の、防御アップの補正は多少は受けられていた。

ユーカには、酸っぱく腕に装備して活動する様に言われてはいたが、俺の体力でコイツをずっと持つのは辛い。


 

最近、俺は明らかに緊張感がなくなりつつあった。

そして、この時も夢中になってコッタを探していたのと、寺院跡と言う安全地帯、そしてデファルタスと言う盾を持っている安心感からか、完全に油断しきっていた。


最初、自分の立てる音と混ざっていたので、その異変に気が付くのが遅れた。


自分自身も枯れ葉をガサガサやっていたので、別の音が茂みから聞こえている事に気が付くのに、大分時間がかかってしまったのだ。

何度めかに、漸く自分以外の何かが音を立てている事に気が付く。

更に言えば、夢中になって探している内に、何時の間にか寺院跡から随分と遠くに離れてしまっていた。


慌てて木の陰に隠れると、アニーズを使って周囲を探る。


すると、『ダファンド』と言うモンスターの存在が浮かび上がった。

強さは『ハーピークラス第6位』危険度は『狡猾な殺人鬼』とある。

更に説明によると『モンスターにしては高い知能を持ち、それを使って確実に相手を追い込む。狩りは生きる為の糧を得る為でもあるが、同時に娯楽としても認識しており、狙われた獲物はなぶり殺される』とあった。


ヤバイ奴が直ぐ側まで迫ってきていたのか。

初見のクラスだが、位も高い。

それに気が付くのが遅れるとは、この俺の大馬鹿野郎。


だが、ダファンドの気配は、あれ以降、一切感じられない。

もしかしたら、こっちの姿勢が低すぎて、向こうも気が付かなかったのか?


俺は、恐る恐る木の隙間から覗いて見た。だが、その姿は見えない。

と、どこかで茂みが動く音がする。


慌ててアニーズを使ってみると、やはり居る。

だが、相当素早く動いているのか、情報の取得にタイムラグが出る。


アニーズは、取得した情報に番号が振られる。

これは恐らく、同種類の物を区別する為だと思われる。

例えば、同じモンスターに続けてアニーズを使うと、ナンバー○、○号の様な割り振りがされる。

ナンバーは、新たに情報を取得した順に振られる数字で、これにより、同じ種類のモンスターであっても、それが新しく来た物なのか、既に確認した物かを判別できる。

と同時に、現在の総ナンバー数も表示されているので、その比較も容易だ。

そして、同じモンスターを再度探知した場合は、そのカウントとして○号と言う形で表される。

これは、そのまま俺が何回確認したのかの目安にもなっているので、例えモンスターのナンバーを覚えていなくても、一回目の遭遇なのか、二回目以降の遭遇なのかが、分かるようになっていた。

ただ、動きが早すぎる相手だと、カウント処理と情報の表示が優先されてしまい、必ずしも相手の現在位置に重ねては表示されない。

そもそも、アニーズ自体が情報の取得だけを目的としている節があるので、位置的な物は副次的要素に過ぎないようだ。


よって、見えない相手で移動速度が速いと、情報の取得こそできるが、現在位置をリアルタイムでは追跡できない。

ただ、裏技的に、俺の目視と予測による保管を無理やり合わせると、アニーズによる追跡能力をある程度は上げる事もできる。

もっとも、これとて大体の位置を把握できる程度でしか無い。




この現象は、今まではターナやユーカに見られる物であったのだが、それがモンスターに当てはまると言う事は、彼女達並の機動力を持っていると言う事になる。

確認できたレベル自体は4程度であったが、場合によってはレベル10並の能力を持つ強力なモンスターとも言える。

どっちにしろ、レベル1の俺には、何一つ勝てる要素が無い。


そーっと背中の盾を外すと、左手に付け替える。

実は言うと、この盾による実際の防御力と言う物を、俺は一度も試した事がない。

一応、アニーズで確認する限り、盾の能力に何らかの制限は付いていないのだが、どの程度までカバーしてくれるかは不明だ。

幾ら頑強な守りであっても、使う側のひ弱さまでは計算に入れていない可能性がある。


例えば、自分の生命力が10程度だとして、盾の守りが相手の攻撃を50減らすとしても、60の攻撃力を与えられた場合は即死する事になる。


そんな単純な物でも無いだろうが、俺の基本能力は低すぎるので、装備の能力が高くてもカバーしきれない恐れは十分にある。

何より、連続して攻撃を受けたら、最終的には動けなくなるだろう。そうなれば、盾を持っていようが、防御の補正を受けていようが、止めを刺される。

今になって、自分の迂闊さに心底腹が立ってきた。


ターナとユーカを呼ぶか?

でも、大声で叫んだとしても、アニーズでも探知できない距離、恐らくは数百メートル以上離れている相手に届くのだろうか。

逆に、騒ぎ立てて更にモンスターが来る様な事があれば、余計に事態は悪化する。

ここは、何とか寺院跡付近に逃げ込むしか無い。

俺は、今更ながらに、ユーカの忠告を思い出していた。


もし、生きて帰ってこの事を話したら、ユーカに怒られるだろうか。

いや、むしろ思いっきり心配されるだけだな。

何となくだが、悲しそうな顔をするユーカとターナの顔が浮かぶ。



俺は木々を背に置きながら、前面に盾を構えて、そろりそろりと移動を開始した。

一応、アニーズで小まめに情報の取得を試みるが、相変わらず頻繁に移動している様で、現在位置を特定できない。

情報の表示位置を見る限り、近付いたり離れたりしている様だ。

どんな意図があるんだ?

狩りを楽しむとか、狡猾な殺人鬼とか表示されていたが、何かを企んでいると考えた方が良いだろう。


できれば、相手の姿を確認したいところなのだが、アニーズでは文字的な情報しか出てこないので、姿を直接見ない限り、どんな格好をしているのかはさっぱり分からない。

姿を見る事ができれば、相手のタイプが分かってある程度は対策も取れるかも知れないし、一度でも目視できれば、強引にアニーズによる追跡もできるかもしれない。



と、急に辺りが静かになる。


その静けさは、妙な違和感があった。

今までは、何と言うか、茂みを揺らす音以外にも何かが聞こえていた様な気がするのだが、それらもパッタリと聞こえなくなったのだ。

何の音かと聞かれると困るのだが、とにかく、異常な静けさだ。


俺は、周囲を見回してみる。しかし、何の気配もしない。

すると、上の方で微かに音がした。


恐る恐る、上を向いてみると・・・・・



居た、奴だ。ダファンドだ。


蝙蝠の顔を潰して楕円形にした様な、殆ど顔といった身体に大きな赤い目。槍の様に尖った口。トカゲの様な四肢と尻尾。そして、全身を黒い毛が覆う。大きさは、四肢まで含めると2メートル強ってところか。

だが、どうやって、音も立てずに俺の頭上まで来たんだ。

木々を渡って移動したなら、絶対に音がしていたはずだ。

そもそも、コイツは地面を移動していたはず。


まさか、俺の背後の木を、気づかれない様に登ってきたとでも言うのか?

その様を想像して、俺はゾッとした。

下手をしたら、背後から襲われていた可能性だってあったのだ。


俺は、奴を見ながら、そろり、そろりと、後ずさり始めた。

それを、ダファンドが赤い目で追う。


そして、それは一瞬の出来事だった。僅かに俺が目線を地面に落とした瞬間、奴が飛びかかってきた。


咄嗟に盾を構えたが、奴の突進力と質量に押されて、ふっ飛ばされる。

そのままゴロゴロと転がされるも、盾をスパイク代わりにして、何とか体勢を整えた。


どこも痛くない。


どうやら、デファルタスの防御補正は効いている様だ。

こんな形で確認が取れる事になろうとは思わなかったが、少なくとも、俺の中に多少の余裕が生まれる。

見ると、ダファンドは地上に降りて、尻尾をくねらせながらコッチを見ていた。

てっきり、追撃が来るかとも思っていただけに、その行動には一々不気味さを感じる。


俺は、改めてアニーズで奴を確認してみた。目視できた場合、新しい情報が追加される事があるからだ。

案の定、説明欄に追加の情報が載せられていた。


『ダファンド』『モンスターにしては高い知能を持ち、それを使って確実に相手を追い込む。狩りは生きる為の糧を得る為でもあるが、同時に娯楽としても認識しており、狙われた獲物はなぶり殺される。

粘着質で丈夫な糸を尻付近から出して使い、これで獲物を絡め取る事もある。糸は太くて頑丈であり、容易に切断できない。ただし、この糸は火には弱い。また、身体には一対の大アゴが折り畳まれていて、それで獲物を捉えたり、攻撃したりもする。更には、槍状の口は硬軟自在に変化させる事が可能で、それで突き刺したり、鞭の様に振って攻撃する事もある。なお、食事はその尖った口を獲物に突き刺し、消化液を注入して内部をドロドロにし、それを吸う事で行う』


毎度の事ではあるが、新しい情報を得たとしても、俺に有利になる事はあまり出てこない。むしろ、読むだけで気が滅入る様な物ばかりだ。

消化液を注入して内部をドロドロって、コイツにだけは絶対食われたくない。


新情報にあった粘着質の糸ってのは、蜘蛛の糸みたいな物なのだろうか。

コイツは、要警戒だな。折り畳まれている顎ってのも気になる。

何れにしろ、近距離、遠距離、どっちも油断しては行けないという事だ。


俺は、転がされて中腰になった姿勢のまま、ジリジリと後ずさり始めた。もちろん、盾を前面に構えたままだ。

すると、それを見て奴が突進してきた。鋭い槍状の口が迫る。

俺は、盾を地面に突き立てて両手で押さえ込み、更にはやや斜めにして迎え撃つ。できる限り、衝撃を逸らそうと考えたのだ。


だが、奴は手前で急制動をかけると、身体を回転させ、尻尾での一撃に切り替えた。

それによって、重い一撃が襲ってくる。

盾越しからでも分かる衝撃が、俺の踏ん張りを物ともせずに、再び遠くへとふっ飛ばした。

しかし、相変わらずダメージは無い。行ける!


走って逃げたいところではあるが、素早さでは絶対に敵わない。

しかも、この速度差で見失うと、不意打ちを食らって対処しきれなくなる可能性がある。

今無事なのは、奴の攻撃を少なくとも盾で受けているからであり、俺の身体に食らった場合がまだ分からないので、できる限り危険な事は避けたい。

それに、新情報にあった攻撃を奴はまだ使っていないので、その事も考えるならば、迂闊な真似はしない方がいいだろう。

だが、一つだけ、俺には勝機の様な物が見えていた。


それは、奴がわざわざ、俺を遠くに飛ばしてくれている事だ。

微妙に調整しながら、俺は寺院跡に確実に近付く様にしていた。

まだまだ距離は遠いのだが、この調子で行けば、勝手に辿り着きそうだ。


さあ、もっと攻撃してこい。


すると、その願いを聞き入れてでもくれたのか、奴が再び突進をかける。

今度は、全身を使って体当りしてきた。


むしろ、ウェルカムな攻撃だぜ。


今度は、俺の方からそれを盾全体で受け止め、自分でも地面を蹴って派手にふっ飛ばされてやった。

着地は相変わらず無様な事になるが、それでも距離は稼げた。

どんどん来い!



そう思って立ち上がろうとした時、俺は左足に違和感を覚える。何かに引っ張られたのだ。

草でも絡まったかと思って地面に目を落とすと、500mlペットボトル程に太くて半透明な綱の様な物に、左足の膝と足首付近がくっついていた。


何だ、コレ。


慌てて振り解こうとしたのだが、僅かに引っ張る事はできる物の、凄まじい粘着力でビクともしない。同時に、アニーズを使って確認する。

それによると、この半透明な太い紐が、ダファンドの糸だったらしい。

何で、こんな所にあるんだよ。アイツ、移動する際に、そこら変にお漏らししながらでも移動しているのか?

妙なマナー違反を勝手に当てはめて、俺は怒りが沸く。


だが、辺りを見回してみると、草むらに隠れる様にして、奴の糸がそこかしこにある事に気が付いた。

これは、奴が周到に張り巡らせた罠だったのだ。


吹き飛ばされる攻撃を、俺が利用していたつもりになっていたが、実際には、奴の張った罠に誘導されていたらしい。


それを悟った瞬間、ダファンドが間髪入れずに飛び込んできた。

突進する最中、身体側面に折り畳まれていた顎が展開する。まるで、クワガタだ。


咄嗟に、身体を捻って盾で受け流す。アレに捕まったらお終いだ。だが、その場から移動できない以上、何時までも攻撃をかわし切る事はできない。


何とか、この紐を切らないと。



俺は、デニムパンツの様な物を履いているので、膝付近は直接絡め取られてはいなかった。

そこだけならば、履いている物を脱いで抜けられる可能性があったものの、足首が直接絡め取られていたので、どのみち脱ぐ事さえできない有様だ。


そこで、盾の下部分で糸を突き刺してみた。

このダファンドの下部分はある程度尖っており、更には『ミフェルス』とか言う錬金術で合成された特殊金属で出来ていたので、武器にカテゴライズされてはいなかった物の、攻撃の真似事ができた。


何度か突き刺したが、変に太いと言う事もあってか、グニグニして上手くヒットしない。それとも、こんな使い方を想定した道具ではないので、行為自体が間違いなのか。


一応、盾の縁でぶっ叩いても見たが、ヘコむだけで切れる様子もない。それどころか、面積が大きい為か、一瞬、糸にくっつきそうになった。

その隙きを、ダファンドが見逃さない。


盾を構え直したのと、奴の顎が俺を挟みこむのはほぼ同時だった。


糸の拘束から、盾を引き剥がそうと引っ張った反動が幸いし、偶然にも奴の大アゴの間にハマって、挟み込みを寸前で止める事に成功する。


だが、なおも強引に挟み込んできたので、俺は身体を無茶苦茶に捻って脱出を試みた。

瞬間、右の肩付近に痛みを感じる。

見ると、奴の槍の様な口が刺さっていた。説明に書かれていた事を思い出して、慌てて振りほどく。

幸い、浅く刺さっていたのか、あるいは盾の補助効果のお陰か、直ぐに外れた。


それによってか、一瞬だけ、奴の動きが止まる。今度は、俺がそれを見逃さない。

大アゴから強引に盾を外し、その先端で奴の身体に一撃を加える。

しかし、全身に毛が生えていると言う見た目とは裏腹に、硬い手応えが伝わってきた。

コイツ、防御力も高いのか?


それを裏付けるかの様に、ダファンドは一瞬だけ攻撃を受けた部分を見ると、雑に飛んで距離を取る。


今の攻防で、こっちの攻撃は大した事が無いとバレたかも知れない。


しかし、他に手が無い俺は、盾の先端を振りかざして威嚇しつつ、糸に再び尖った部分を突き刺して切断を試みる。

特殊金属のお陰か、あるいは面積その物が狭いためか、そこだけはくっつく事が無かったからだ。


もっとも、突き刺す割には、一行に切れる様子が無い。下が柔らかい地面と言うのも、問題だ。


そして、また一瞬だけ目を話した時だ、奴が残像だけを残して、目の前から消えた。


「! どこに・・?」


言い放った瞬間、背中に何かが突き刺さる。振り返ると、奴だった。

今までのは、マックススピードじゃなかったって言うのか。


「い・・ってえな!」


身体を捻って盾で打撃を加えようとしたが、軽く身を引いてかわされると、大アゴで盾を挟み込んできた。

そして、そのまま引っ張る。

コイツ、盾の補正効果に気が付いたのか?それとも、単に邪魔だから取り上げようとしているのか?


俺は、あらん限りの力を振り絞って身体を捻り、どうにか奴の大アゴから、盾の拘束を解いた。

だが、こっちの攻撃が大した事が無いと理解し始めたのか、そのまま強引に突っ込んでくる。

口の一撃は、何とか右手で掴んで阻止できたのだが、大アゴはねじ込まれてしまい、俺の胴体が挟まれた。

顎の両側にある、鋭い棘が俺の身体に接触すると、一瞬だけ何かの抵抗を受けて止まったが、次の瞬間にはギリギリと食い込み始めた。


「うがあああ!」


あまりの痛さに、俺は絶叫を上げた。どうなってんだ、盾の補正効果が切れたのか?

だが、少し食い込んだ所で、止まってくれた。

見ると、血が出始めている。


ふーふーと荒い息遣いが出て、感覚的に浮いた感じになる。これは、グラッド・ラーナンに捕らえられた時と同じ感覚だ。本格的に不味い。

そんな俺を、奴が目を細めて見る。なぶり殺しに出来て満足ってか。


「何がおかしい!」


そう声を荒げた瞬間、奴が再び大アゴを振って、俺を挟み始めた。だが、先ほどと同じ様にして、それ以上の食い込みは補助効果のお陰か阻止される。

しかし、奴が乱暴に顎を降る度に、傷が開いて行き、耐え難い痛みが俺を襲う。


無茶苦茶に振り回される中、俺もただ黙ってやられるのを待っていたわけではない。

盾を持つ腕は自由なのだ。俺は反撃の機会を伺い、奴の動きが止まる一瞬を捕らえ、奴の目に向けて盾の先端を突き刺してやった。

だが、その一撃も硬い手応えと共に跳ね返される。


それでも、ダファンドを怯ませる事には成功した。奴は俺を離すと、身体を振りながら後退する。



ダメージは?


俺は状況を確認する為、アニーズを使った。


『タナベ・ハルタ』状態『怪我・中/時間経過により更に悪化』『体力・低/時間経過と共に更に低下』


『ダファンド』状態『興奮』『高揚』『怯み・小』


『メイスルトル王国近衛騎士団用スパイクカイトシールド・デファルタス』『メイスルトル王国の近衛騎士団用に、特別に・・・


駄目だ。多少は怯んではくれた様だが、ダメージその物は与えられていない。

それに比べて、こっちは不味い状態だ。

いや、レベル1でレベル4と戦えている事を考えれば、十分に善戦しているとも言える。

脇腹に手をやると、思っていた以上の量で、血が手に付いてきた。



何かないのか?俺は、苦し紛れにアニーズで周囲の情報を拾ってみた。


すると、広い範囲からダファンドの糸の反応が出た。つまり、俺は完全に奴の罠にハマっていたのだ。

もしかして、急に感じた静けさの違和感は、これを設置していた音を聞いていたからなのかも知れない。

近付いたり離れたりしていたのも、恐らくこの為だったのだろう。

今になって思い返せば、茂みを揺らしてワザとらしく音を出していたのも、音の注意を別方向に向ける為だった可能性もある。



「クソ、どうしたら・・・・ん?」


俺は、様々な情報を忙しなく展開しては、次々と流していたのだが、その中で、ある変化に目が止まった。


『メイスルトル王国近衛騎士団用スパイクカイトシールド・デファルタス』


スパイク・・・?

こんな表記、始めからあったか?

よく調べてみると、経験値に数字が入っており、項目除外の一本線が消えている。


どう言うことだ。


この変化は、ある意味でターナ達の物に近い。しかし、説明、その他の項目には変化がない。


もしかして、先端で突き刺していたせいで武器として認識されたのか?

だとしたら、まだ望みはある。

俺は、気合を入れながら、闇雲にダファンドの糸を連続して突き刺した。

速度を上げる為、右手でも掴まえ様としたのだが、血で滑って上手く行かなかった。


すると、少ないながらも経験値が入ってくる。

行ける。これなら、新しい仲間を作る事ができる。


だが、そう簡単に事は運ばなかった。


ダファンドの事を無視して、一心不乱に糸を突き刺していた俺は、奴の突撃を容易に許してしまった。

敵を前に油断し過ぎだろうと思われるかもしれないが、奴の素早さはどうこうできるレベルじゃない。僅かに視線を外した瞬間さえ、スキありと見て襲ってくるのだ。それならば、一番可能性のある方法に賭けるしか無い。


ただ、奴の攻撃は感覚的に分かったので、盾の動きを阻害されるのを嫌い、咄嗟に大アゴを右の前腕で受け止めてしまったのだが、脇腹の時とは違い、深々と突き刺さり途端に血が溢れ出る。


左側は盾が防いではくれたが、上部ギリギリと言う位置だった為か、力負けと合わさって滑って俺の首に到達した。

幸いだったのは、あまり棘が大きくない部分が当たったので、何とか致命傷は避けられた事だ。

しかし、最悪な状況には変わりない。

右腕と首が挟まれた状態で、俺は持ち上げられる。

それでも諦めない俺は、左手が自由になっている事を良いことに、それで下方向から何度も奴を打突した。

右手の負傷なのか、首、あるいは脇腹か。何れかの血が動く度に盾にもかかり、裏側がだんだんと赤く染まって行く。

そのお陰か、相変わらず奴自体にダメージは与えられなかったが、デファルタスのレベルが2になっていた。


「あと・・・1ぃ、れぇ・・ベル」


残りの力を振り絞り、俺はなおも盾で奴を突き刺そうとした。だが、その前に吐血し、それが盾にかかる。その僅かな重さの変化にさえも耐えられず、遂に俺の左手までもがだらりと下がった。


感覚がだんだんと無くなっていき、目や鼻、口からも液体が零れ出る。


俺は、薄れ始めた意識の中で、もし自分が死んだら、あの二人はどうなるのだろうかと考えていた。

俺の死体を見つけて泣くのか。それとも、俺を探し続けて彷徨うのだろうか。

あるいは、俺の死と共に、彼女達も消えてしまうのか・・・・。



「ター・・・ナ・・・ユー・・カ、ゴ・・・メ・・」



死を覚悟したその時、一瞬だが、俺は意識を失ったはずだ。


だが、強烈な光を感じた様な気がして、定まらないまま目を開けた。

すると、そこには、プラチナブロンドの髪をなびかせ、白いドレスに青色の甲冑をまとった少女が、左に盾を構えて光を放ちながら立っていた。

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